大山阿夫利神社下社とその周辺
阿夫利神社下社のある大山は標高1252mのピラミッド型の美しい山です。山頂に神宿ると信じられ、古くから霊山として信仰され、山頂に阿夫利神社上社、中腹に阿夫利神社下社、さらにもう少し降って雨降山(あぶり)大山寺があります。この大山寺は江戸時代までは阿夫利山下社にあったのですが、明治時代の廃仏毀釈により破壊され、現在の地に再興されました。これまでも何度も書きましたが、この廃仏毀釈という行為はどれだけ古来からの文化を破壊したことか・・・。
さて大山阿夫利神社は第10代崇神天皇の頃(紀元前97年)の創建と伝えられていますので、半端なく古いですね、弥生時代でしょうか。大山祇大神、高おかみ神、大雷神の三神が祀られています。鎌倉との関係は源頼朝が刀を奉納したことで知らています。
また源実朝の歌にでてくる八大龍王は阿夫利神社下社の近く、二重の滝にあった龍神堂(八大堂)とかかわりがあったかもしれません。説明では、「奈良時代に、大山寺別当の良弁僧正が大山龍神を感得す。以後、八大龍王と呼び大山の守護神にして雨乞いの本尊」とあります。
時によりすぐれば民のなげきなり八大龍王あめやめたまへ
鎌倉時代の吾妻鏡にも相模の国大山寺(当時は神仏習合の寺)の名が数か所でてきますので、当時から知られた場所であったかと思われます。