木村忠啓の大江戸百花繚乱

スポーツ時代小説を中心に書いている木村忠啓のブログです。

KATANA

2006年05月17日 | 江戸の武器
日本が第二次世界大戦に負けて残念だったと思うことに、何万本もの刀が海外に二束三文で流出してしまったことがあげられる。
刀は古代には太刀(たち)と呼ばれ、反りのない直刀であった。それが平安期になると反りのあるものに変化していく。そして、戦国時代になると、が登場。
太刀と刀。なんの違いが?と思われるかも知れない。
大きく違うのは、太刀は刃を下にして吊るすように携帯する。これを佩(は)くという。
一方、刀は刃を上にして、携帯した。これは、差すと表現された。
また、太刀は三尺(約90cm)くらいあったが、刀は二尺三寸(約70cm)以下が標準であった。
武器としての攻撃力よりも、軽量化が求められるようになったのである。
これは、「我こそは」と名乗りを上げてから切りあったいささかのんびりした感のある馬上の戦いから、至近戦へと戦法が移行していったという事情による。

さて、武士にはステイタスシンボルとして必需品だった刀。
時代劇では素浪人が腰に差しているのは竹光だったなどという設定も好まれて使われているようだが、お値段はいくらくらいだったのだろう?
石川英輔氏の「大江戸番付つくし」は、1800年代のものと思われる名刀の番付表を紹介している。
そこにはしっかりと価格まで記されている。
目についた所を書き示して見ると、三人の行事役の一人に大坂の粟田口忠綱(20両)、副主催者に虎徹(30両)。東の大関には、42歳で夭逝した天才、津田越前守助廣(30両)、西の大関には地刃の出来の優れた大坂の井上真改(30両)。個人的に好きな近江忠廣(7両)は西の前頭に位置している。
番付の端を見ると1両という値段も見える。
この頃の一人前の大工の年収はだいたい20両。
前項に登場の淡野氏の試算によるとこの頃の1両は12万円と見ているが少しレートが低いかも知れない。
仮説的に1両=15万円としてとらえると、刀は15万円くらいから、450万円くらいだったと言える。
かなりの格差である。現代で言うと、車であろうか。
中古車から高級車という並びになる。
浪人が刀を質屋に入れるのは現代人が車を中古車センターに売るようなものかもしれない。

さて、有名人はどのような刀を使っていたのだろう?
鬼平こと長谷川平蔵は、二尺二寸九分の粟田口忠綱をメインに井上真改を使った。どちらも高級品だ。忠綱は、江戸城内で田沼意知が佐野善左衛門によって殺害された時に使われた刀である。佐野は賄賂政治家の息子を倒したと、庶民から「世直し大明神」としてもてはやされ、忠綱の価格も高騰したという。同じ時代に生きた平蔵もそのこともあり、愛用したのではないだろうか。
近藤勇は、虎徹。近藤の刀は実は偽虎徹だったという説もあるが、真偽は明らかでない。

虎徹は、現代で言う彦根市長曽根の生まれ。
福井で鎧師として既に名匠としての地位を築いていた。
あるとき、御前で名刀と名兜とどちらが強いかが話題になり、勝負することになった。
もちろん、兜は虎徹作。
いざ勝負の時。
刀匠が、満身の気迫を込めて刀を振り下ろそうとしたその刹那。
虎徹は「しばし」と言って、
「位置が少し曲がっておりますゆえ」と兜の位置を直した。
それを刀匠は怒ったような顔で見ていたが、
再び、満身の力で刀を振り下ろした。
しかし、兜はびくともしなかった。
刀匠は、返す刀で近くにあった石の灯籠を斬ると、灯籠はまっぷたつに割れた。
将軍は二人ともあっぱれであると、ふたりに褒美を下さったが、勝敗は明らかである。
虎徹は、勝った。
しかし、虎徹はその直後、兜作りをやめてしまう。
そして、その刀匠に弟子入りをし見知らぬ地に行ったのである。
後日、虎徹は、
「あのときは刀匠の気迫十分で、負けたと思った。それで、気迫をそぐために待ったをかけたのだ」
と告白している。
そして、
「そんな自分が恥ずかしくてならなかった」
と言っている。
時に、虎徹50余才。御前試合に勝ったと、自慢し、鎧師としての地位を更に確固たるものにしてもよかった。
当時の50歳は、多くが隠居する年齢である。
しかし、虎徹は、その年齢から奮起して、日本一の刀匠としての地位を確立したのだ。
現代で言えば、60過ぎのオーナー社長が、その椅子をかなぐり捨て、違う分野で成功を納めたようなものだ。
虎徹は、延宝六年(1678年)に上野池之端で74歳で亡くなっている。当時としては、高齢だ。
チャレンジ精神があったから、高齢まで生きられたのか、それとも、それくらいまで生きられる生命力のあった人だから、50歳を過ぎてもチャレンジすることができたのか。
それはわからないが、人は成し遂げたいことがあるうちは老いないものじゃないかな、と思う。
いい話だ。

写真は私の愛刀

大江戸番付づくし 石川英輔 実業之日本社
ここに生きる道がある 心に残るエピソード集 花岡大学 PHP 
図説日本刀大全 学研
岡山の優品展覧 備前長船博物館
歴史読本 1993年8月号
カット&ラリー http://www.n-p-s.net/

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酒のはなし

2006年05月17日 | 江戸の味
「下らない」という言葉がある。
江戸時代は京都が首都であったから、関東から関西へ行くのが上りで、関西から関東へ行くのが下りであった。
この時、江戸は大消費地にはなってはいたが、高級品はまだ関東では作れず、関西から来る「下りもの」は高級品であった。
関西から送られてこないものは、当然「下りもの」ではなく、「下らないもの」であった。
これが「下らない」の語源である。
下るもの、下らないもの、と二分化され特にブランドイメージが強力だったもののひとつに酒(日本酒)がある。
江戸時代は貧しかったようなイメージがあるが、実際のところ元禄時代(17世紀末~18世紀初)には、江戸の人々は年間ひとりあたり54リットルの酒を飲んでいたという。今の日本人の年間消費量は70リットルだそうで、現代は飲んでいるお酒がビールあり、ウイスキーありと、お酒の度数が違うので単純比較はできないが、元禄の江戸庶民は現代人と比較しても遜色ない量のアルコールを飲んでいたことになる。
話が横道にそれたが、高級酒の製造元は関西に独占されていた。
関西でも初期の生産の中心地は摂津の伊丹や池田であったが、のちには灘五郷と呼ばれる兵庫県西宮から神戸へかけての地区へ移行していく。
この背景には阪神タイガース応援歌で有名になった六甲おろしと呼ばれる寒気と、夙川を中心とした川の流れを利用した24時間利用可能な水力による搗米のイノベーションがあった。
ところで、当時のお酒はいくらくらいだったのだろう?
淡野史良氏は著書の中で志賀理斎の「三省録」を引用して、慶安期(1648~1652)の酒の価格を表している。
それによると、各1升で、

関東並酒    二十文(600円)
関東上酒    四二文(1260円)
大坂上酒    六四文(1920円)
西宮上酒    七二文(2160円)
伊丹西宮上酒 八十文(2400円)
池田極上酒  百文 (3000円)


となっている。

醤油が銚子物で六十文(1800円)、そばが十六文(480円)としている。
淡野史良氏は一文=30円としてレート換算している。
この手の物価計算の整合性としてはよくかけそば一杯の価格が引き合いに出されるが、今風に言うとラーメンの価格と言った方が通りがいいかも知れない。
すなわち、この例でいうと、ラーメン一杯=480円が妥当かどうかである。
私は妥当だと思う。
すると、潤沢な消費量を前にして、米文化であった江戸時代の日本酒は意外なほど安かったのかも知れない。
1.8L 600円とはどんな酒かと思うけれど。それにしても酒のなかでも下り物とそうでない酒の価格差は凄い。
それだけ、ブランド品は儲かったということにもなるのだろう。実際、灘の造り酒屋は今でも大金持ちである。

現代では、どうか。
インターネットで調べてみると、売れ筋の久保田が万寿で9380円、千寿が2880円。関西だと灘の黒松白鹿特別本醸造が2380円、剣菱で3055円。価格差はないようにも見えるが、実際には楽天の売れ筋ランキングベスト30位内にかつてのブランド灘の酒の名前は一つも入っていない。白鹿の中にも高価格のものは存在するが、価格的には逆転してしまったと見るのが妥当だろう。

かつてはブランド品であった関西の日本酒メーカーが、新潟あたりの日本酒にブランド力を奪われ、今は大衆酒を中心に造っており、そのブランド品である関西以外の酒米に兵庫県産の山田錦が多く使われているというのはアイロニーには違いない。

最後に、時代劇の間違い指摘をひとつ。
よく居酒屋などで客が現代の徳利を使って酒を飲んでいるが、あれは間違い。
このころは、ちろり、という錫でできた酒器を使っていた。
今でもおでんの屋台などに行くとたまに見かける容器である。
縄暖簾(居酒屋)では、惣菜が酒一合の値段より安かった。現代でも生ビールは料理より高いケースが多いのでそれは同じかもしれない。
その点でも江戸時代は、非常に現代と近似している気がしてならない。


大江戸番付づくし 石川英輔 実業之日本社
町屋と町人の暮らし 平井聖 学研
数字で読むおもしろ日本史 淡野史良 日本文芸社
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ちろり http://allabout.co.jp/gourmet/sake/closeup/CU20041210A/↓ よろしかったら、クリックお願いします
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