木村忠啓の大江戸百花繚乱

スポーツ時代小説を中心に書いている木村忠啓のブログです。

がんばれ! 高校生

2007年05月24日 | トマソン的町歩き
 今日も暑くなるらしい。
 これで三日連続である。
 昼間は暑くなっても、朝夕はまだ涼しく、快適である。
 そんな今朝のこと。
 少してかった紺フブレを腕まくりして、早足で歩いてくる男子高校生を駅で見かけた。
 汗かきなのか、額の汗を拭き拭き歩いてくる。
 光る汗。
 それが爽やかなのは、高校生の特権。
 そんな彼が首に掛けた黒いタオルで、汗を拭く。
 黒いタオル・・・・
 やけに長いなあ・・・・
 しかも、ウール地なのか、厚手である。
 えっ?
 よく見ると、それはタオルではなく、マフラーだった。
 マフラー?
 間違ってしまったのか、それとも、わざとなのか。
 うーん。
 初夏の陽気にマフラーか。
 なかなか頼もしい高校生だ。
 

立ち食いうどん(そば)屋考③

2007年05月22日 | B級グルメ
 印象に残った立ち食いとしてはJR姫路の駅そばが一番だ。
 なんともチープな感じながら、食べていると段々はまってしまう中毒性がある。地元でも、かなり愛されており、ちょっと批判じみたことを言ったら抗議が来たこともある。自分としても好きだからこそ、の辛口になってしまっただけなのだが。麺としては、焼きそばのような麺。それが、和風の汁に入っていてなんとも奇妙な感じであった。とはいえ、姫路方面に行くと、必ずといっていいほど口にした麺である(関連記事はこちら)。

立ち食いうどん(そば)屋考②

2007年05月17日 | B級グルメ
 東京では、天かすが自由に入れられる立ち食いを見たことがないが、その代わり、ネギが入れ放題の店がある。何年だったか前に、ネギの価格が急騰したことがあり、その時以降、入れ放題の店の数は減ってしまったものの、今でもちゃんと存在している。
 激戦区神田あたりだと、かけ100円だとか、たまごが20円だとか、かなり安い店もあって重宝する。
 あと、東京で特徴的なのは天ぷらがショーウインドーに飾ってあって、自由にトッピング出来る点である。
 関西や東海でもセルフサービスの店にはこの手の天ぷらがあるが、あれは岡山、香川のセルフうどんからの流れである。東京のものは深く認知されているし、お店の人に入れてもらうのは、何となく天ぷらの醍醐味があるような気がする。
 あと、あまり言いたくない穴場的情報になるが、品川駅ホームの常磐亭は、何種類もの具が入れ放題である。これはかなりお得だ。東京周辺、あるいは、東京に行く機会のある人は行って損はしない(関連記事はこちら)。
 当然、関西と関東は出汁も違う。
 以前、大阪のホームの立ち食いうどんで、蕎麦だけがそっくり残されていて、汁だけ綺麗になくなっていた丼が置いてあったことがある。それを食した客は既に帰った後だったので、どんな人が食べたのか分からないが、あれは謎だった。
 お腹が一杯だが、汁だけでも飲みたかった東京帰りの関西人だったのだろうか?

立ち食いうどん(そば)屋さん①

2007年05月16日 | B級グルメ
 大阪は駅前にも立ち食いうどん(そば)の店があり、値段もかけが200円くらいのため、朝から混んでいる。
 なかでも僕が好きなのは、きざみだ。これには短冊に切った薄上げが乗っている。油揚げとは違って甘くないので、個人的に食べやすい。ちなみに有名な話だが、関西では、きつねと言うと油揚げが乗ったうどんが出てくる。たぬきと言うと油揚げが乗った蕎麦である。関東では、きつねというと油揚げが乗ったもののことで、きつねうどんも、きつねそばもある。一方、たぬきは、一説では「たね抜き」の略で、天かすがのった、うどん、そばを指す。関西では天かすは、サービスで入れ放題のところが多く、逆にこれがないとケチくさい印象を受ける。でも、一回、大阪で「はいからうどん」というメニューがあり、頼んでみたら、何のことはない、天かすが乗っただけのうどんだった。さらに「びっくりうどん」というメニューがあり、これを頼んだら、麺が2.5玉も入っており、そのボリュームに文字通り「びっくり」したことがある。
 四日市で「天玉そば」というメニューがあり、安いので頼んで見たら、なんと天かすと玉子が乗っていた。まあ、文字通り「天玉」では、あるのだが・・・。

注文の多い客

2007年05月14日 | 江戸の味
 時折、朝から米をがんと食べたくなる時がある。
 そんな時は駅前の「松屋」に行って納豆定食を食べる。
 家でも同じようなものが食べられるのだが、「外食をする」という儀式によって、無意識のうちに生活に変化をつけようとしているのかもしれない。
 今朝も、その「時折」の日だった。
 少し早めに家を出て、「松屋」に向かう。
 大阪にいた頃は、毎日ベンツで「吉野家」に乗り付けるおじさんとか面白い人がいたのだが、こちらではあまり見ないな、と思っていた。
 それが今朝のこと。
 僕が納豆定食を食べていると、かなり年輩の男性が入ってきた。
 年の頃で70は越えている。
 ダークグレーのスーツに、紺のネクタイ。顔には黒縁の眼鏡を掛けている。
 パシッ、という感じでもないが、よれてもいない。
 どこかのお偉いさんとも、隠居してやることの少なくなったおじさんとも判断つきかねる。
 への字に結ばれた口のせいで、頑固そうに見えることは確かだ。
 その老人は、食券を買わずに椅子に腰掛けた。
 「お客さん、食券をお願いします」
 若い店員から、お約束通りの声が掛かる。
 「いや、販売機ではあかんのや」
 それに対し、関西弁が返った。
 「???」
 考え込む店員に対し、
 「とろろ二つ、生卵、ごはんに、みそ汁つけて」
 と老人は慣れた口調でそう言うと、千円札を手渡した。
 「はあ」
 とよく飲み込めない店員に、
 「とろろはその容器じゃない。そっちの大きいやつに。海苔はいらん」
 と言ったかと思うと、
 「ごはんはもう少し入れて」
 と、自宅のように老人は注文をつけた。
 その間にも客は入り、店員はかなり困窮していた。
 やっと、注文の多い客をさばききったかに見えた店員だが、
 「お釣り、はようくれんか」
 老人の一言に奥に応援を求めに行ってしまった。
 
 僕も一回、こういった注文をしてみたいのだが、なにか恥ずかしいやら、めんどくさいやらで未だしたことがない。
 「ご飯とみそ汁、漬け物ね」
 なんともJAPANESE LIKEじゃないですか。
 みなさんも、一回チャレンジしてはいかがですか?
 

洲崎の潮干狩り

2007年05月11日 | 江戸の話
 江戸時代、町民は四季折々の行事を楽しみにしていた。いつでも時期でない野菜が食べられる現代と違って、春には春の、夏には夏の、秋には秋の野菜や食べ物があり、さまざまな行事があった。3月3日には「汐干」といって各地で潮干狩りが行われた。『東京歳時記』によると「芝浦・高輪・品川沖・佃島沖・深川洲崎・中川の沖、早朝から船に乗り沖に出て、潮が引いた頃から海岸に降りてカキ・蛤を拾い、ヒラメや小魚を獲って宴を開く」とある。蛤・カキにヒラメとは何とも豪華で、江戸市民ならずとも是非行ってみたくなる。また、この辺りは風光明媚なところで、眺望のよさでも人気があった。元禄3年(1700年)頃、5代将軍徳川綱吉の発願という洲崎弁財天が建立され、江戸名所となる。現在のザル蕎麦、蕎麦をざるに盛って提供するスタイルはこのころはまだ定着していなかったが、「洲崎のザル蕎麦」というものが有名となる。しかし、寛政3年8月、9月に高波が発生し、三百軒の民家が流され、多くの死傷者を出した。この事件により、洲崎人気は陰りがさしたものの、江戸名所としての地位は揺るがなかった。
深川資料館~資料館ノート参考
 洲崎神社

鬼、河童に濁流の水飲まされるー22(最終話)

2007年05月10日 | 一九じいさんのつぶやき
「事の顛末はそんなこった」
 話し終わった一九じいさんは、食べ終えてしまったポテトチップスにまだ未練があるらしく、袋を逆さに振ったりしている。
 「史実にはどこにもそんなことは記載されてませんね」
 俺だって、話を鵜呑みにはできない。
 「お上のやるこたぁ、昔も今も変わらねえ。はっきりしねえことは記録に残して置かねえよ」
 「でも、庶民が喜ぶには絶好のネタじゃないですか。瓦版などには載ったでしょう」
 「話が広まれば、鬼の平蔵は河童に失態を演じされたことがばれちまう。面目をなにより大事にする平蔵にとってそいつは耐えられねえことだ。平蔵はその場に居合わせた者にも固く口止めを命じた。でもな、実を言うと当時の江戸っ子は、みんな事実を知っていた。けれど、西下(松平定信)よりおっかねえ盗賊奉行を恐れて公に口にしたり、文に残さなかっただけなんだ。だから、関係者もお咎めだけで、無事放免となっている」
 「鬼の平蔵にしては寛大ですね」
 「江戸っ子に人気のあった河童相手に、少し大人気ねえと思ったんじゃねえかな。まあ、平蔵も河童が憎かったわけではなく、歌舞伎役者への当てつけって面が大きかった訳だが」
 「でも、まだ疑問が残ってます。そもそも騒ぎの発端となったのは、水死体に緑色の手形がついていたってことでしたよね。あれも、そのなんとかっていう娘の仕業なんですか。そんなに都合よくいくもんですかね」
 「なかなか鋭いところをついたな。実はあれは番頭がやったんだ」
 「えっ」
 俺は、驚いた。
 「番頭は釣りが趣味で州崎の方へもよく行くんだが、土左衛門が引っかかってたあたりはウナギ用の梁(やな)を仕掛けていた。そいつを見にいったときに土左衛門と遭遇したわけだ。番頭はなかなか機転が利くやつで、そろそろ、のれん分けをと思っていた。そこで思いついたのが、この河童騒ぎだ。役者の瀬川菊之丞は不思議なものが大好きだ。主人の娘は大の菊之丞好きときている。自分が河童騒ぎをでっちあげれば菊之丞は乗ってくるし、そうなりゃ娘の機嫌もとれるって算段だ。短絡的かも知れねえが、途中まで計算は当たったことになる」
 「すると、最初は番頭の方から焚きつけたことになりますね」
 「二回目があってその計算は狂っちまったが。まあ、幸いなことに番頭もその後、のれん分けしてもらえたらしい。まあ、今話したことを全部与太話と思ってもらってもいいし、信じても信じなくてもわっちは構わねえ」
 確かにすぐに信じられる話ではなかったが、真偽は別としても、内容は面白かったので、俺の越生通いがこれから始まることになった。
(この章おわり)
 
 
 
 
 

鬼、河童に濁流の水飲まされるー21

2007年05月08日 | 一九じいさんのつぶやき
 鬼の平蔵こと、長谷川平蔵は泳ぎが達者であったので、少し風邪をひいたくらいで事なきを得た。
 しかし、風評を大事にする平蔵にとって不名誉であることには変わりなかった。
 この件を詮議することは、とりもなおさず自らの失態を言いふらすようなものだ。
 火付け盗賊改めは、表だっては動かなかった。その代わりやり手の差口奉公(岡っ引き)を使って事件の全容は明らかにした。与力からの報告を聞いて、
 「うぬ、やはり風紀の乱れは歌舞伎からか。いつか見ておれ」
 平蔵は歯ぎしりをした。

 数日後の朝。
 貞一は、腫れぼったい目をしながら落ち着かない様子であぐらをかいていた。
 神田お玉が池の岩徳の家。
 岩徳は正業として楊枝職人をしており、その腕は確かなものであった。
 職人らしく、立派な神棚があり、広くはない床はピカピカに磨き上げられていた。
 そんな整然とした雰囲気が貞一は、得意でなかったのである。
 「おい、お初、めしはまだか」
 岩徳が大声を上げると、
 「お屋敷じゃあるまいし、小さな声でもよく聞こえますよ」
 そういって、奥の部屋から娘のお初が銘々盆を持って、姿を現した。
 数えにして一七、親分の娘らしく口調は、はきはきはしているが、表情は初々しい。
 年は十以上違うのに、貞一はこのお初を見ると、妙に落ち着かなくなる。
 「重田さま、お口に合うかどうか、わかりませんが」
 そう言って置かれた盆には、鯵の煮浸し、胡瓜とシラスの酢の物、漬け物、浅蜊の澄まし汁とご飯が乗っていた。
 「これは朝から豪勢だ」
 そう言いながら、
 (せっかちな岩徳を相手によく短い時間でここまでできるものだ)
 貞一は、感心した。
 「兄貴、一本つけるかね」
 「えっ」
 岩徳の誘いに、喉から手が出そうであったが、昼から番所に行かなくてはならなかったのを思い出して、とどまった。
 「ところで、兄貴、この前の件ですがね、佐々木様にご報告する前に、ちょいと兄貴にもお耳に入れて置こうと思いまして」
 「河童か。やはり蛇の道はなんとやら。早耳だな」
 貞一は鯵に手を出しながら、答えた。
 「恐れ入りやす。この前の番頭風の男は日本橋で呉服商を営んでいる『伊勢屋』の番頭でごぜいやした」
 「『伊勢屋』というのは聞いたことがある。なかなかの流行っている店らしいな」
 「へえ、手広く商いをしておりやす。それで、先の河童の正体ですが」
 「『伊勢屋』の娘、ではないか。その娘は年頃で、小柄だ」
 貞一が口をはさんだ。
 「兄貴、何でそれを」
 岩徳が大きな目をさらにぎょろりとさせた。
 「勘だ。あの日、番頭が『お嬢様』と叫んだじゃねえか。わっちはそれをきいて、それまでもやもやしていたものがさっと引っ込んだような気がした。その娘は三代目が大の贔屓だ」
 「その通りです」
 「娘は、どこかで三代目が河童好きだと聞いて、何とかその夢を叶えてやろうとした」
 「それで、この企みを思いついたわけです」
 「河童の種明かしは聞いたのか」
 「そこまでは、まだ」
 何事も行動の早い岩徳は既に朝餉を食べ終わっている。
 「これもわっちの勘でしかねえが、最初の時、娘は瓦版屋が持ってきた桶の中に入っていたにちげえねえ。可哀想な瓦版屋は何も知らされちゃいなかったのかも知れねえ。大量の魚は娘の重さを分からなくするために必要だった」
 「でも、あの時は中をのぞき込んで見た者もいますぜ」
 「鏡を使えば造作ねえ。あの桶はそのためにも四角だった。鏡をだな、こうして右上から左下に斜めに入れる。すると、上から覗いただけじゃ、魚しか見えねえ。娘は鏡と桶の隙間に隠れていた。下半分には外に出られるような潜り戸のようなものが作ってあったはずだ」
 貞一は、お椀に箸を斜めに差し込んで図示した。 
 「それじゃ、兄貴が前に言ってたように、あの河童は水しぶきも上げねえで泳いで行った。これはどうなんです?」
 「これはもっと単純だ。舟に乗っていた番頭が紐で引っ張ったんだ。その紐の一端は桶が置かれた岸あたりに、反対側は川のどこかに杭か何かに結わえ付けてあったんだ。船頭が騒いでいる最中に、娘は仕掛けから表に出て岸側の紐を手にした。舟では番頭が紐を杭から外して、滑車のようなもので舟の方へ娘を引っ張ったんだ。その証拠に船頭が騒いだ後は番頭は屋形船の障子の中だったそうじゃねえか。そして、娘は舟の反対側にでも掴まってそのまま人目につかないところまで行った・・・」
 そう言いながら、貞一は箸を止めた。
 「分からねえのは、それで大成功だったはずなのに、なぜ危険を冒してまで二回目に登場したかだ」 
 「八百屋お七でさぁ」
 岩徳は、湯飲みを手にして、にやっと笑った。
 「えっ」 
 貞一は、岩徳の言った意味が分からなかった。
 「娘の執念は江戸の町に大火さえ起こしやす。娘も一度は騒ぎを起こして満足するんですが、河童を見損なって残念がっている路考の風評を聞くと、路考を満足させてやれるのは自分しかいない、と思うようになるんです。それと、憧れの人間から逆に羨望の眼差しで見られる快感を知っちまったらしい。もちろん、番頭は大人ですからしつこく止めたんですが、逆に脅しをかけられる始末で、仕方なく二回目もつきあっちまったらしい」
 「そういうわけか」
 「へえ。ただ二回目はこの前のようにはいかねえんで、舟の脇に棒を付けてそこに掴まって泳ぐだけにしたらしいんだが、そこに長谷川様のご登場となったわけで」
 「種子島を撃たれて慌てた娘はその棒から手を離し、溺れたってわけか」
 「しかし、二匹目の河童については、全く知らねえってことで」
「今となっては、あれが本当の河童だったのか、そうじゃなかったのか、突き止める手だてもねえがな」
 貞一は、天井を見上げた。
 

  

  

鬼、河童に濁流の水飲まされるー20

2007年05月07日 | 一九じいさんのつぶやき
 「兄貴、分かったって、いってぃ、何がどうしたんだ」
 そう言った岩徳も川から目を離さずにいた。
 「いや。当たってほしくねえ勘だがな。今日に限ってえらく流れが急だ」
 「昨日の雨のせいだろう。河童も溺れるものらしい」
 同心の佐々木がそう言う間にも河童は流されていく。
 「船頭さん、もっと急いで漕いで下さいまし」
 舟上の番頭は心配そうに前方の河童を注視していくが、その差は開いていく一方だ。
 その時。
 流れのはるか後ろから、ものすごい速さで泳いできたものがある。
 濁った川の色のせいで陸からはよく見えない。
 その生き物が舟を追い抜いて行ったとき、それまで懸命に櫓を漕いでいた船頭の松次郎は、
 「ひえぃ」
 と、奇声をあげて、その場にへたり込んでしまった。
 「うぬ、仲間がおったか。ええい、構わぬ、あれも撃て」
 長谷川平蔵は出番とばかりに声を張り上げた。
 「速すぎて狙いがつけられません」
 銃を持った同心がそう言うと、
 「ええい、役に立たぬ奴じゃ」
 平蔵は、自ら銃を奪い取るように手にすると、舟の上から狙いをつけた。
 しかし、つぎの瞬間、平蔵は春の川の水をしこたま飲まされる羽目になる。
 銃の狙いをつけた平蔵めがけ、鯉が飛んできたからである。
 未確認の生き物が水中から投げつけてきたようである。
 まともに鯉を額のあたりに受けた平蔵がついた尻餅のせいで、舟は大きく揺れ、平蔵はそのまま川に放り出された。
 「長官(おかしら)」
 同心が舟に座りこんだまま、悲痛な叫びを上げた。
「ありゃ、河童だ」
 見物人はそれを見て呟くように言った。
 そのつぶやきが段々、大きな声と変わっていく。
 「あれこそ、正真正銘、本物の河童だ」
 誰かのその声にどっという歓声が起こった。
 歌舞伎役者瀬川菊之丞もこの時ばかりは、色白い頬を上気させ、興奮していた。
 その河童とおぼしき生き物は、前を溺れるように流れていくもう一匹の河童に追いつくと、その河童を安全な岸まで押し上げた。見物人からは遠すぎてよく見えなかったが、押し上げた手だけははっきり見えた。
 「ありゃ、確かに河童にちげぇねえ」
 目のいい岩徳は、放心したようにぼそっと呟いた。

 

鬼、河童に濁流の水飲まされるー19

2007年05月02日 | 一九じいさんのつぶやき
 そのつぶやきには意外と早く回答が与えられることになる。

 江戸中が大雨に見舞われた翌日。
 その日は昨日の雨が嘘のような五月晴れの気持ちのいい天気になった。
 深川州崎には今日も人だかりができていた。
 その人だかりの中心には三代目瀬川菊之丞の整った顔が見える。
 「今日こそ鬼じゃのうて、河童が見たかったのに、怖い鬼の手下に見張られておっては、河童もさぞ出にくかろう」
 菊之丞が声をひそめて言うと、とりまきから笑いが起こった。
 先日の轍を踏むまいとしたのか、長谷川平蔵自らは出張ってなかったが、部下の与力や同心がご丁寧に火付け盗賊改めの提灯を手にして、存在を誇示していた。
 貞一と岩徳もその場に潜り込んでいたが、八つ(午後2時頃)になって定町廻りの佐々木も合流した。
 「なにも起こりゃしねえな」
 佐々木の独り言のようなつぶやきに、
 「三代目に、鬼の平蔵の手下、役者は揃っていやすぜ。何かが起こるんじゃねえかな」
 貞一がつぶやきで返した。
 「おおい」
 そのつぶやきに応報するように、川から声がかかった。
 その声の方向を見ると、屋形舟があり、舟上にはこの前と同じ顔ぶれがあった。
 「松次郎のやつめ、何を企んでやがる」
 岩徳が苦々しげに顔をしかめた。
 「みなさん、ご精がでますなあ。今日も河童見物ですかい」
 舟の上の番頭風の男が叫んだ。
 今日は昨日の雨で水かさが増え、流れも急なので、前回のようにゆったりという訳にはいかない。
 「松次郎、俺だ、徳三だ。てめえ、なにか企んでやがるな」
 岩徳が叫んだ。
 「親分、なにを言ってやがるんでぇ」
 船頭の松次郎が言葉を返したところで、
 「その舟、櫓を止めろ」
 流れの後方から声が掛かった。
 そこには、舟上に陣笠をかぶった長谷川平蔵の姿があった。
 「いけねえ」
 松次郎が言葉を漏らすのと同時に、
 「あれは何だ」
 岸の見物人から歓声が上がった。
 「あれこそ、河童ぞえ」
 三代目も立ち上がって目を見開いた。
 「種子島、狙いをつけよ」
 平蔵は火縄銃を持った同心を舟の前に位置させた。
 「河童を撃ってどうするつもりだ。やめねえか」
 佐々木の声に舟上の同心も少しひるんだ様子だったが、
 「構わぬ。不埒な妖怪を退治せよ」
 平蔵に励まされ、再び河童に狙いを定めた。
 「待ってくださいまし」
 前方の番頭から声が掛かるのと同時だった。
 「撃て」
 平蔵の声が掛かった。
 「さても憎い」
 三代目の囁きは、廻りの者の嘆息を誘った。
 しかし、舟の上から撃つ狙いは正確ではなかった。
 河童は、今までと変わらず、前方の舟と沿うように、泳いでいた。
 「再度、狙いをつけよ」
 「お待ち下さい。全てお話しますから、銃をお収めくださいまし」
 番頭の声は再びの銃声によってかき消された。
 同時にそれまでは、舟と沿っていた河童は、急に流れに呑まれていった。
 「お嬢様」
 番頭が身を乗り出した。
 「お嬢様、やと。そうか、分かったぞ」
 貞一が大きな声を出した。