木村忠啓の大江戸百花繚乱

スポーツ時代小説を中心に書いている木村忠啓のブログです。

鬼、河童に濁流の水飲まされるー16

2007年04月03日 | 一九じいさんのつぶやき
 実際、長谷川平蔵が三代目菊之丞を縄に掛けたときも、大奥が松平定信に直接抗議を行ったため、鬼の平蔵の取り調べもなしくずしとなり、菊之丞はおとがめを受けなかった。
 「その路考ですが、近々、河童見物に足を運ぶと噂になっておりやす」
 岩徳が梨園の連中を好ましく思っていないのは、その表情から分かった。
 「やはり怪しい。そんな噂を自ら流すとは、何か企んでいるに違いねぇ。この河童騒ぎ、誰かが操っているとしたら三代目だ」
 佐々木は手を叩いた。
 「ちょっと待って下せえ。自分で言っておいて何だが、例のが河童じゃねえと決めつけると分からねえ点もあります。あの河童もどきは水しぶきも上げねえですっと泳いで行った。おまけにどこにも浮かび上がってこなかった。河童じゃねえとすると、この点が説明できねえ」
 「泳ぎの達人が筒を口にして行きゃ、訳のねえことじゃねえですかい?」
 岩徳がそんなのは不思議でもないという様に口を挟んだ。
 「河童は川上に向かって泳いで行った。川下ならまだしも、川上に行くには随分骨が折れるぜ。それに、屋形舟では船頭が立ちあがって、水の中を注視していた。それで見失うんだから、かなり深いところを泳いでいたんじゃねえか。浅かったら水しぶきが立つし、深けりゃ筒が届かねえ」
 「ええぃ、じれったい。一体、兄貴はあれが本物の河童だと思ってるんですか、それとも偽もんと思ってるんですかい」
 「実はな、わっちにも分からねえ」
 「なんですって」
 貞一がそう言うと、岩徳はがっかりした顔をした。
 顔のつくりこそ悪人面といっていい男だが、表情の変化に富んだ男だ。
 (根は悪人じゃねえな) 
 笑いそうになるのを堪えながら、貞一はそう思った。