硝子戸の外へ。

優しい世界になるようにと、のんびり書き綴っています。

短編「取引」

2015-07-15 22:01:55 | 日記
 富も名声も得たある国の王様が、ベッドに入った時不意に呟いた。
「もっと富を増やしたい。何かいい方法はないだろうか」
すると、突然王様の前に黒いマントを纏った者が現れ、
「王様よ。もっと多くの富を得たいか」
と言った。王様は飛び起き、護衛兵を呼ぼうと声を出そうとしたが、どうあがいても声が出なかった。ならばと枕元に忍ばせてあった剣を手に取り黒マントの者を突き刺さそうとしたが、黒マントの者は王様の剣よりも早く静かに右手をスッと伸ばし細くて青白い人差し指で王様の剣先に触れると、自慢の剣が飴細工のようにぐにゃりと曲がった。
「無駄だ。王様でもかなわぬものがある事を知れ」
黒マントの者がそう言うと、王様は曲がった剣を見つめながらへなへなと座り込んでしまった。すると、
「安心しろ。危害は加えぬ。私はお前の願いをかな得る為に、ここにやってきたのだ。お前の剣を見れば私がどういう力を持っているかわかるだろう」
といって、曲がった剣を王様から奪うと、両手に取ったかと思うと瞬く間に元の姿に戻して王様に返した。確かにさっきまで使い物にならなくなるほど曲がった剣が嘘のように元通りになっている事に驚きながらも黒マントの者を見て「わが願いをかなえてくれるというのか! 」と言うと、黒マントの者は
「そうだ。だだし条件がある」
と言った。王様はいぶかしく思ったが、富を得るためならと、
「条件? 我の望みを叶えてくれるというのであればどんな条件でも飲もう」
と言うと、黒マントの者は、
「本当だな。それではお前の願いをかなえてやる代わりにお前の国で暮らしている民を命もらおう。よいな」
と言った。
 その条件を聞いた王様は少しためらったが、富が増えぬ原因の一つに、人口の増加と働かぬ者が増えたことによるところがあったため、これは良い条件かもしれないと思い、
「いいだろう。国民の命を好きなだけ持って行け」と言った。すると黒マントの者は深くかぶったフードの下で薄ら笑いをしながら、
「では、今からいうことをすぐに実行しろ。まず、公共事業を増し民を喜ばせろ。そして兵を増強し武器を造れ。時が熟せば何処かからお前の国を奪おうとする者が現れる。その者たちと戦い続けろ。民の命をたらふく頂いたら私が争いを止めてやる。無論お前に勝たせてやるから侵攻してきた者たちから多くの権利を奪え。さすれば今よりももっと多くの富と名声を手に入れられるだろう。だがもし、この命令に従わなければ、病気を蔓延させて無条件に命をもらってゆくぞ。よいな」
と言った。王様は恐怖を感じたが、民の命と引き換えになるのだから約束は果たされるだろうと思い、「わかった。では、早速明日から実行に移す。」というと、黒マントの者はフッと王様の前から消えた。
 あくる日、王様は政治を司る者たちを城に呼び寄せ、命令し実行に移した。しばらくすると黒マントの者が言った通り敵が攻め入ってきて国境で戦争が始まった。そして国民が総動員されありとあらゆるものが消費されていった。しかし、その戦いは何十年と続き王様は勝利を見ることなく病でこの世を去ったが、あの世で黒マントの者と再会した。
王様は大変怒り「約束通り戦争をしたが勝てなかったではないか! 」と言って詰め寄ると黒マントの者はゆっくりとフードをめくり上げ、その姿をさらした。黒マントの者は蓋骨であったので王様は腰を抜かしその場にへたり込んだ。

そして王様にこう言った。

「約束通り富は増え、国はお前が王様として君臨しているときよりも栄えるであろう。その富をお前が享受できぬ理由は、条件通り、お前もお前の国で暮らしている民にすぎぬからだ」