硝子戸の外へ。

優しい世界になるようにと、のんびり書き綴っています。

フェイクニュース。

2017-02-08 22:22:44 | 日記
昨日と一昨日のクロ現+を録画で観る。
フェイクニュースというテーマはとても興味深いのですが、冗談では済まされない事態に発展する事がしばしば起こってしまうようです。
発信者が悪意や意図をもって発信する事も、ジョークとして発信する事もネットでは同列になってしまうことが冗談では済まなくなる原因になりますが、その情報を拡散してしまう人達が、情報をよく吟味せず拡散してしまう所にも問題があり、拡散する人の考えに合う情報なら、情報を吟味せず「事実だと」思い込み、拡散することにも問題があるようです。そして、そこに、善意や正義という感情が入り込んでしまうと情報は更に拡散され、フェイクが真実になり替わってしまうような気がしました。

また、フェイクニュースが、社会を動かす程に影響を与えてしまい、発信者が事の重大さを感じ、フェイクであることを発信しても、フェイクニュースのように拡散されないという事象は、おそらく、フェイクニュースに対し「私はその情報を知っていた」という、妄想的な前提が情報の拡散に拍車をかけたのではないかと思う。
だから、情報がフェイクであると発信者が発信しても、拡散した人達は「私はその情報を知っていた」と自負していた人たちであるから、「過ちを認める」ことを嫌う人達だったのではないかと思ったのです。そのように考えると訂正の情報の拡散が最小に留まった事にも納得がゆくのです。

情報は大切ですが、紙媒体と違ってネットニュースはネットワークに接続している不特定多数の人に発信されるものであるから、その影響力も大きい。
したがって、被害を回避するには、受信する側の「情報を吟味する力」が求められますが、人の感情は脆く移ろいやすいものであるから、気を付けていても、心に隙間が出来た時、フィットするフェイクを掴まされてしまうのかもしれません。

多くの人が楽しいと思う空間には必ず闇が存在します。ネットワークの空間も然りです。ですから、闇の部分を意識し、闇に引き込まれないように気を付けつつ、ネット空間を楽しんでゆきましょう。