元気印

毎日元気に過ごす私の出来事

台北旅行 その3 13日午後

2014-03-13 23:50:00 | 旅行

圓山飯店へお迎えに来てくれたタクシーはマイクロバス。8名がゆったりと。

運転手とTさんは台湾語で打ち合わせ。市内を見ながら山道に入り十分へ。

この街は近年天燈揚げで有名です。

 

気球の原理と同じく作った天燈(テンダン)を上げ、願いを書き込み、飛ばします。

もちろん、私たちも楽しみます。願いは。。。

希望を大きく描く人、名前を書かなくてはと一つの共同作業も盛り上がります。

そして、係の方が記念写真を四面の文字を入れて何枚も写してくれます。

 この火薬に火を付けて熱をためて飛ばします。私たちの願いは天高く。。。。拍手。拍手。

線路の上での楽しみなので電車が来た合図と

ともに大急ぎで線路外へ。  ラッピングカーです。

十分大瀑布へ寄ります。

つり橋を渡ると 

ここが大瀑布と思ってたら間違ってました。 線路の横に遊歩道があるのに進入禁止看板。

でも大丈夫少し歩くと

入場料が要りました。

マイナスイオンいっぱい。 ちなみにネコやイヌもいっぱい。大きなネコちゃんハウスもありました。

4畳半ぐらいのちゃんと出入り口付きで。

のんびり自然を愛す人達に癒しの公園も充実

くねくね道をひた走り九分に向かいます。

その昔、九份は台湾の一寒村に過ぎなかったが、19世紀末にの採掘が開始されたことに伴い徐々に町が発展し、日本統治時代藤田組によりその最盛期を迎えた。九份の街並みは、日本統治時代の面影を色濃くとどめており、路地や石段は当時に造られたものであり、酒家(料理店)などの建物が多数残されている。しかし、第二次世界大戦後に金の採掘量が減り、1971年に金鉱が閉山されてから町は急速に衰退し、一時人々から忘れ去られた存在となっていた。

1989年、それまでタブー視されてきた二・二八事件を正面から取り上げ、台湾で空前のヒットとなった映画『悲情城市(A City of Sadness)』(侯孝賢監督)のロケ地となったことにより、九份は再び脚光を浴びるようになる。映画を通じて、時間が止まったようなノスタルジックな風景に魅せられた若者を中心に多くの人々が九份を訪れ、メディアにも取り上げられるなど、台湾では1990年代初頭に九份ブームが起こった。(ネットから)

 

宮崎駿の「千と千尋の神隠し」の看板もあります。

  

ラーメン(ビーフン)スープを食べたりと食が楽しめる所です。若者が多いです。ワンちゃんも多いですが、

なぜかどの子も良く太ってます。リードの着けた子はいなく、大人しくしてます。

夜景を見たり、狭い階段の周りのお店を見たりと何か懐かしいそして、異国情緒のある九分です。

さて、まだまだ今回の目的夜市で遊ぶ。美味しい物を食べる。。が残ってます。

寧夏夜市まで送って貰います。こんな活気のある屋台は日本のお正月でも見られません。

こんなエネルギッシュな所が日本にあるかしら?韓国、タイなどでは見受けられますが、昨日の市場と

言い、日本では近年大型スーパーに押され市場はシャッター通りになり寂しいののがありますよね。

 

  

 

牡蠣のオムレツや牡蠣スープ、デザートの豆腐豆花、スイカジュース、

そして臭豆腐などにもチャレンジするメンバーも。この気持ちが皆さんを若々しくしてると感じる次第でした。

地下鉄に乗りホテル到着は10時を過ぎてます。 明日の予定のミーテングをしてお休みです。

 

 

 

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台北旅行 その2 13日午前中

2014-03-13 21:26:13 | 旅行

3月13日(木)

6:00 朝食 8:00出発

 皆さんしっかり朝食を取り今日一日期待に胸膨らませて燃えてます。

地下鉄の駅には東北応援メッセージ。

地下鉄は明るく、ホームも広く電車扉は二重扉です。台北駅から士林まで乗ります。車内はとても静か。

ラッシュ時はおしゃべり禁止。車内の飲食も禁止で違反者は多額の罰金だそうです。もちろん水もです。

そこからバスに乗り換えて故旧博物館へ 

バス停までにお寿司を見つけました。

バス車内では私たちは運よく全員座れました。

それが良かったのです。乗用車と接触事故を起こしました。

立たれてる方、横向きシートの方は雨で濡れた床に飛ばされたり、こけたりと。警察も来ないし、

運転手同士が話し合いバスの運転手が2000台湾元を渡して終わり。

けが人がいないかも聞きません。Tさんによると人命が掛かる事故でも示談だそうで警察はほとんど呼ばないそうです。

運転は荒いです。「怖い」言ったら、現地語で「快」 の意味がありもっとスピード上げて走るとか。

無事故旧博物館到着。小雨です。

 

館内はめちゃくちゃ混雑してます。 ガイドブックにあるように一番乗りが良いようです。

入場券   ヒスイの白菜など楽しみな作品が沢山ありますが撮影禁止

ネットより

、「国立故宮博物院」。歴史に翻弄されたお宝の数々が並ぶ世界一の中国美術工芸コレクションとして名高いここ故宮は、フランスのルーブル、アメリカのメトロポリタン、ロシアのエルミタージュと並んで世界四大博物館の1つに数えられています。故宮博物院には、およそ70万点近くの収蔵品があると言われていますが、常時展示している品は、6000~8000点。特に有名な宝物数百点を除いては、3~6カ月おきに、展示品を入れ替えているため、すべてを見て回るには、10年以上はかかると言われています。
コレクションは、聞くところによると玉器は8000年前のものから、5500年前の新石器時代の翡翠の彫り物、4400年前の陶器、3300年前の青銅器・象形文字、2200年前の秦の始皇帝の時代、日本の古墳時代、さらに隋・唐・宋・元・明・清の歴代宮廷の収蔵文物を継承しており、その内容も数も極めて豊富です。これらの文物の発展は、近代中国社会の変遷と密接な関係があるのです。国立故宮博物院はまさに、中国芸術文化の集大成!
さて、創設80周年となる2007年2月に、大リニューアルオープンを行った故宮、2011年2月にまた新しく生まれ変わりました!最新の展示ですが、青銅、玉、陶磁…という風にカテゴリー別で時代順に配置され、よりわかりやすい「開かれた故宮」となっています。

 肉形石
おいしそうな赤身と脂身の混じった「肉形石」は、「東坡肉(豚の角煮)」にそっくり。瑪瑙類の鉱物は、長い年月の中で雑物の影響を受け、異なる色が生成され一層ごとに違った色あいが現れます。職人は、豊かな質感を持つ石材を加工し、磨いて表層面を染色。その結果、皮、脂身、赤身肉がくっきりと分かれ、毛穴や肉の質感いずれも真に迫った作品に仕上がっています。

 「翠玉白菜」
天然の翡翠と玉の混ざり具合を巧みに利用した繊細な彫刻で、翠玉巧彫の最高傑作と言われています。白菜の上にとまっている虫ですが、実はこの2匹は、多産を象徴するキリギリスとイナゴ。この作品は、紫禁城内の永和殿に安置されていたものですが、そこは光緒帝の妃であった瑾妃の寝宮であったことから、清らかさを象徴し、多産を願う瑾妃の嫁入り道具だったのではないかと推測されています。白菜と昆虫という題材は、元代から明代初期の画家による草虫画の中によく見られ、吉祥を象徴する題材だったのです。

ここからは三々五々別れて見て回りました。昼食は圓山大飯店を日本から予約してます。

ホテルパンフレット   

円山大飯店は日本統治時代剣潭山に建立されていた台湾神宮の跡地を利用して建設された。建設に際してはの彫刻を多用し、龍宮との異称を有す。また龍以外にも石獅梅花をふんだんに用い、中国建築の特徴を全面に出した装飾となっている。

またこのホテルでは地下道の存在も有名である。過去において円山大飯店が政治色が強いホテルであったため、蒋介石総統時代、長さ180mの地下道が建設された。1963年の改築の際には東西2本の地下道が設けられ、滑り台も設置された。地下道はホテルから剣潭公園北安公園に連絡しているが、現在一般公開はされていない。

開業当初は世界に冠たる中華民国一のホテルという方針で日本語はおろか英語によるサービスすらしようとしなかったが、現在は経済発展によるビジネス主義への転向と国内外の政情の変化により英語、日本語によるサービスを受けることが

101が見える全面ガラス窓のレストランで豪華ランチ。

    ふかひれも注文

食後館内を見学したり、ホテルでティータイム。

左奥が喫茶店です。 

http://travel.rakuten.co.jp/HOTEL/71239/71239.html 圓山大飯店

珈琲タイム。マットだけ写して、おしゃべりに夢中だったわ。

クッキーが2個ついてました。

3時にジャンボタクシーを日本で契約してます。待ち合わせはここ圓山大飯店。

6時間、8時間、車のサイズも色々あります。私たちは6時間で十分、九分を回ってもらいます。

 

 

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