圓山飯店へお迎えに来てくれたタクシーはマイクロバス。8名がゆったりと。
運転手とTさんは台湾語で打ち合わせ。市内を見ながら山道に入り十分へ。
この街は近年天燈揚げで有名です。
気球の原理と同じく作った天燈(テンダン)を上げ、願いを書き込み、飛ばします。
もちろん、私たちも楽しみます。願いは。。。
希望を大きく描く人、名前を書かなくてはと一つの共同作業も盛り上がります。
そして、係の方が記念写真を四面の文字を入れて何枚も写してくれます。
この火薬に火を付けて熱をためて飛ばします。
私たちの願いは天高く。。。。拍手。拍手。
線路の上での楽しみなので電車が来た合図と
ともに大急ぎで線路外へ。 ラッピングカーです。
十分大瀑布へ寄ります。
つり橋を渡ると
ここが大瀑布と思ってたら間違ってました。 線路の横に遊歩道があるのに進入禁止看板。
でも大丈夫少し歩くと
入場料が要りました。
マイナスイオンいっぱい。 ちなみにネコやイヌもいっぱい。大きなネコちゃんハウスもありました。
4畳半ぐらいのちゃんと出入り口付きで。
のんびり自然を愛す人達に癒しの公園も充実
くねくね道をひた走り九分に向かいます。
その昔、九份は台湾の一寒村に過ぎなかったが、19世紀末に金の採掘が開始されたことに伴い徐々に町が発展し、日本統治時代に藤田組によりその最盛期を迎えた。九份の街並みは、日本統治時代の面影を色濃くとどめており、路地や石段は当時に造られたものであり、酒家(料理店)などの建物が多数残されている。しかし、第二次世界大戦後に金の採掘量が減り、1971年に金鉱が閉山されてから町は急速に衰退し、一時人々から忘れ去られた存在となっていた。
1989年、それまでタブー視されてきた二・二八事件を正面から取り上げ、台湾で空前のヒットとなった映画『悲情城市(A City of Sadness)』(侯孝賢監督)のロケ地となったことにより、九份は再び脚光を浴びるようになる。映画を通じて、時間が止まったようなノスタルジックな風景に魅せられた若者を中心に多くの人々が九份を訪れ、メディアにも取り上げられるなど、台湾では1990年代初頭に九份ブームが起こった。(ネットから)
宮崎駿の「千と千尋の神隠し」の看板もあります。
ラーメン(ビーフン)スープを食べたりと食が楽しめる所です。若者が多いです。ワンちゃんも多いですが、
なぜかどの子も良く太ってます。リードの着けた子はいなく、大人しくしてます。
夜景を見たり、狭い階段の周りのお店を見たりと何か懐かしいそして、異国情緒のある九分です。
さて、まだまだ今回の目的夜市で遊ぶ。美味しい物を食べる。。が残ってます。
寧夏夜市まで送って貰います。こんな活気のある屋台は日本のお正月でも見られません。
こんなエネルギッシュな所が日本にあるかしら?韓国、タイなどでは見受けられますが、昨日の市場と
言い、日本では近年大型スーパーに押され市場はシャッター通りになり寂しいののがありますよね。
牡蠣のオムレツや牡蠣スープ、デザートの豆腐豆花、スイカジュース、
そして臭豆腐などにもチャレンジするメンバーも。この気持ちが皆さんを若々しくしてると感じる次第でした。
地下鉄に乗りホテル到着は10時を過ぎてます。 明日の予定のミーテングをしてお休みです。