星・宙・標石・之波太(しばた)

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また会う日まで・希望と失意

2022-01-06 23:35:52 | その他

 朝日新聞の連載小説「また会う日まで」が2020年8月から始まっています。

第1章 終わりの思い

第2章 海軍兵学校

第3章 練習艦隊

第4章 第七戒

第5章 海から陸へ、空へ

第6章 三つの光、一つの闇

第7章 チヨよ、チヨよ

第8章 ローソップ島

第9章 ベターハーフ

第10章 潜水艦とスカーレット・オハラ

第11章 緒戦とその後

第12章 戦争の日常

第13章 立教高等女学校

第14章 東京から笠岡へ

第15章 終戦/敗戦

第16章 希望と失意

が12月1日から12月31日まで30回の連載で終わった。

1945年8月、わたしと妻ヨ子(よね)を育ててくれた長崎に原子爆弾が落とされ、ほどなく

戦争は終った。水路部のある笠岡にも進駐軍の姿が見られるようになった。一家で東京に戻る

ことにした頃、ヨ子にGHQから仕事の話が来た。

わたしは築地に行ってみた。

水路部はかろうじて焼け残った建物の中で人が働いていた。

「秋吉少将!」と見知った者が立って挙手の礼をした。

「もういい」とわたしは手で制した。「少将といっても今は予備役であるし、海軍の階級など

まもなくなくなるよ。それより水路部はどうなっている?」

「ご覧のとおりです。本来の業務は止まったまま。早く職員が帰ってきて、建物が再建され、

各地方の観測拠点も整備されれば、と思いますが」

「水路部は連合艦隊ではない。必ず存続する。その必要があるからだ。海があり船が行けば、

海図は必要。天測も必要。今は待つしかないが、しかし国はここの業務を優先するだろう」

 わたしは聖路加病院に行ってみた。

 アメリカが伝単(ビラ)で約束したとおり建物は焼けてはいなかったがGHQに接収されて

アメリカ陸軍の病院になっていた。聖路加は近くの建物に移ったと教えられてそちらへ回る。

わたしは東京天文台に行ってみることにした。

 知り合いを訪ねる。復員兵のようだが、笠岡から復員したと言えなくもない。

 そして、水路部や天文台に行くのには猟官という目的もある。わたしは今は浪人の身なのだ。

 中央線の省線電車は例によって込んでいた。

 武蔵境で降りて南に歩く。途中、右に曲ればかつて中島飛行機の研究所があったあたりだが、

あそここそ空襲で消滅しただろう。

 ありがたいことに天文台は残っていた。

 受付でとりあえず藤田良雄君と服部忠彦君の名を出して面会を乞う。

 しばらくして藤田君が走って出てきた。

 「秋吉中佐!」

 「あはは、もう中佐ではないよ。あの頃だってわたしは階級ではなくさん付けで呼んでくれ

と言っていただろう」

 「すみません、癖が出ました。お元気な姿、嬉しいかぎりです。ローソップ島からもう

(と頭の中で計算する)11年と9か月ですね」

 さすが天文学者だ。

 「服部君は元気か?」

 「はい、今は水沢の緯度観測所で勤務しています」

 「ここはどうだった?」

 「この非常時に天文学などと悠長なことをしているのか、というのが官界の風潮でした。

2年前には紙が足りないというので『理科年表』の発行も止まりました」

 「わたしもそれを知って嘆いた。あれはいつもこの国の科学者の座右にあったのに」

 「火事で資料が焼けたりして大変でしたが、観測機材はおおむね無事でした」

 「何よりのことだ。藤田君、今日わたしが来たのは職探しだ。わたしがここで研究を

することはできないかな」

 「台長に会いましょう」

 関口鯉吉さんとは初見だった。

 「秋吉さん、御盛名はかねてより伺っております。業績も存じております。仰る

ご主旨はわかりました。しかし今は時期が悪い。しばらくお待ち頂けませんか」

 そのしばらくが天文学的数字になるのではないかとわたしは危惧した。

★毎朝、朝食を摂りながら新聞を読む。

新聞の連載小説を読むのは初めてだ。読み続けていると、次回が待ち遠しい。