(2019年2月13日)
生活と身体の周期性が天と同期し、なんとか文化がこの世に形成されるに至ったきっかけが月の嫁取り。嫁に選ばれたArapaho族の娘が天の文化を下界にもたらした。
神話学第一巻の「生と調理、Le cru et le cuit」の基準神話M1(le denicherur de l’oiseau鳥の巣あらし)の思想とは「連続した自然を分断するための文化」。それがかまどの火と狩りの技法だった。この2点から始まり、モンマネキ神話(本書「食事作法の起源」の基準神話)の思想「同盟の模索」を経ての文化形成の道のりは長かった。南米マトグロッソ(Bororo族)からアマゾニアTukuna族に渡り、南米を出てからはカリブ海そして北米。大平原プレーンズArapaho族へ伝播して☆(下の注参照)「周期律の確保」に至って、めでたく人間界に文化が形成された。(1月25日投稿の新大陸文化創造パラダイム)をご参照ください。
本書L’origine des manieres de tableは第6部Balance Egale(辻褄あわせ)267~310頁に入ります。この趣旨は数進法の解説です。月の満ち欠け女の月経の起源など、これまで論じてきた「周期性」との連関は薄いと思っても、疑心をいだきつつ読み始めた。さて、尊師レヴィストロースのねらい(intrigue)を掴めるのか。
章での基準となる神話を紹介する;
M465 Hidatsa族 les bisons secourables 救いのバイソン
あらすじ:ある日、Mandan族(伝承する部族Hidatsaと近接)村に小太りで醜い風体の男がふらり現れ、賭を挑発した。村人は受けて立つが負け続ける。バイソン婦人(la Bisonne=定冠詞付きで名が大文字で始まるので婦人とした)がこっそり「あの小男は太陽神の化け姿、武器をすべて巻き上げてから、手下の部族どもが村を攻撃に来て村の男のすべてを殺す手はず」(村の長に)告げた。「乗っ取られる」頭を抱える村人に婦人は「一つだけ手がある」。そのやり方とは;若者達がすべての神(les dieux)を招待しふんだんな料理で饗応し、さらに彼らの若妻を伽に差し出すことと。
早速、神々が呼ばれた。若者達はバイソン婦人に宴の執りしきりを願うが、婦人は企ての表には出ず、共犯として月に「一番の別嬪を与えるから」裏約束をとりきめ、呼び寄せた。
部族あげての神々への饗応が始まった、婦人は月を通し、小男の太陽に宴に入り込むよう誘うが、疑い深い太陽は断る。宴もたけなわ3夜目、月が「お前に当てられる筈の娘は別の神に渡されるぞ」と太陽をせかす。太陽は宴の館に近づいた。中を覗くだけで入らない。
図:マンダン族の太陽の祭りサンダンス。当該神話から派生する「太陽を鎮める」祭り。1833年の記録。Wikipediaから採取。
4夜目、太陽は館に入った。バイソン婦人が近づいて甘い言葉で誘う、お前と寝たいと。
原文は<<Soleil se sentit floue, car la Bisonne avait deja ete sa maitresse. Mais, en ces sirconstances, on n’a pas le droit de refuser. Et il s’executa, bien que ce retour a d’anciens errements ne lui plut guere>(270頁)
「騙された」と太陽は気づいた。なぜならバイソン婦人はかつての愛人だったからだ。でもこんな状況に陥ったら(周囲は宴の真最中、宴とはMandan族が神々に約束した「新妻夜とぎ饗応」。昨夜に盗み見た状景とは私に回るはずの美形が月に抱かれじゃないか)なお( )の括弧内は訳者の加筆、原文にこの描写は無い。
バイソン婦人の甘い誘いを拒絶する権利はない。実行してしまった。
据え膳は食わねば、焼け棒くいは拾わねばならない。昔なじみの飽きの浮いた関係の再現に喜びはなかった。そしてこれが太陽の大失敗。
<<Et voici l’effet du coit : le pouvoir surnaturel de Soleil passerait aux Indiens>
訳;この性交を通じて太陽が持つ超自然の力はインディアンに移った。
12の敵部族が太陽の息子に率いられMandan村に攻め入ったが、もはや太陽力のご加護は欠けた、村人の反撃に屈し太陽息子と12の部族長の首は狩られた。バイソン婦人の機転がMandanを救った。
☆南米神話が北米に伝播したとはレヴィストロースの仮説です。本書L’origine des manieres de table第2章「Du mythe au roman神話から物語へ」でこの説を論じている。傍証として南北神話には思想に共通性が認められる、北米神話は筋立てが巧妙で複雑化しているなどを挙げている。近年の新大陸考古学では南米遺跡は北米のそれよりも古いとの説が主流と聞くが、神話の起源とも重なり興味深い。2章は本投稿では取り上げなかったが。
レヴィストロース「食事作法の起源」を読む(続き) 13の了
(次回2月15日を予定)
生活と身体の周期性が天と同期し、なんとか文化がこの世に形成されるに至ったきっかけが月の嫁取り。嫁に選ばれたArapaho族の娘が天の文化を下界にもたらした。
神話学第一巻の「生と調理、Le cru et le cuit」の基準神話M1(le denicherur de l’oiseau鳥の巣あらし)の思想とは「連続した自然を分断するための文化」。それがかまどの火と狩りの技法だった。この2点から始まり、モンマネキ神話(本書「食事作法の起源」の基準神話)の思想「同盟の模索」を経ての文化形成の道のりは長かった。南米マトグロッソ(Bororo族)からアマゾニアTukuna族に渡り、南米を出てからはカリブ海そして北米。大平原プレーンズArapaho族へ伝播して☆(下の注参照)「周期律の確保」に至って、めでたく人間界に文化が形成された。(1月25日投稿の新大陸文化創造パラダイム)をご参照ください。
本書L’origine des manieres de tableは第6部Balance Egale(辻褄あわせ)267~310頁に入ります。この趣旨は数進法の解説です。月の満ち欠け女の月経の起源など、これまで論じてきた「周期性」との連関は薄いと思っても、疑心をいだきつつ読み始めた。さて、尊師レヴィストロースのねらい(intrigue)を掴めるのか。
章での基準となる神話を紹介する;
M465 Hidatsa族 les bisons secourables 救いのバイソン
あらすじ:ある日、Mandan族(伝承する部族Hidatsaと近接)村に小太りで醜い風体の男がふらり現れ、賭を挑発した。村人は受けて立つが負け続ける。バイソン婦人(la Bisonne=定冠詞付きで名が大文字で始まるので婦人とした)がこっそり「あの小男は太陽神の化け姿、武器をすべて巻き上げてから、手下の部族どもが村を攻撃に来て村の男のすべてを殺す手はず」(村の長に)告げた。「乗っ取られる」頭を抱える村人に婦人は「一つだけ手がある」。そのやり方とは;若者達がすべての神(les dieux)を招待しふんだんな料理で饗応し、さらに彼らの若妻を伽に差し出すことと。
早速、神々が呼ばれた。若者達はバイソン婦人に宴の執りしきりを願うが、婦人は企ての表には出ず、共犯として月に「一番の別嬪を与えるから」裏約束をとりきめ、呼び寄せた。
部族あげての神々への饗応が始まった、婦人は月を通し、小男の太陽に宴に入り込むよう誘うが、疑い深い太陽は断る。宴もたけなわ3夜目、月が「お前に当てられる筈の娘は別の神に渡されるぞ」と太陽をせかす。太陽は宴の館に近づいた。中を覗くだけで入らない。
図:マンダン族の太陽の祭りサンダンス。当該神話から派生する「太陽を鎮める」祭り。1833年の記録。Wikipediaから採取。
4夜目、太陽は館に入った。バイソン婦人が近づいて甘い言葉で誘う、お前と寝たいと。
原文は<<Soleil se sentit floue, car la Bisonne avait deja ete sa maitresse. Mais, en ces sirconstances, on n’a pas le droit de refuser. Et il s’executa, bien que ce retour a d’anciens errements ne lui plut guere>(270頁)
「騙された」と太陽は気づいた。なぜならバイソン婦人はかつての愛人だったからだ。でもこんな状況に陥ったら(周囲は宴の真最中、宴とはMandan族が神々に約束した「新妻夜とぎ饗応」。昨夜に盗み見た状景とは私に回るはずの美形が月に抱かれじゃないか)なお( )の括弧内は訳者の加筆、原文にこの描写は無い。
バイソン婦人の甘い誘いを拒絶する権利はない。実行してしまった。
据え膳は食わねば、焼け棒くいは拾わねばならない。昔なじみの飽きの浮いた関係の再現に喜びはなかった。そしてこれが太陽の大失敗。
<<Et voici l’effet du coit : le pouvoir surnaturel de Soleil passerait aux Indiens>
訳;この性交を通じて太陽が持つ超自然の力はインディアンに移った。
12の敵部族が太陽の息子に率いられMandan村に攻め入ったが、もはや太陽力のご加護は欠けた、村人の反撃に屈し太陽息子と12の部族長の首は狩られた。バイソン婦人の機転がMandanを救った。
☆南米神話が北米に伝播したとはレヴィストロースの仮説です。本書L’origine des manieres de table第2章「Du mythe au roman神話から物語へ」でこの説を論じている。傍証として南北神話には思想に共通性が認められる、北米神話は筋立てが巧妙で複雑化しているなどを挙げている。近年の新大陸考古学では南米遺跡は北米のそれよりも古いとの説が主流と聞くが、神話の起源とも重なり興味深い。2章は本投稿では取り上げなかったが。
レヴィストロース「食事作法の起源」を読む(続き) 13の了
(次回2月15日を予定)
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