(2018年4月9日)
前回投稿は4月2日。梗概は;
聖書ルカ伝から引用して、
ユダヤの高僧ザカリは祈祷中に天使ガブリエルから「汝の妻エリザベスは神の子を宿す」とのお告げを受けた。半年のあと、ナザレにすむ大工ヨセフの婚約者マリアに天使ガブリエルが降り立ち懐妊を直接告げる。マリアの子がイエスキリスト、半年前に生まれたエリザベスの子洗礼者ヨハネとなる。日本でも広く知られている聖書の逸話です。しかし、ザカリにしてもマリアも天使ガブリエルに反論します。特にマリアは男を知らぬ処女の身、きつい否定<>で言い返した。男なんてこの身に近寄らせた一瞬すら無いわ!のノリである。
ガブリエルは万能の神として懐妊とつげるのであるが、ここで神のもう一つの秘密も教えた。生まれる子の将来である。<<tu lui donnera le nom de Jesus. Il sera grand, et on l’appellera Fils du Tres Haut. Le seigneur Dieu lui donnera trone de David, son pere ; il regnera sur la maison de Jacob="後略(引用は1955年出版のCerf版聖書)
拙訳:マリアよ、お前はその子をイエスと名づけよ。彼は成長する、人はかれを至上の子と呼ぶ。神は彼にダビデの王座を与えヤコブの館を統治することとなる。
ダビデはイスラエルの王、ヤコブは民族の始祖。イスラエルの王となると約束したのである。
すなわち子の「人としての同定性、アイデンティティとその個人として活動する全生涯」を約束したと言える。
6月前にはザカリにもガブリエルは約束している。<<il" sera rempli du Saint Esprit des le sein de sa mere et ramenera de nombreaux fils d’Israel au Seigneur>>
拙訳:母の胎で育む間も聖なる精神に満たされ、生まれ出でてからは幾人もの子を神の元に導くことになる。
ここでも生まれる子は男(il=男性の代名詞)で成人し宗教活動に関わると教え「人としての特定とその生涯」を予告しているのである。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/68/4b/5e7dc87cf709b76c4b42f04ad1cdcd80.jpg)
エリザベスとマリアは親戚だった。マリアの処女懐妊の奇跡を聞いて、引きこもりのエリザベスはマリアを訪ねる。これが泰西名画の題材の一つ<<La Visitation>>Vが大文字の「あの訪問」である。図では左、赤いマントを羽織るのがエリザベス。新大陸で染料コチニールが発見される前に赤は貴重で、高位者しか纏えなかった。高僧の妻の地位を赤で表す。しかしマリアに宿る子は己の子よりも上位になると知り、それを伝える仕草が顔つきとマリアの腹に置いた手で分かる。どことなく質素なマリアが上位の構図になっている。Visitationではこの機微を感じてください。決して「ガブちゃんに直接会ったんだって、私には亭主経由だったのよ、悔しい~」の世間話で終わった訳ではない。左下は耶蘇僧形のザカリ。絵はネットから、著作権は消滅したと判断しています。
妊娠しても生まれいずるかの不確定さは残る。誕生の前に性別は分からない。生まれてもその子は無事に育つのか。紀元前後の衛生事情では死亡率は高い、幼児・少年期に多くの人は死亡する。無事に育ってその先、再生産(子をもつ)活動にいそしめるのか。子をもうけ育てるとは賭けで昔は子沢山が常、10人生まれての2人ほどが成人して再生産にたどり着くのであろう。
(投稿子の知るなかでの幼児死亡の例。井伊直弼(日米修好条約の締結、彦根藩主)は父直中の14男であった。優先する継承権を持つ13人が己の先に立っている。藩主は回ってこないと周囲も本人も諦めていた。しかし13人の相次ぐ早世で、32歳にして藩督を継いだとか。14番目とは母の出自の低さに由来する、13人は必ずしも兄ではない。母身分が彼よりも高い嬰児、幼児が含まれ、それらの早世もあった筈だ。それにしても、江戸期においてもこれ程の死亡率、紀元前後のガリラヤを推して知るべし)
しかしガブリエルは自信たっぷり、懐妊する胎児の成人と生涯を伝えた。これは何を意味するのか。
人には胎に育つ児の性別はおろか生涯など予測できない。今の世、超音波検査で性別判別できるとの反論を投稿子は知る。出生前に先天性欠陥の有無を調べる遺伝子検査は普及していると聞く。それらの検査とは「覗く」それだけである。ガブリエルが伝えたのは単なる性別ではなく「同定性、アイデンティティ」なのである。医学発達の今にしても、こんな予測は誰もできない。では、どのように神はそれを知ることが出来るのか。
別の疑問がもう一点、神が胎児の将来を予知出来るのはヨハネとイエスにだけ限られたのか。自身が積極関与した児の将来展開は気にするけど、ほか(人と人の児)は知らないのか。
投稿子はキリスト信者ではないから、かくも数十行を費やして上記2問を提案した。キリスト者であれば正解はたちどころに返ってくるだろう。
ヒトは懐妊した瞬間に人となるからである。授精して細胞分裂が始まった途端にそれは「胚」でなく「胎に宿る物体」でもなく、人となる。人であるなら、そのすべては神の知るところとなる。ヨハネとイエスの「アイデンティティと生涯」を予告したと同じく、あらゆる胎児の将来を神が知る。キリスト者ではない者には「神が知る」の代わりに、「決まっている」と置き換えてください。
今、投稿子は一部の社会にとっても困る話を出している。ES細胞の研究と胎児の関係である。これを次回に。
ヒトはいつから人になるか2の了(2018年4月9日)
前回投稿は4月2日。梗概は;
聖書ルカ伝から引用して、
ユダヤの高僧ザカリは祈祷中に天使ガブリエルから「汝の妻エリザベスは神の子を宿す」とのお告げを受けた。半年のあと、ナザレにすむ大工ヨセフの婚約者マリアに天使ガブリエルが降り立ち懐妊を直接告げる。マリアの子がイエスキリスト、半年前に生まれたエリザベスの子洗礼者ヨハネとなる。日本でも広く知られている聖書の逸話です。しかし、ザカリにしてもマリアも天使ガブリエルに反論します。特にマリアは男を知らぬ処女の身、きつい否定<
ガブリエルは万能の神として懐妊とつげるのであるが、ここで神のもう一つの秘密も教えた。生まれる子の将来である。<<tu lui donnera le nom de Jesus. Il sera grand, et on l’appellera Fils du Tres Haut. Le seigneur Dieu lui donnera trone de David, son pere ; il regnera sur la maison de Jacob="後略(引用は1955年出版のCerf版聖書)
拙訳:マリアよ、お前はその子をイエスと名づけよ。彼は成長する、人はかれを至上の子と呼ぶ。神は彼にダビデの王座を与えヤコブの館を統治することとなる。
ダビデはイスラエルの王、ヤコブは民族の始祖。イスラエルの王となると約束したのである。
すなわち子の「人としての同定性、アイデンティティとその個人として活動する全生涯」を約束したと言える。
6月前にはザカリにもガブリエルは約束している。<<il" sera rempli du Saint Esprit des le sein de sa mere et ramenera de nombreaux fils d’Israel au Seigneur>>
拙訳:母の胎で育む間も聖なる精神に満たされ、生まれ出でてからは幾人もの子を神の元に導くことになる。
ここでも生まれる子は男(il=男性の代名詞)で成人し宗教活動に関わると教え「人としての特定とその生涯」を予告しているのである。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/68/4b/5e7dc87cf709b76c4b42f04ad1cdcd80.jpg)
エリザベスとマリアは親戚だった。マリアの処女懐妊の奇跡を聞いて、引きこもりのエリザベスはマリアを訪ねる。これが泰西名画の題材の一つ<<La Visitation>>Vが大文字の「あの訪問」である。図では左、赤いマントを羽織るのがエリザベス。新大陸で染料コチニールが発見される前に赤は貴重で、高位者しか纏えなかった。高僧の妻の地位を赤で表す。しかしマリアに宿る子は己の子よりも上位になると知り、それを伝える仕草が顔つきとマリアの腹に置いた手で分かる。どことなく質素なマリアが上位の構図になっている。Visitationではこの機微を感じてください。決して「ガブちゃんに直接会ったんだって、私には亭主経由だったのよ、悔しい~」の世間話で終わった訳ではない。左下は耶蘇僧形のザカリ。絵はネットから、著作権は消滅したと判断しています。
妊娠しても生まれいずるかの不確定さは残る。誕生の前に性別は分からない。生まれてもその子は無事に育つのか。紀元前後の衛生事情では死亡率は高い、幼児・少年期に多くの人は死亡する。無事に育ってその先、再生産(子をもつ)活動にいそしめるのか。子をもうけ育てるとは賭けで昔は子沢山が常、10人生まれての2人ほどが成人して再生産にたどり着くのであろう。
(投稿子の知るなかでの幼児死亡の例。井伊直弼(日米修好条約の締結、彦根藩主)は父直中の14男であった。優先する継承権を持つ13人が己の先に立っている。藩主は回ってこないと周囲も本人も諦めていた。しかし13人の相次ぐ早世で、32歳にして藩督を継いだとか。14番目とは母の出自の低さに由来する、13人は必ずしも兄ではない。母身分が彼よりも高い嬰児、幼児が含まれ、それらの早世もあった筈だ。それにしても、江戸期においてもこれ程の死亡率、紀元前後のガリラヤを推して知るべし)
しかしガブリエルは自信たっぷり、懐妊する胎児の成人と生涯を伝えた。これは何を意味するのか。
人には胎に育つ児の性別はおろか生涯など予測できない。今の世、超音波検査で性別判別できるとの反論を投稿子は知る。出生前に先天性欠陥の有無を調べる遺伝子検査は普及していると聞く。それらの検査とは「覗く」それだけである。ガブリエルが伝えたのは単なる性別ではなく「同定性、アイデンティティ」なのである。医学発達の今にしても、こんな予測は誰もできない。では、どのように神はそれを知ることが出来るのか。
別の疑問がもう一点、神が胎児の将来を予知出来るのはヨハネとイエスにだけ限られたのか。自身が積極関与した児の将来展開は気にするけど、ほか(人と人の児)は知らないのか。
投稿子はキリスト信者ではないから、かくも数十行を費やして上記2問を提案した。キリスト者であれば正解はたちどころに返ってくるだろう。
ヒトは懐妊した瞬間に人となるからである。授精して細胞分裂が始まった途端にそれは「胚」でなく「胎に宿る物体」でもなく、人となる。人であるなら、そのすべては神の知るところとなる。ヨハネとイエスの「アイデンティティと生涯」を予告したと同じく、あらゆる胎児の将来を神が知る。キリスト者ではない者には「神が知る」の代わりに、「決まっている」と置き換えてください。
今、投稿子は一部の社会にとっても困る話を出している。ES細胞の研究と胎児の関係である。これを次回に。
ヒトはいつから人になるか2の了(2018年4月9日)
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