鴻海「シャープとの調印は当面見合わせる」
世紀の大型買収は本当に成立するのか
声明文は25日17時ごろ、台湾国内の複数の報道機関に対し、広報責任者・黄欽旻氏の名義のメールで発表された。
声明文によると、シャープが24日朝、新たな重要文書を鴻海側に提示したため、鴻海はシャープ側に対し、「われわれは内容を精査しなければならず、 両社の共通認識が成立するまでは調印をしばらく見合わせる」と、25日のシャープの臨時取締役会が行われる前に伝えたという。鴻海の黄氏は本誌の取材に対 し、「重要文書がどういった内容か明らかにできないが、24日までまったく示されてこなかった文書であることは間違いない」と答えている。
また声明文は同時に、「われわれは早期に状況が明らかになり、今回の取引が円満な結果を迎えられることを期待している」ともしており、交渉そのものが暗礁に乗り上げたわけではないとの見方を示している。
なおシャープ側は、鴻海側から調印見合わせの通告があったかに関し、「交渉にかかわることなのでコメントは差し控える」(広報)とのみ回答した。
経営再建中のシャープに対し、EMS(電子機器受託製造サービス)最大手の台湾・鴻海(ホンハイ)精密工業、官民ファンドの産業革新機構が、それぞ れ出資案を提案している。早ければ2月25日にもシャープの取締役会でどちらかの案が選ばれる可能性があるが、事実上の決定権を握るのは大口債権者であ る、みずほ銀行と三菱東京UFJ銀行だ。
このうちみずほ銀行は、今年に入り、鴻海案を支持する姿勢を鮮明にしていた。その直接の理由は銀行にとって、鴻海案のほうが機構案よりも経済的メリットが大きいことだ。
機構は両行に優先株の消却という債権放棄に加え、2015年6月に続き2度目となる債務の株式化(DES)という私的整理を求めている。一方の鴻海案は、優先株の簿価での買い取りを示しており、銀行にはほとんど”痛み”を求めていない。
みずほと鴻海の親密な関係
さらにみずほには、鴻海を支持する歴史的必然がある。鴻海はシャープ問題のはるか以前から、鴻海の大口取引先銀行なのだ。
鴻海の開示文書を基にすると、みずほの間で取引が始まったのは、2000年とみられる。みずほの前身銀行のひとつである、第一勧業銀行が東海銀行と 共同で、まだ年商3000億円台の業容だった鴻海に向けて、40億円を金利0.55%で融資している。それまで鴻海は、バンク・オブ・アメリカからの借入 金が多かったが、同年以降はみずほが取引先金融機関として、頻繁に文書に登場するようになる。
リーマンショック直前の2008年7月には、みずほが主幹事を務める12行で、鴻海の中核子会社であるフォックスコン・ファーイーストに向けて、 1000億円超のシンジケートローンを組成。さらに直近の2014年12月期の開示文書には、金融機関からの長期借入金として8件が記載されているが、そ のうち3件はみずほが主幹事を務めるシンジケートローンだ。この3件で長期借入金総額の75%を占めている。
もちろん、これらの融資はすべてシンジケートローンで、みずほ1行のものではない。みずほ以外の日系金融機関が貸し手に加わっている可能性は十分に あるし、特に2000年に融資した東海は、現在の三菱東京UFJに繋がる銀行でもあるため、三菱東京UFJが現在も鴻海の貸し手であってもおかしくない。 それでも15年間にわたり、常に主幹事を務めてきたみずほは、その他の銀行とは別格で、鴻海の成長を後方から支援してきたといってよい。町工場から叩き上 げた鴻海に対し、台湾政府や地元の大手商業銀行は積極的に支援しなかったとされるから、みずほに対する鴻海の恩義の念も深いはずだ。
一方で、2000年時点で鴻海を見出した、みずほも目のつけどころが鋭かった。今や鴻海の年商は15.9兆円(2014年12月期)。電子製品の組み立て工程という、最も付加価値の低い部分を請け負う業態のため、利益率は決して高くないが、財務は極めて健全だ。
2014年12月期のEBITDA(税引前利益に減価償却費や支払利息を足したもの。どれだけキャッシュを生み出しているかを示す概念)は8048 億円。同時点の有利子負債1兆5754億円を、1.95年間で全額返済できる計算になる。仮にシャープ買収関連費用7000億円をこれに上乗せしても、3 年以内で返済可能であり、日立製作所より返済能力が高い。毎期生み出すキャッシュ以外に、現金および現金同等物が2.5兆円(2015年9月末)あるの も、銀行としては安心して貸せる要素だ。ちなみに、シャープのキャッシュ創出力に対する負債の重さは、12年間投資を全くせずひたすら返済してやっと一掃 できるほど、厳しい状況である。
この鴻海に対して、みずほが引き続き良好な関係を保ちたいと考えるのは、至極当然だ。また、シャープが鴻海の傘下に入れば、金融機関はシャープ自身 の返済能力に鴻海の支援力を加味して、融資判断をできる場合がある。そうなれば、すでに処理した、シャープの貸倒引当金が戻入益として利益計上できる可能 性もある。その意味では、みずほ、三菱東京UFJを含む金融債権者すべてが、「本音では鴻海推し」ではないだろうか。