いい人情噺を紹介します。
あるところに、大根売りの男がいました。
朝、大根を仕入れて、大八車に乗せて町中を売り歩きます。
大変貧乏な暮らしをしていました。
なぜなら、この男は怠け者で、雨が降ると仕事を休み、
酒や博打におぼれていたからです。
年も迫ったある日のこと。どうしても年越しのお金が必要になって、
一日中売り歩きましたが一本も売れませんでした。
ある武家屋敷の前を通ると、
「これ、大根屋」
と声がかかりました。男は、喜んで裏口から入りました。
その家の主人が出てきました。
「その大根はいかほどか」
「はい、3本で100文でございます」
「それは高い。75文に負けよ」
「それでは原価を切ってしまいます」
「なら、またにしよう」
そういって、奥に戻ってしまいました。
男は、途方に暮れました。
そのとき、屋敷の縁前に、洗面器が置いてあるのに気づきました。
それは、売れば高い値が付くと思われました。
ついつい、男は、その洗面器を盗み、大根の山の中に隠しました。
そして、こっそりと、屋敷を出ようとしたその時です。
再び、主人が出てきて、
「これ、大根屋。
全部言い値で買ってやろう。
縁前に大根を全部並べなさい」
男は青くなりました。
今さら、洗面器を出すこともできません。
血の気が引き、地面に座り込んでしまいました。
しばらくして、男は覚悟を決め、言いました。
「旦那様。まことに申し訳ございません。
今日は、一文の商いもなく、家族が食べるのに困ると思い、
つい洗面器を盗んでしまいました」
すると、
「お前が洗面器を盗んだことを知っていたので、
生活に困っていると思い、全部買ってやるのだ。
24本分、800文だ。
その洗面器もお前にあげよう。
貧しさに負けた盗みとはいえ、お前の生活からきている。
その洗面器で、お前の汚れた根性を洗って、
清らかな心になりなさい」
家に帰って女房に、このことを話しました。
それから、この夫婦は、一生懸命に働き、
自分の八百屋を持ったそうです。
そして、夫婦揃って、あのお屋敷にお礼に行き、
お屋敷の出入りが許されるまでになりました。
世の中捨てたものじゃないですね!