つみびとの歌
中原中也
『山羊の歌』より
わが生は、下手な植木師らに
あまりに夙く、手に入れられた悲しさよ!
由来わが血の大方は
頭にのぼり、煮え返り、滾り泡だつ。
おちつきがなく、あせり心地に、
つねに下界に索もとめんとする。
その行いは愚かで、
その考えは分かち難い。
かくてこのあわれなる木は、
粗硬な樹皮を、空と風とに、
心はたえず、追惜のおもいに沈み、
懶惰にして、とぎれとぎれの仕草をもち、
人にむかっては心弱く、諂いがちに、かくて
われにもない、愚事のかぎりを仕出来してしまう。
中原中也は早熟だった。16歳の立命館中学時代、女優の長谷川泰子と同棲する。けれど東京に移って後に知り合った小林秀雄のもとへと彼女は去ってしまう。中也18歳の秋だった。
小林氏が家出して行方不明になった時、中也はもう一度迎えるつもりで貸家を借りたりしていたが、彼女は中也の元には戻らなかった。中也は泰子のことを生涯理想の女性として崇め慕ったのであった。 中也は西荻窪の自宅から、朝一番の電車で泰子の暮らす東中野にやってきて、道端から呼んで起こして
「あ、元気か?元気ならいいんだ。夢見が悪かったので気になってきてみたんだ」
といって、そのまますぐに帰っていったそうである。
蜻蛉に寄す 『在りし日の歌より』
あんまり晴れてる 秋の空
赤い蜻蛉が 飛んでゐる
淡い夕陽を 浴びながら
僕は野原に 立ってゐる
遠くに工場の 煙突が
夕陽にかすんで みえてゐる
大きな溜息 一つついて
僕は蹲(しゃが)んで 石を拾ふ
その石くれの 冷たさが
漸く手中で ぬくもると
僕は放して 今度は草を
夕陽を浴びてる 草を抜く
抜かれた草は 土の上で
ほのかほのかに 萎えてゆく
遠くに工場の 煙突は
夕陽に霞んで みえてゐる
中原中也
『山羊の歌』より
わが生は、下手な植木師らに
あまりに夙く、手に入れられた悲しさよ!
由来わが血の大方は
頭にのぼり、煮え返り、滾り泡だつ。
おちつきがなく、あせり心地に、
つねに下界に索もとめんとする。
その行いは愚かで、
その考えは分かち難い。
かくてこのあわれなる木は、
粗硬な樹皮を、空と風とに、
心はたえず、追惜のおもいに沈み、
懶惰にして、とぎれとぎれの仕草をもち、
人にむかっては心弱く、諂いがちに、かくて
われにもない、愚事のかぎりを仕出来してしまう。
中原中也は早熟だった。16歳の立命館中学時代、女優の長谷川泰子と同棲する。けれど東京に移って後に知り合った小林秀雄のもとへと彼女は去ってしまう。中也18歳の秋だった。
小林氏が家出して行方不明になった時、中也はもう一度迎えるつもりで貸家を借りたりしていたが、彼女は中也の元には戻らなかった。中也は泰子のことを生涯理想の女性として崇め慕ったのであった。 中也は西荻窪の自宅から、朝一番の電車で泰子の暮らす東中野にやってきて、道端から呼んで起こして
「あ、元気か?元気ならいいんだ。夢見が悪かったので気になってきてみたんだ」
といって、そのまますぐに帰っていったそうである。
蜻蛉に寄す 『在りし日の歌より』
あんまり晴れてる 秋の空
赤い蜻蛉が 飛んでゐる
淡い夕陽を 浴びながら
僕は野原に 立ってゐる
遠くに工場の 煙突が
夕陽にかすんで みえてゐる
大きな溜息 一つついて
僕は蹲(しゃが)んで 石を拾ふ
その石くれの 冷たさが
漸く手中で ぬくもると
僕は放して 今度は草を
夕陽を浴びてる 草を抜く
抜かれた草は 土の上で
ほのかほのかに 萎えてゆく
遠くに工場の 煙突は
夕陽に霞んで みえてゐる