猿八座 渡部八太夫

古説経・古浄瑠璃の世界

忘れ去られた物語たち 3 説経松浦長者①

2011年11月17日 11時48分35秒 | 忘れ去られた物語シリーズ

 古い伝説を持つ松浦佐用姫の説話は、日本各地に残っているが、説経としての小夜姫の存在は忘れられてしまったようだ。説経の小夜姫は、説経らしく、芸道を司る竹生島弁財天の本地として語られる。また、小夜姫の生地とされる奈良県壺阪にある壺阪寺の縁起も含めて語られている。壺阪寺に所蔵されている「坪坂観音縁起絵巻」(寛文二年)は当時の説経「まつら長者」の筋をかなり忠実に写している。しかし、竹生島でも壺阪寺でも既に「小夜姫」を見いだすことはできなかった。

まつら長者(小夜姫)①

 近江の国、竹生島の弁財天の由来を詳しく尋ねてみますと、これもかつては普通の人でありました。奈良県壺阪に松浦長者という大変富貴の家があり、何一つ不自由もありませんでしたが、ただ一つ、世継ぎに恵まれませんでした。そこで、長者夫婦は、奈良県桜井市初瀬にある長谷観音にお参りして、子を授けてもらうことにしました。長谷観音は、西国三十三所第八番の札所です。

 

 長者夫婦は、鰐口をちょうどと打ち鳴らして、三十三度礼拝して、

「男子にても女子にても、子だねを授けてください。この願いが成就するならば、仏壇にかける斗帳(とちょう)を金襴緞子(きんらんどんす)で織り、月に三十三枚づつ三年間奉納させていただきます。それでも不足とあれば、金襴緞子に加えて、錦の斗帳も併せて奉納いたします。さらに、千部の経を毎日、三年間読誦しますので、どうかよろしくお願いします。」

 と祈願しました。観音堂に籠もったその夜半のこと、有り難いことに観音様は、長者夫婦の枕元に立たれました。

「いかに夫婦、あまりに嘆く不憫さに、子だねを一人取らする。」

と、おっしゃられると、黄金の采(さい)を授けられたのでした。

【伝説の佐用姫が頭巾を振ることを踏まえているようです(万葉集)】

 さて、この夢のお告げの後、壺阪に戻りますと、お告げの通り御台はご懐妊され、やがて玉のような姫君がお生まれになりました。夢のお告げによって授けられた子であるので、小夜姫と名付けられたのでした。

 満ち足りた幸せな生活を送っておりましたが、小夜姫が四歳の年、長者は病となり、

「この法華経を形見の品として姫に渡すように。」

と、法華経一巻を託して三十六歳の若さで亡くなってしまいます。

 長者の突然の死によって、一族が深い悲しみに包まれたのは言うまでもありませんが、大黒柱を失った家の凋落もあっという間のことでした。数の宝も消え失せ、仕えていた人々もやがて散り散りとなって、今はもう、広い館に御台と姫の二人だけが、身を寄せ合っているだけになってしましました。まったく、あの栄華が夢のようです。

 それでも御台は、小夜姫だけを心の頼りとして、春には沢辺の根芹を摘み、秋には落ち穂を拾って、懸命に小夜姫を育てました。そんな貧しい生活の中でも、小夜姫はまるで菩薩が天下ったかと思われる程美しく成長したのでした。小夜姫が十六歳になった時、御台は、

「今年は、早、父の十三年となりましたが、菩提を弔うこともできません。小夜姫や、

せめて、この父の形見を拝みなさい。」

と言って、形見の法華経を小夜姫に手渡しました。小夜姫は、

「これが、父の形見ですか。」

と、飛びつくと、法華経を抱きしめてさめざめと泣き崩れました。法華経を抱きしめながら小夜姫は、ひとつの決意をしました。

「親の菩提というものは、身を売り、代替えても、弔うものであると言う。私も身を売って、父の菩提を弔わなければ。」

 その夜、密かに館を抜け出した小夜姫は、春日大社に詣でると、

「南無や春日の大明神、私を買うべき人があるならば、是非引き合わせてください。」

と深く祈願しました。帰ろうとする時、興福寺で高僧の説法があると聞き聴聞してみると、その高僧もまた、

「それ、親の菩提を問うと言うは、身を売りてなりとも弔うこと大善。」

と、説いておられます。

 いよいよ志を強くした小夜姫が歩いていると、ふと、山門の脇に高札があるのに気が付きました。近づいて見てみると、

『見目良き姫のあるならば、値を良く買うべき。所は、つるや五郎太夫』

と書いてあるのでした。

つづく

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坪坂観音縁起絵巻より(興福寺での聴聞と思われる場面)

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