猿八座 渡部八太夫

古説経・古浄瑠璃の世界

忘れ去られた物語 33 古浄瑠璃 明石 ③

2014年11月05日 19時36分24秒 | 忘れ去られた物語シリーズ
あかし ③

 播磨の明石に残された御台所は、都での出来事を夢にも知りませんでしたが、何やら胸騒ぎを感じている所へ、美山が明石殿の手紙をもたらしました。急いで、開いて見てみると、
『浅ましいことに、神では無いこの身の悲しさは、お前が引いた袂を引き分けたその日が、
今生の別れであるとは、分からなかった。どういうことかというと、高松の中将、天下の宮は、お前を妻として手に入れる為に、父の多田殿に沢山の褒美を与えて、私を殺そうとしていたのだ。こうなっては、もう討ち死にする外は無い。』
と、書いてあり、その辞世は、
『忘るるな 一夜、契りし呉竹の 葉に浮く露の ふちとなるまで』
とありました。御台所は、夢か現かと、泣き伏す外はありません。御台所は、
「親に背けば、五逆罪。夫には、二世の契り。私も、自害いたします。」
と、懐剣に手を掛けますと、乳母の常磐が駆け寄って、押し留め、
「おお、勿体ない。お待ち下さい。私が、何とかお隠しいたします。」
と、兎に角も、天下の宮の追っ手から逃れることにしたのでした。
 さて、都では、孝尚の太夫国春(たかなおのたゆうくにはる)を大将とする天下の宮の軍勢一千余騎が、明石殿へと押し寄せて、鬨の声を上げています。国春が門外に駆け寄せて、大音声を上げました。
「只今、ここへ寄せ来たる強者を、誰だと思うか。天下の宮の御内に、孝尚の太夫国春であるぞ。明石殿、覚悟いたせい。」
館の内で、これを聞いた、加藤輔高は、
「何、孝尚の太夫国春だと。我を誰と思うか。明石の乳母に、加藤の太夫輔高なるぞ。歳積もって七十四。出陣したる合戦は五十七度。ええ、いで手並みを見せん。」
と、名乗り合い、ここを最期と激戦となりました。加藤は、大勢に傷を負わせましたが、自らも十三カ所の傷を負い、明石殿の前に戻って来ると、
「都にての合戦で、この輔高、一番に討ち死にすること、なによりもって幸いなり。」
と言い残すと、かっぱと腹を十文字に掻き切って果てたのでした。明石殿は、
「輔高が、討ち死にする上は、もう惜しい命も無い。中将に一太刀浴びせて、返す刀で腹切って、死出の山に追いつくぞ。」
と言うと、駒引き寄せて、ゆらりと乗り出しました。七条の御所の前で、明石殿は、大音声で上げて、
「只今、ここに押し寄せた強者を、誰と思うか。播磨の国の住人、明石の三郎重時なるぞ。
歳積もって、十八歳。中将殿に見参。見参。」
と名乗られました。ここを先途と、再び激戦が始まりましたが、一日一夜の合戦に明石殿も疲れ果て、とうとう生け捕りにされてしまったのでした。明石殿は、高手小手に縛り上げられて、天下の宮の前に引き出されました。天下の宮は喜んで、直ぐに首を刎ねようとしましたが、母の女院が、止めました。女院は、牢舎させなさいと言うので、明石殿は、陸奥の国の住人、津軽の源八のところに幽閉されることになったのでした。無念なるとも中々、申すばかりはなかりけり


つづく

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