猿八座 渡部八太夫

古説経・古浄瑠璃の世界

忘れ去られた物語たち 4 説経越前国永平寺開山記 ④

2011年12月01日 12時08分28秒 | 忘れ去られた物語シリーズ

永平寺開山記 ④

 やがて、父の生首を抱きしめた金若丸は、呆然として神道丸の御前に上がりました。神道丸の驚きは尋常ではありません。将監の生首に抱きつくと

「なんという無惨な。木下将監よ。私たち兄弟を愛おしみくだされたのに、主命に仕方なく、我を討ったと思いつつ、金若を討ってしまったのか。おお、将監よ。我を殺せば、二人も命を失わずに済んだものを。不憫なことをした。」

と、しばし涙に暮れていましたが、やおら懐剣を抜くと、自害を図ろうとしました。はっと、我に返った梅王が、慌てて押しとどめ、

「お待ちなされ、不覚なり神道丸様。三つ目の命失うことなりませぬ。お命、全うされ、行く末目出度くあれば、母上様のお恨みも、いつかは晴れることがあるでしょう。」

と、説得しますが、神道丸は、

「いいや、母上のご立腹。とてものことでは逃れることは出来ない我が命。いずれ刺客を放つに違いない。卑しき者の手にかかって殺されるのは無念。最早思い切ったぞ。梅王丸、放せ。」

放せ、いや放さじと、主従がもみ合ううちに、互いに目と目を見合わせて、どっとばかりに泣き崩れてしまいました。やがて、梅王は、

「仰せはごもっともながら、神道丸様が御自害なされては、あなた様に科(とが)が無いことを、誰が父上様に申し上げるのですか。金若丸の事件は、神道丸の仕業と、無実の罪を着されることには耐えられません。」

と、ますます力を込めて抱き留めました。神道丸は、つくづくと考えて、

「梅王の申すこと、確かに神妙である。よし、よし、分かったから、もうよい放せ。最早、この館に居ることは叶わぬ。」

と、観念しました。ようやく力を弱めた梅王は、ほっとしてこう言いました。

「分かりました。それでは、私の叔父の寺が、比叡山にありますので、ひとまず、そこへ落ちのびましょう。お供いたします。」

 

 神道丸は、浅ましい身の上を嘆きながらも、父宛の書き置きを残して、梅王を唯一の共として、比叡山へと落ち延びたのでした。

 一方、父中納言道忠は、金若のことを片時も忘れる事なく、世の無常を嘆いて、とうとう病み伏せってしましました。そんな時、道忠の元に、神道丸の逐電の報と伴に、一通の書き置きが届きました。驚いた道忠が、急いで開いてみると、神道丸遁世の書き置きです。道忠は、

「花のような若を、一人ならず二人まで失うとは、もう生きる甲斐も無い、身の果てじゃ。」

と、がっくりとうなだれました。その落胆に追い打ちを掛けるように、続けて木下将監自害の報が届きました。もう、道忠には怒る力もありません。

「なんということだ。全ては御台の仕業なり。よしよし、成さぬ仲なれば、憎しと思うもことわりながら、それ程までに憎いと言っても、外にしようもあるものを、女の心のはかなさで、死なせてしまったとは、恨めしい限りじゃ。しかし、それとても我が悪業(あくごう)のなせる業(わざ)。ああ、只恨めしいばかりの浮き世やなあ。」

と、口説き嘆くばかりです。やがて、

「おお、恋しの子ども達。やれ、神道か、やれ金若か。」

と、おそば近くの人々に向かって手を伸ばすと、ばったりと目を閉じ、もう既にご臨終かと思われました。近習の者どもが驚いて、気付けの水を注ぎますと、なんとか意識が戻りました。急いで御台に知らせが走ると、驚いた御台は、松代姫を抱いて駆けつけました。御台は、

「のういかに、我が夫(つま)様。どうかお心取り直して、姫君をご覧下さい。松代がここに来ていますよ。」

と、泣く泣く、道忠に取り付きますと、道忠は、

「なに、姫か、これへ。」

と、目を開き、

「ああ、さても不憫なこの姫よ。父の命もこれまでぞ。我が露命が消えても、二人の兄があるならば、なんの心配も無いけれど、こうなってしまっては、明日よりは、誰を頼りに生きて行くのか。孤児と呼ばれ、侮られる不憫さよ。もしも命長らえ成長できたなら、二人の兄や、我の後を良きに弔ってくれ。」

と、もう既に、声に力も無く、段々に意識も遠のいて行くようです。しかし、また、最後の力を振り絞るようにして、目を開けると、

「やれ、松代、父が最期の言葉をよっく覚えよ。是は、家の系図である。お前が成長し、嫁ぐことができたなら、お前の子供に伝えるのだ。また、神道丸と生きて名乗り合うことができたなら、是を証拠として名乗り合うのだぞ。この伝来の系図は、お前の守り神ともなるはずじゃ。必ず大事にするのだぞ。」

と、松代姫の首に掛けると、後を頼むと言い残して、とうとう中納言道忠卿はお亡くなりになられました。

 それからというもの、御台の悪心はますます増長して、家中の面々、女、童にいたるまで、故も無い無理難題、無実の罪を着せられる始末。家人達は、居るにも居られず、二人三人と逃げ出して、とうとう、栄華を誇った立派な館に、人の姿も無くなり、やがて、蔵の宝も消え果ててしまいました。やがて御台は、姫を抱いて何処とも無く、彷徨い出て行ってしまいますが、心の鬼が身を責めて、浅ましいばかりの業であると、憎まない人はありませんでした。

つづく

 


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