はじめに
近年、我が国経済のソフト化・サービス化が進展し、我が国経済に占めるサービス部門の比重が増大するとともに、事業者間の取引にあっても、部品、製品等といった商品の取引だけでなく、役務についての取引が増加しており、特に、いわゆるアウトソーシング(社内業務の外部委託)の動きの活発化に伴って、提供される役務の仕様等の具体的内容が役務の提供を委託した事業者(以下「委託者」という。)の指図により決定される取引(以下「役務の委託取引」という。)が重要なものとなってきている。
公正取引委員会は、我が国の流通・取引慣行について、国民生活に真の豊かさが求められ、また、経済活動がグローバル化し我が国の国際的地位も向上する中で、消費者の利益が一層確保され、我が国市場が国際的により開放的なものへと変化していくことが求められているとの観点から、どのような行為が、公正かつ自由な競争を妨げ、独占禁止法に違反するのかを具体的に明らかにすることによって、独占禁止法違反行為の未然防止等を図るため、「流通・取引慣行に関する独占禁止法上の指針」(平成三年七月十一日公正取引委員会事務局。以下「流通・取引慣行ガイドライン」という。)を作成・公表したところである。
流通・取引慣行ガイドラインは、主として生産財・資本財の生産者と需要者との取引及び消費財が消費者の手元に渡るまでの流通取引を念頭において、事業者間の取引に関する独占禁止法上の考え方を示したものであるが、役務の取引についても、その考え方は基本的には同様であるとしている。
しかし、事業者間の役務の委託取引においては、運輸、ビルメンテナンス等の委託取引のように役務の提供を受託した事業者(以下「受託者」という。)が役務を提供すること自体で債務の履行が完了するもののほか、ソフトウェア開発、テレビ番組制作等の委託取引のように受託者が役務を提供して得られる成果物(以下「情報成果物」という(注1)。)を引き渡すことで債務の履行が完了するものがあり、近年、その重要性が増加してきている(注2)。このような取引にあっては、委託がなされる時点では、取引の対象となる情報成果物の具体的内容が確定していないため、委託者が提供された情報成果物について「やり直し」を求めることもあるなど、流通・取引慣行ガイドラインの考え方をそのまま適用できない場合もみられる。
経済のソフト化・サービス化が進展するとともに、政府規制の緩和等が進み、事業者間の役務の委託取引にあっても、市場をより開放的なものとし、公正かつ自由な競争を促進することが重要になっているが、この指針は、主として優越的地位の濫用規制の観点から、どのような行為が独占禁止法上問題となるかを、流通・取引慣行ガイドラインにおける取扱いを踏まえて明らかにすることにより、事業者の独占禁止法違反行為の未然防止とその適切な活動の展開に役立てようとするものである(注3)。
公正取引委員会は平成十年三月十七日に「役務の委託取引における優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の指針」を公表したところであるが、情報通信社会の急速な進展に伴い、コンピュータ・ソフトウェアや映像・音楽等のコンテンツ等の情報成果物に係る取引の重要性がますます増していることに鑑み、特にこうした成果物に係る権利等の一方的取扱いに関する独占禁止法上の考え方をより一層明確化する必要があること、また平成十五年六月の法改正により下請代金支払遅延等防止法(以下「下請法」という。)の対象に役務提供委託及び情報成果物作成委託が追加されたことに伴う所要の修正を行うなどのため、改定することとしたものである(注4)。
(注1)情報成果物とは、下請法に定める次に掲げるものをいう。
①プログラム(電子計算機に対する指令であって一の結果を得ることができるように組み合わされたものをいう。)
例: テレビゲームソフト、会計ソフト、家電製品の制御プログラム、顧客管理システム
②映画、放送番組その他映像又は音声その他の音響により構成されるもの
例: テレビ番組、テレビCM、ラジオ番組、ラジオCM、映画、アニメーション
③文字、図形若しくは記号若しくはこれらの結合又はこれらと色彩との結合により構成されるもの
例: 設計図、ポスターのデザイン、商品・容器のデザイン、コンサルティングレポート、雑誌広告
④その他下請法の施行令で定めるもの
(注2)この指針において、「役務の委託取引」とは、役務提供の委託取引及び情報成果物作成の委託取引からなり、これら役務の委託取引における取引対象を総称する場合には、単に「役務」という。
(注3)優越的地位の濫用として問題となるかどうかは、取引当事者間に取引上の地位の優劣があるか否か、取引上優越した地位にある事業者が当該地位を利用して正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えているか否かを踏まえ、個別具体的な取引ごとに判断されるので、役務を提供する業種の別によってこの指針の考え方が異なるものではない。
(注4)平成十五年六月に下請法が改正され、役務の委託取引が同法の規制対象となったことにより、資本金要件に該当する親事業者と下請事業者との間の役務の委託取引については改正下請法が適用される。
また、荷主がユーザーとして運送業者等に委託を行う役務の委託取引については、「特定荷主が物品の運送又は保管を委託する場合の不公正な取引方法」(平成十六年公正取引委員会告示第一号)が適用される。
これら以外の役務の委託取引については、この指針に示された考え方により独占禁止法第二条第九項第五号(優越的地位の濫用)(以下、特に記載のない限り、「不公正な取引方法」という。)が適用される。
第1 優越的地位の濫用規制についての基本的考え方
1我が国における事業者間の役務の委託取引においては、特定の事業者間で継続的な取引が行われる場合がある。多くの委託者が継続的な取引を行っている場合には、一般に、受託者が取引先を変更することが困難となりがちであるほか、役務の提供に当たっては、個々の委託者ごとに異なったノウハウや設備を必要とする場合もあって、受託者は既存の取引関係をできるだけ維持しようと努めることとなりがちである(注5)。
このように役務の委託取引において継続的な取引が行われ、委託者が取引上優越した地位にある場合に、当該委託者が、受託者に対し、正常な商慣習に照らして不当に不利益となるように役務の委託取引の条件を設定し、若しくは変更し、又は取引を実施する場合には、受託者の自由かつ自主的な判断による取引を阻害するとともに、受託者はその競争者との関係において競争上不利となる一方で、当該委託者はその競争者との関係において競争上有利となるおそれがあるものである。
このような行為は、優越的地位の濫用として不公正な取引方法に該当し、違法となる(独占禁止法第二条第九項第五号)。
なお、独占禁止法による優越的地位の濫用規制は、このような行為によって役務の委託取引における委託者間あるいは受託者間等における公正な競争が阻害されるおそれがある場合に当該行為を排除しようとするものである。
(注5)事業者間取引の継続性に関する独占禁止法上の考え方は、流通・取引慣行ガイドライン第1部の1(生産財等に係る継続的取引についての考え方)記載のとおりであり、役務の委託取引にあっても同様である。
なお、優越的地位の濫用行為は、継続的な取引関係を背景として行われることが多いが、継続的な取引関係にない事業者間で行われることもある。
2役務の委託取引において委託者が受託者に対し取引上優越した地位にある場合とは、受託者にとって委託者との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すため、委託者が受託者にとって著しく不利益な要請等を行っても、受託者がこれを受け入れざるを得ないような場合であり、その判断に当たっては、受託者の委託者に対する取引依存度、委託者の市場における地位、受託者にとっての取引先変更の可能性、その他委託者と取引することの必要性を示す具体的事実(取引当事者間の事業規模の格差、取引の対象となる役務の需給関係等)を総合的に考慮する。
また、委託者の行為の不当性を判断する際の「正常な商慣習」とは、公正な競争秩序の維持・促進の立場から是認される商慣習をいい、このため、委託者の行為が、現に存在する商慣習に合致していることをもって、それが直ちに正当化されるものではない。
3役務の委託取引においても、委託者と受託者がどのような条件で取引するかは、基本的にはそれぞれの自主的な判断にゆだねられるものであるが、委託者が受託者に対し取引上優越した地位にある場合において、その地位を利用して、受託者に対し、代金の支払遅延、代金の減額要請、著しく低い対価での取引の要請、やり直しの要請、協賛金等の負担の要請、商品等の購入要請又は役務の成果物に係る権利等の一方的な取扱いを行う場合には、優越的地位の濫用として問題を生じやすい(注6)。
以下では、これらの行為について、優越的地位の濫用規制の観点からの考え方を示しているが、優越的地位の濫用として問題となる行為は、これに限られるものではない。
また、役務の委託取引において独占禁止法上問題となるのは、優越的地位の濫用の問題に限られるものではない。
したがって、この指針に取り上げられていない行為が独占禁止法上問題となるかどうかは、同法の規定に照らして個別具体的に判断されるものである。
(注6)委託者と受託者の間で取引の対象となる役務の具体的内容や品質に係る評価の基準、情報成果物に係る権利等の取扱い等があらかじめ明確になっていない場合には、受託者にとって不当にこれらの行為が行われたと認識されやすいので、これらについてあらかじめ明確にし、委託時に書面を交付するなどの対応をしておくことが望ましい。
4以下では、委託者が取引の対象となる役務のユーザーである事業者の場合について独占禁止法上の考え方を示しているが、委託者としての地位を利用して取次業者や同業者(受託者と同種の役務の提供を業として行っている者をいう。以下同じ。)が、受託者に対し同様の行為を行う場合についても、基本的には同様の考え方によって、違法性が判断される。
なお、このような多段階にわたる役務の委託取引においては、一次受託者が委託者から被った不利益を二次受託者等に転嫁している場合もあり得るが、これをもって、委託者及び一次受託者の行為が優越的地位の濫用として問題とならないとされるものではない(注7)。
(注7)一次受託者が委託者の子会社である場合における委託者と一次受託者の間の取引が不公正な取引方法による規制の対象となるかについての考え方は、流通・取引慣行ガイドラインの「(付)親子会社間の取引」記載のとおりである。
転載元:公正取引委員会 独占禁止法 役務の委託取引における優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の 指針