セルフレジで客が減る? 欧米で「セルフレジ撤去」の動き、日本はどう捉えるべきか
7/18(木) 8:10配信 ITmedia ビジネスオンライン
セルフレジは広く定着したが……
日本における小売店のDX、特にオペレーションにおけるDXはセルフレジや電子棚札など、消費者の目にも触れる場所で広まっています。特にセルフレジは2000年代から普及が進み、コロナ禍を経て広く定着しました。
【画像】レジで焦りたくない……そんな思いから生まれたカインズの「ゆっくりレジ」実物
本記事ではリテールDXのうち、省力化のためのDXを「オペレーションDX」、データ活用やOMOなどのDXを「マーケティングDX」と区別した上で、オペレーションDXについてお伝えします。
オペレーションDXは必要不可欠。しかし……
日本国内では、小売業界にも大きな影響を及ぼす物流2024年問題への対策もあって、多くの小売店舗がオペレーションDXを進めています。しかし、2023年末に業界の注目を集めたニュースがありました。英国のスーパーマーケットチェーンBoothsが、運営する28店舗のうち26店舗に有人レジを設置し、セルフレジをやめたという報道です。
同社のマネージングディレクターはBBCのインタビューに対し「セルフレジは遅い・信頼性に問題があるなどと長年顧客から言われ続けてきた。私たちは高い基準と高いレベルの温かみ、パーソナルケアにプライドをおいている」と答えています。
他にも、北米のディスカウントチェーンストアDollar Generalは2024年3月にセルフレジ縮小を発表しました。約1万8000店舗のうちほとんどの店舗でセルフレジを廃止するとし、実際に1万2000店でセルフレジを撤去しています。同社CEOは「顧客エンゲージメント向上のため、また損失を減らしよりよい体制を整えるために必要なこと」とコメントしているのです。
いずれの事例も、セルフレジは顧客のエンゲージメントや店舗に対するロイヤリティーを下げている可能性を示唆しています。
ここで1つ、興味深い実例を紹介します。ある小売りチェーンは、2023年の11~12月にかけて店舗のレジ全体の60%をセルフレジ化しました。セルフレジ化した20店舗における2024年1~6月の平均売り上げを、同チェーンの有人レジ店舗と比較したところ、有人レジ店舗の平均売り上げは前年対比でプラスになっていたのに対し、セルフレジ化した店舗の平均は前年対比を下回り、有人レジ店舗と比べて1.1%も差がついていました。
両社を比較した時、大きく違うのは客数です。セルフレジ化した店舗群は客数が2%以上もダウンしており、明らかに一定の客離れが起きていました。加えて、期間中の買上点数も下がっていたのです。
セルフレジ化した店舗群のなかで最も売り上げが下がった店舗は、セルフレジに変更する前年と比較して5.3%もダウンしていました。
セルフレジは買上点数を下げている?
このようなケースが全てにあてはまるわけではありませんが、消費者はセルフレジで「あまり多くの点数の買い物をしたくない」と考えている可能性があります。
スーパーは来店者の生活を幅広く支えるために、食品から日用品まであらゆる商品を取りそろえています。ついで買いなども含め、できるだけ多く商品を買ってもらいたいのに、セルフレジとの相性が合っていない可能性があります。
しかも、セルフレジによって買い物点数を減らすことが常態化してしまうと、コンビニなど他業種への流出につながってしまう可能性もあります。数点だけの買い物であれば、スーパーに行く必要性が薄まってしまうからです。
北米で盛り上がったサービスや手法が数年遅れで日本に導入され、そして廃れ始めたら同じく数年遅れで日本も廃れる――という現象はこれまでにもありました。セルフレジに代表されるオペレーションDXも、同じ道をたどるのでしょうか。
ひとまずは、先達である北米の状況も加味しつつ、自社でも売り上げや来店数などのデータを注視しながら、検証を進めていく段階に入っていくことになると考えています。
うまくいくオペレーションDXとは?
とはいえ、人手不足が叫ばれる中でオペレーションDXの推進は喫緊の課題です。セルフレジの他に、もう1つ考えられるのはキャッシュレス決済です。
キャッシュレスであれば現金の数え間違いや、お釣りの準備といった作業が不要になるため、レジ作業の効率が上がります。また、現金の盗難といったリスクも低減できます。
経産省の調査委によると、2023年のキャッシュレス決済比率は39.3%にまで上昇しました。PayPayなどスマートフォンを使った決済が一般的になっていますし、小売店の独自アプリも決済機能を備えたものが増えてきています。
しかし、このキャッシュレス決済についても注意が必要です。導入するキャッシュレス決済手段の有効性を検証し、余計なコストが発生しないようにすべきでしょう。あまたある決済手段に全て対応しようとすると、扱うハードの費用やオペレーションの複雑化は見過ごせないコスト増に直結します。立地や客層、利用率、決済手数料を鑑み、戦略的に設定することで、コストを削減できるとともに、決済手数料引き下げの交渉も行いやすくなります。
ユーザーセントリックの「ゆっくりレジ」
オペレーションDXという観点において、キャッシュレス決済とセルフレジには大きな違いがあります。それは「主語が誰か」というものです。キャッシュレス決済はユーザー側にキャッシュレス手段が増え、需要が高まっているためユーザーが主語のDX(ユーザーセントリック)です。一方、セルフレジは小売店側の課題を解消するために推進されているので、小売店主語のDX(リテーラーセントリック)です。
皆さんは「ゆっくりレジ」というものをご存じでしょうか。その名の通り、会計を焦らずゆっくりしたい来店者のためにつくられたもので、いくつかの小売店が導入しています。
小売店にはさまざまな来店客が訪れます。性別、年代はもちろん、デジタルリテラシーや習慣もバラバラであり、一概にひとかたまりの「お客さま」として捉えることは難しいわけです。
さまざまな小売店がリテールセントリックでオペレーションDXを推進する一方、ゆっくりレジは来店者の状況に合わせた選択肢を用意するユーザーセントリックの試みです。会計をゆっくりしたい来店者と、時間をかけたくない来店者の会計レーンが別になるわけですから、お互いのストレスも軽減でき、全ての顧客にとってより良い買い物体験を提供できるようになるでしょう。
自社のDXはリテールセントリック? ユーザーセントリック?
リテールセントリックで進められたオペレーションDXは、北米においては揺り戻しが起きています。先行した北米・欧州ではセルフレジ撤退とする小売店が出始めていますが、日本ではどうなるのか注目されるところです。
今後、忘れてはならないのはユーザーセントリックです。お客さまにはそれぞれ都合があり、リテラシーもさまざまです。コスト削減や効率化をしっかりと推進しながらも、一人一人の状況に寄り添う選択肢を用意することが、ロイヤリティーを上げる独自性につながるのではないでしょうか。
次回は、リテールDXにおいてオペレーションDXとならぶマーケティングDXについてお伝えします。
著者プロフィール:松田伊三雄
カタリナマーケティングジャパン 取締役副社長 Chief Operating Officer
国内大手アルコール飲料メーカー及びグローバル消費財メーカーにて流通企画、ブランディング、営業・戦略部門を統括。国内大手GMS及びCVSのマネジメントも経験、ウォルトディズニージャパンでブランドライセンスによるマーケティングサポートのマネジメントを経て2019年カタリナマーケティングにVPとして入社。CMO、取締役CCOを経て2024年6月より取締役副社長COOとしてリテールメディアエリアを統括。ITmedia ビジネスオンライン
#セルフレジで客が減る?
7/18(木) 8:10配信 ITmedia ビジネスオンライン
セルフレジは広く定着したが……
日本における小売店のDX、特にオペレーションにおけるDXはセルフレジや電子棚札など、消費者の目にも触れる場所で広まっています。特にセルフレジは2000年代から普及が進み、コロナ禍を経て広く定着しました。
【画像】レジで焦りたくない……そんな思いから生まれたカインズの「ゆっくりレジ」実物
本記事ではリテールDXのうち、省力化のためのDXを「オペレーションDX」、データ活用やOMOなどのDXを「マーケティングDX」と区別した上で、オペレーションDXについてお伝えします。
オペレーションDXは必要不可欠。しかし……
日本国内では、小売業界にも大きな影響を及ぼす物流2024年問題への対策もあって、多くの小売店舗がオペレーションDXを進めています。しかし、2023年末に業界の注目を集めたニュースがありました。英国のスーパーマーケットチェーンBoothsが、運営する28店舗のうち26店舗に有人レジを設置し、セルフレジをやめたという報道です。
同社のマネージングディレクターはBBCのインタビューに対し「セルフレジは遅い・信頼性に問題があるなどと長年顧客から言われ続けてきた。私たちは高い基準と高いレベルの温かみ、パーソナルケアにプライドをおいている」と答えています。
他にも、北米のディスカウントチェーンストアDollar Generalは2024年3月にセルフレジ縮小を発表しました。約1万8000店舗のうちほとんどの店舗でセルフレジを廃止するとし、実際に1万2000店でセルフレジを撤去しています。同社CEOは「顧客エンゲージメント向上のため、また損失を減らしよりよい体制を整えるために必要なこと」とコメントしているのです。
いずれの事例も、セルフレジは顧客のエンゲージメントや店舗に対するロイヤリティーを下げている可能性を示唆しています。
ここで1つ、興味深い実例を紹介します。ある小売りチェーンは、2023年の11~12月にかけて店舗のレジ全体の60%をセルフレジ化しました。セルフレジ化した20店舗における2024年1~6月の平均売り上げを、同チェーンの有人レジ店舗と比較したところ、有人レジ店舗の平均売り上げは前年対比でプラスになっていたのに対し、セルフレジ化した店舗の平均は前年対比を下回り、有人レジ店舗と比べて1.1%も差がついていました。
両社を比較した時、大きく違うのは客数です。セルフレジ化した店舗群は客数が2%以上もダウンしており、明らかに一定の客離れが起きていました。加えて、期間中の買上点数も下がっていたのです。
セルフレジ化した店舗群のなかで最も売り上げが下がった店舗は、セルフレジに変更する前年と比較して5.3%もダウンしていました。
セルフレジは買上点数を下げている?
このようなケースが全てにあてはまるわけではありませんが、消費者はセルフレジで「あまり多くの点数の買い物をしたくない」と考えている可能性があります。
スーパーは来店者の生活を幅広く支えるために、食品から日用品まであらゆる商品を取りそろえています。ついで買いなども含め、できるだけ多く商品を買ってもらいたいのに、セルフレジとの相性が合っていない可能性があります。
しかも、セルフレジによって買い物点数を減らすことが常態化してしまうと、コンビニなど他業種への流出につながってしまう可能性もあります。数点だけの買い物であれば、スーパーに行く必要性が薄まってしまうからです。
北米で盛り上がったサービスや手法が数年遅れで日本に導入され、そして廃れ始めたら同じく数年遅れで日本も廃れる――という現象はこれまでにもありました。セルフレジに代表されるオペレーションDXも、同じ道をたどるのでしょうか。
ひとまずは、先達である北米の状況も加味しつつ、自社でも売り上げや来店数などのデータを注視しながら、検証を進めていく段階に入っていくことになると考えています。
うまくいくオペレーションDXとは?
とはいえ、人手不足が叫ばれる中でオペレーションDXの推進は喫緊の課題です。セルフレジの他に、もう1つ考えられるのはキャッシュレス決済です。
キャッシュレスであれば現金の数え間違いや、お釣りの準備といった作業が不要になるため、レジ作業の効率が上がります。また、現金の盗難といったリスクも低減できます。
経産省の調査委によると、2023年のキャッシュレス決済比率は39.3%にまで上昇しました。PayPayなどスマートフォンを使った決済が一般的になっていますし、小売店の独自アプリも決済機能を備えたものが増えてきています。
しかし、このキャッシュレス決済についても注意が必要です。導入するキャッシュレス決済手段の有効性を検証し、余計なコストが発生しないようにすべきでしょう。あまたある決済手段に全て対応しようとすると、扱うハードの費用やオペレーションの複雑化は見過ごせないコスト増に直結します。立地や客層、利用率、決済手数料を鑑み、戦略的に設定することで、コストを削減できるとともに、決済手数料引き下げの交渉も行いやすくなります。
ユーザーセントリックの「ゆっくりレジ」
オペレーションDXという観点において、キャッシュレス決済とセルフレジには大きな違いがあります。それは「主語が誰か」というものです。キャッシュレス決済はユーザー側にキャッシュレス手段が増え、需要が高まっているためユーザーが主語のDX(ユーザーセントリック)です。一方、セルフレジは小売店側の課題を解消するために推進されているので、小売店主語のDX(リテーラーセントリック)です。
皆さんは「ゆっくりレジ」というものをご存じでしょうか。その名の通り、会計を焦らずゆっくりしたい来店者のためにつくられたもので、いくつかの小売店が導入しています。
小売店にはさまざまな来店客が訪れます。性別、年代はもちろん、デジタルリテラシーや習慣もバラバラであり、一概にひとかたまりの「お客さま」として捉えることは難しいわけです。
さまざまな小売店がリテールセントリックでオペレーションDXを推進する一方、ゆっくりレジは来店者の状況に合わせた選択肢を用意するユーザーセントリックの試みです。会計をゆっくりしたい来店者と、時間をかけたくない来店者の会計レーンが別になるわけですから、お互いのストレスも軽減でき、全ての顧客にとってより良い買い物体験を提供できるようになるでしょう。
自社のDXはリテールセントリック? ユーザーセントリック?
リテールセントリックで進められたオペレーションDXは、北米においては揺り戻しが起きています。先行した北米・欧州ではセルフレジ撤退とする小売店が出始めていますが、日本ではどうなるのか注目されるところです。
今後、忘れてはならないのはユーザーセントリックです。お客さまにはそれぞれ都合があり、リテラシーもさまざまです。コスト削減や効率化をしっかりと推進しながらも、一人一人の状況に寄り添う選択肢を用意することが、ロイヤリティーを上げる独自性につながるのではないでしょうか。
次回は、リテールDXにおいてオペレーションDXとならぶマーケティングDXについてお伝えします。
著者プロフィール:松田伊三雄
カタリナマーケティングジャパン 取締役副社長 Chief Operating Officer
国内大手アルコール飲料メーカー及びグローバル消費財メーカーにて流通企画、ブランディング、営業・戦略部門を統括。国内大手GMS及びCVSのマネジメントも経験、ウォルトディズニージャパンでブランドライセンスによるマーケティングサポートのマネジメントを経て2019年カタリナマーケティングにVPとして入社。CMO、取締役CCOを経て2024年6月より取締役副社長COOとしてリテールメディアエリアを統括。ITmedia ビジネスオンライン
#セルフレジで客が減る?