私の思いと技術的覚え書き

歴史小説、映画、乗り物系全般、事故の分析好きのエンジニアの放言ブログです。

日航123便墜落35年目の翌日

2019-08-13 | 事故と事件
 昨日の午後18時頃が、1985年8月12日に羽田発伊丹空港行き日航123便(B747SR)の御巣鷹山への墜落日時だ。そして、今日は未だ540名死亡で4名の生存者は発見されていない時刻だ。発見されたのは後2時間後、午前11時頃だと記録されている。

 しかし、事故直後30程の内に近くを飛行していた米国のC130輸送機が事故現場を特定し、その位置情報を知らせたのにも関わらず、正式な事故機の発見が翌早朝となり、4名の生存者が発見救出されるのが午前11時過ぎまで要したのか。つまり墜落後18時間もしての救出である。
現場が山奥で到達が困難だった?
いや、米軍の位置情報は正しかったのに自衛隊ヘリで早期の救出活動ができたであろう?

 とにかく不思議なことだらけの事故だが、青山透子さんという方が著した『日航123便 墜落の新事実 目撃証言から真相に迫る』(青山透子/河出書房新社)によれば、結論は断定しないものの数々の不自然さが浮き彫りにされ、この事故といわれるものの事件性が浮かび上がって来る。その主な内容で記憶に残るものを列記しよう。
・米軍C130輸送機からの報告で現地に向かった米軍ヘリが降下しようとした矢先、突然中止命令が出された何故?
・先に記した様に何故、正式発見と救助までに、16~18時間も要したのかの何故?
・事故現場の里山近くの住民は、事故機が山に落ち山火事になっているのを110番通報しているのに何故?
・事故現場上空では一晩中ヘリコプターが飛び回りサーチライトの光か交差していたという証言がある何故?
・事故後、いち早く事故現場に向かった民間人が自衛隊員らしき者と遭遇している何故?
・犠牲者の遺体を検視した医師達は、遺体の肉の深部までが炭化していることに驚いていた不思議の何故?
・ケロシン(灯油と同等)の自然大気燃焼でそれ程のそれ程の高温が出せるのかの何故?
・炭化の成分分析したところタールが検出されたが、ケロシンではあり得ない物質だ。仮定だが、ガソリンをゲル化させて噴霧する火炎放射器なら適合するがの何故?
・生き残った落合恵子さん(スチュワーデス)の証言からも、事故直後に製造者はもっともっと多く居たことが確かな様で、救助が遅れたことが最大要因としても、解せないとこころがある何故?
・事故機の通過地点の各所で、該当B747の腹部に赤い物体が張り付く様にあったと云う証言がある。
・また、事故機には空自のF4ファントム2機が並空していたという証言の何故?
・事故後、20年を経て、伊豆半島東伊豆町の沖合で、海底下数十mに1m四方の物体があり該当機の落下物(垂直尾翼の一部)だと想像されるが、なんら調査しない何故?
まだまだありそうだが・・・

同機事故(事件)に感して記した過去記事

航空機トラッキングサイトについて 2018-05-27
https://blog.goo.ne.jp/wiseman410/e/0ce3aacfeb0bd5b00742f641a570a3d6

あれから30年 2015-08-17
https://blog.goo.ne.jp/wiseman410/e/edc56d0b7b03da69847ae09e9472959e


システムの信頼設計のこと 2011-04-29
https://blog.goo.ne.jp/wiseman410/e/1c053d05a1ac381599964223279d0f90



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