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記者や傍聴人があぜんとした…「特捜検察」が一方的に作文した「供述調書」の「デタラメぶり」

2024-07-23 | コラム
記者や傍聴人があぜんとした…「特捜検察」が一方的に作文した「供述調書」の「デタラメぶり」
7/22(月) 18:45配信 現代ビジネス 撮影:森清

日本の刑事司法の最大の闇といわれる「人質司法」。東京五輪をめぐる贈収賄事件で逮捕・起訴され、226日間にわたり勾留された、KADOKAWAの元会長・角川歴彦氏を始め、その犠牲者は後を絶たない。国民が唖然とする冤罪事件の犠牲となった村木厚子さんもその一人だ。

厚生労働省の局長(当時)だった村木さんは、大阪地検特捜部の杜撰な捜査によって逮捕され、約5ヵ月間も勾留される苦難を体験した。

村木さんの無実判決を勝ち取った「検察がもっとも恐れる男」弘中惇一郎弁護士が、特捜検察が冤罪事件を作り出した戦慄の手口20を明らかにしている。その中から手口2を特別に公開する。

【本記事は弘中惇一郎『特捜検察の正体』(2023年7月20日発売)から抜粋・編集したものです。】

手口3:供述調書は検事が作文する

特捜事件における供述調書は、基本的にはすべて検察官の作文だと言える。何も材料がないと作文できないので、会話やできごとなどについて被疑者や参考人からいろいろと話を聞き、使えそうなフレーズなどをピックアップしておき、それらを使う。こうして、「具体性・迫真性・臨場感のある調書」が出来上がる。

その一例として、村木さんの上司だった塩田幸雄氏の供述調書を取り上げてみたい。塩田氏は、偽の証明書の発行に自分と村木さんとが関与したことを認める調書を、特捜部の林谷浩二検事から何通も取られてサインをしたが、証人尋問ではことごとく否定した。

なお、裁判の証拠書類については「目的外使用の禁止」というルール(刑事訴訟法第二八一条の四、同五)があり、検察官から開示してもらった供述調書を弁護人や被告人(またはそうであった者)が裁判以外の目的で使うことはできない。次に挙げる塩田調書は、魚住昭氏の著書『冤罪法廷 特捜検察の落日』(講談社)からの引用である。

まことしやかな塩田調書
「石井議員からの要請は(04年)2月25日午前、私が国会で政府委員としての初答弁を行ったあと、その当日、またはその前後の1日か2日の間にありました。石井議員は私の国会答弁を知っていて、『塩田部長、お久しぶりですねぇ。部長としての初答弁だそうで大変やなあ』というように切り出されました。

このころには、厚労省障害保健福祉部は、いわゆる障害者自立支援法を迅速、かつ、円滑に成立させて、障害者福祉行政の円滑化を図らなければならないという最重要、かつ緊急の課題を抱えていました。障害者自立支援法を円滑に成立させるためには石井一議員の機嫌を損ねたくないと思い、凛の会への公的証明書の発行を引き受けました。

私は村木課長に『この案件は、丁寧に対応して、先生の御機嫌を損ねない形で、公的証明書を発行してあげる方向で、うまく処理してくれ。難しい案件だと思うけど、よろしく頼むわ。こういうことをうまく処理するのも、官僚の大切な手腕のひとつなんだよね』と言いました。

2月下旬ごろ、倉沢会長が村木課長を訪ね、村木課長に案内された倉沢会長が障害保健福祉部長室にきました。私は失礼のないよう部屋の出入り口まで移動して挨拶しました。

その後、6月上旬ごろに村木課長から『石井代議士から話のあった公的証明書のことなのですが、担当者のほうでいろいろ苦労をしてくれて証明書を出すことになりましたので、ご報告しておきます。秘書の倉沢さん〔筆者注:倉沢氏はかつて石井議員の私設秘書を務めたことがあった〕には私から連絡しておきますので、石井代議士のほうは部長からご連絡をお願いします』という報告を受け、『そうか、よかったね。これがバツだったら大変なことだよねぇ。石井代議士には僕から伝えておくから』と村木課長をねぎらいました。すると村木課長は『本当にそうですね。なんとか、うまく処理することができました』などと答えました」魚住昭『冤罪法廷 特捜検察の落日』(講談社)より

このように、塩田調書には、実際にはまったくなかったことが、一言一句、まことしやかに書かれていた。厚労省内での村木さんとの会話などは、じつにリアルである。

特捜検察が「迫真性・具体性・臨場感のある供述調書」を作るのは、自分たちが描いた事件のストーリーをいかにも現実にあったように仕立てて、裁判官を説得したいからだ。表に挙げた検察側冒頭陳述のアミ掛け部分も同様で、調書から引っ張ってきた「存在しなかったフレーズ」を、検察官は裁判官の面前で滔々(とうとう)と述べていた。

証人尋問で明らかになった上村調書の作文の実態

上村勉氏の証人尋問では、彼が検察に取られた供述調書のデタラメぶりが明るみにでて、傍聴人や法廷に詰め掛けていた記者たちを唖然とさせた。

その詳細を記す前に、村木事件の背景について説明しておこう。

村木事件の発端となった郵便法違反事件で、「凛の会」が悪用した障害者郵便割引制度は、正式には「心身障害者用低料第三種郵便物制度」という(以下、低料第三種と記す)。事件当時、低料第三種の適用を受ければ、1通120円かかる封書の郵便物がわずか8円で発送できるなど、通常の第三種郵便より格段に安く郵便物を発送することができた。

低料第三種の適用を受けるためには、正規の障害者団体であることを認める厚労省発行の証明書が必要だった。障害者団体としての実体がない「凛の会」は、偽の証明書を上村氏に作らせ、心身障害者向けの新聞(定期刊行物)を装って、さまざまな企業のダイレクトメールを大量発送し、正規の郵便料金との差額を免れることで荒稼ぎしていた。

偽証明書プロジェクトの仕上げのころの状況について、特捜部が作り上げたストーリー(すなわち検察側冒頭陳述)は、以下のようなものであった。

「凛の会」は、まず、通常の第三種郵便物承認請求書を日本郵政公社(現・JP日本郵便)に提出し、厚労省から公的証明書が近々発行される予定だと伝えた。しかし、その後も公的証明書の提出がなかったため、日本郵政公社は、「凛の会」に対して、通常の第三種郵便の適用しか認めず、低料第三種を取得したければ、その申請に必要な公的証明書を至急提出するよう求めた。この要請に慌てた「凛の会」の河野氏は、2004(平成16)年6月上旬頃、上村氏に電話をし、公的証明書の発行をせっついた──特捜部のストーリーはこのようなものだった。

このテーマについて、検察官は上村氏の証人尋問において、2009年6月7日付の上村氏の供述調書を示して質問した。以下、〔 〕内は筆者が付した補足である。

「〔あなたの〕供述調書には、平成16年6月上旬ころに、河野さんから公的証明書の発行を催促されて、その際に、郵政〔公社〕から三種〔第三種郵便〕の認可が下りるなどしたので、5月中の日付で証明書を欲しいんだと迫られたと書いてあるんですが、これはあなたの記憶とは違うんですか」

と検察官は問うた。

これに対して、上村氏は、

「そういう話は國井検事のほうからもたらされました。私はそういう、凛の会側のほうで、期限が迫ってるとか、そういう事情は知りませんでした」

と答えた。

検察官が示した調書の該当部分には、

「河野さんは/もう郵政から第三種の承認が下りてしまいました/それに、新聞の広告主も決まっていて、すぐに障害三種〔低料第三種のこと〕の認可を取らないと、大赤字になってしまいます/大急ぎで、証明書をください/ただ、郵政との関係もあるので、日付は5月中にしてください/などと言って」

との記載がある。実際には上村氏が知らない事情でも、このように具体的で詳細な言辞が調書に記載されたのである。

検察官は、続けて、「この供述調書では、更にその後、村木さんからあなたに内線電話があって、やはり、5月中の日付で公的証明書を作って持ってくるようにというふうに言われたと書いてあるんですが、──中略──これはあなたの記憶とは違うんですか」

と問うた。

上村氏は、

「違います」

と、きっぱりと答えた。

検察官が示した調書の該当部分には、

「平成16年6月上旬ころ、村木さんが、自ら、内線を使って、私に電話をかけてきました。/その電話で、村木さんは/『凛の会』のことで面倒なことをお願いしちゃって、ごめんなさいね/などと言って、優しい口調で、悩んでいた私を気遣ってくれ、さらに/5月中の日付で、証明書を作ってくれていいから/証明書ができたら、私のところに持ってきてください/などと──中略──指示してきました」

との記載がある。実際にはこのようなやりとりがいっさいなかったことが裁判で明らかになったが、およそ存在しないことでも、「優しい口調で」「悩んでいた私を気遣って」というもっともらしい言葉まで並べて、調書が作られたのである。

さらに検察官が上村氏に対して、

「それに対して、あなたが資料の提出がないとか、実体が疑わしいという、問題があると言ったところ、村木さんが、決裁なんかいいんで、すぐに証明書を作ってくださいと指示をしてきたと書いてあるんですが、これもあなたの記憶とは違うんですか」

と訊いたところ、上村氏は、はっきりと

「違います」

と答えた。

検察官が示した調書の該当部分には、「凛の会」から公的証明書の発行に必要な資料(同会の規約や会員名簿など)が提出されていないことを不審に思った上村氏が、

「障害者団体としての実体があるか疑わしい。それでも公的証明書を発行していいのですか」と村木さんに確認したところ、村木さんは、「石井一先生からお願いされていることだし、塩田部長から下りてきた話でもあるから、決裁なんかいいんで、すぐに証明書を作ってください/上村さんは、心配しなくていいから」

などと言ったと、記載されている。

事実とかけ離れたことを、このように真に迫ったセリフまで入れて調書に仕立て上げる検察官の「作文能力の高さ」には驚かされる。

上村氏は、自身の供述調書について、

「村木課長と私のやり取りが生々しく再現されていますけれども、それは全部でっち上げです」

と、証言時に法廷で断言した。傍聴人や記者たちが唖然としたのも当然である。

しかし、多くの人は、特捜事件の供述調書がこのようにして作り上げられたものだとは考えもしないから、調書の内容をそのまま信じてしまう可能性がある。これは、村木事件に限らず、特捜事件全般について言えることである。

「可能性」を「断定」にすり替える

検察官が供述調書を作文するテクニックの一つに、可能性があることを認めさせたうえで、それを調書では断定的表現にすり替えたうえに無理やりサインさせる、ということがある。たとえば、厚労省職員の田村一氏は、取り調べの際に供述した「可能性」を、調書で「断定」にすり替えられている。

検察側冒頭陳述では、2004年2月下旬頃、村木さんは、厚労省を訪れた倉沢氏に、社会参加推進室長補佐の田村氏と同室社会参加係長の村松義弘氏(上村氏の前任者)を紹介したことになっていた。田村氏は、取り調べの際、高橋和男副検事(※「高」は正式には「はしごだか」。以下、同)から、「村松さんは事実だと認めている」と聞かされていた。そのときのことについて田村氏は、証人尋問で次のように述べた。

「村松さんの話として、確かにその場面に私がいたということを〔高橋副検事から〕聞かされましたので、私としては記憶がありませんでしたが、否定する記憶もございませんでしたので、そういう可能性はないわけではないと思い、可能性としてはあるのではないでしょうかというふうにお話ししました」

「ところが、調書では、その場面に私がいたことが明確な記憶としてあるという表現にされたので、可能性があるというふうに記載してもらいたいと要望したところ、検察官から、『それはできない』と、びしっと言われ、迷いましたけれど、最後は署名押印をした」

と。

役所には、さまざまの人が種々の用件で訪れる。五年も前に、ある障害者団体の人と会ったことがあったのではないかと問われれば、会った記憶がなくても、その可能性は100%ないとまでは言い切れない。

そこに検察官はつけ込んで、まず、「可能性の存在」を認めさせる。そのうえで、調書上の記載は明確な記憶のようにすり替えて、無理やりサインさせるのである。

検察のほうでは、初めから「こういう調書を取る」という目的がはっきりしているので、曖昧なことを曖昧なまま調書にしても意味がない。曖昧だろうが、相手が「可能性はあるかもしれない」と言ったら、それを断定的なこととして書く。「その程度のことは調書だからしょうがないんだ」と、居直るわけだ。

あり得ないことが調書に書かれているのなら、誰でも抵抗するだろうが、「そういうこともあったかもしれない」と思わされていることを「そうだった」と書かれると、「でたらめだ!」とまでは言えず、検察官に威圧されて、最後は「しょうがないか」と諦めて、調書にサインしてしまうのである。

「可能性」を「断定」にすり替える

検察官が供述調書を作文するテクニックの一つに、可能性があることを認めさせたうえで、それを調書では断定的表現にすり替えたうえに無理やりサインさせる、ということがある。たとえば、厚労省職員の田村一氏は、取り調べの際に供述した「可能性」を、調書で「断定」にすり替えられている。

検察側冒頭陳述では、2004年2月下旬頃、村木さんは、厚労省を訪れた倉沢氏に、社会参加推進室長補佐の田村氏と同室社会参加係長の村松義弘氏(上村氏の前任者)を紹介したことになっていた。田村氏は、取り調べの際、高橋和男副検事(※「高」は正式には「はしごだか」。以下、同)から、「村松さんは事実だと認めている」と聞かされていた。そのときのことについて田村氏は、証人尋問で次のように述べた。

「村松さんの話として、確かにその場面に私がいたということを〔高橋副検事から〕聞かされましたので、私としては記憶がありませんでしたが、否定する記憶もございませんでしたので、そういう可能性はないわけではないと思い、可能性としてはあるのではないでしょうかというふうにお話ししました」

「ところが、調書では、その場面に私がいたことが明確な記憶としてあるという表現にされたので、可能性があるというふうに記載してもらいたいと要望したところ、検察官から、『それはできない』と、びしっと言われ、迷いましたけれど、最後は署名押印をした」

と。

役所には、さまざまの人が種々の用件で訪れる。五年も前に、ある障害者団体の人と会ったことがあったのではないかと問われれば、会った記憶がなくても、その可能性は100%ないとまでは言い切れない。

そこに検察官はつけ込んで、まず、「可能性の存在」を認めさせる。そのうえで、調書上の記載は明確な記憶のようにすり替えて、無理やりサインさせるのである。

検察官の取り調べを受ける場合の「対抗策」
対抗策は、検察に呼ばれた時点で弁護士に相談することだ。単なる参考人の場合に費用を負担してまで弁護士に相談するかどうかは、人それぞれの考え方にもよるが、慎重な人はそうするかもしれない。検察の取り調べを受けるというのは、それほど大変なことなのである。

検察の捜査は、まずガサ(捜索差し押さえ)が入る。被疑者に限らず関係者のところに行き、パソコン、携帯電話、手帳、手紙、日記などを押収したうえで中身を調べ、客観的証拠とも矛盾しないストーリーとして事件化できるかを考えるのである。

逮捕されれば、自宅や仕事先などに家宅捜索が入り、あらゆる資料が押収される。参考人の携帯電話を取り上げるのは令状を取らない限り無理だが、被疑者の場合は逮捕時には携帯電話も含めて全部持っていかれてしまうので、事件当時の記憶を時系列でたどれなくなる。しかし、逮捕前にコピーを取って弁護士に渡しておくことには何の問題もない。

逮捕前の村木さんから相談を受けた私は、「そういうものは全部コピーして渡してください」と話した。参考人の場合でも、弁護士は同様のアドバイスをするはずである。

関連記事<その後、まさかの「即逮捕」…メディアの前で無実を主張した「KADOKAWA元会長」が、翌日「検事」から呼び出されて言われた「ヤバすぎる言葉」>もぜひご覧ください。

検察官の取り調べを受ける場合の「対抗策」
対抗策は、検察に呼ばれた時点で弁護士に相談することだ。単なる参考人の場合に費用を負担してまで弁護士に相談するかどうかは、人それぞれの考え方にもよるが、慎重な人はそうするかもしれない。検察の取り調べを受けるというのは、それほど大変なことなのである。

検察の捜査は、まずガサ(捜索差し押さえ)が入る。被疑者に限らず関係者のところに行き、パソコン、携帯電話、手帳、手紙、日記などを押収したうえで中身を調べ、客観的証拠とも矛盾しないストーリーとして事件化できるかを考えるのである。

逮捕されれば、自宅や仕事先などに家宅捜索が入り、あらゆる資料が押収される。参考人の携帯電話を取り上げるのは令状を取らない限り無理だが、被疑者の場合は逮捕時には携帯電話も含めて全部持っていかれてしまうので、事件当時の記憶を時系列でたどれなくなる。しかし、逮捕前にコピーを取って弁護士に渡しておくことには何の問題もない。

逮捕前の村木さんから相談を受けた私は、「そういうものは全部コピーして渡してください」と話した。参考人の場合でも、弁護士は同様のアドバイスをするはずである。

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*本記事抜粋元の弘中惇一郎『特捜検察の正体』では、検察がもっとも恐れる無罪請負人が、「特捜検察の危険な手口20」を詳細に解説している。弘中 惇一郎(弁護士・法律事務所ヒロナカ代表)

#「特捜検察」が一方的に作文した「供述調書」の「デタラメぶり」


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