「人質司法」と国を訴えた角川歴彦前会長が「非常に勇気づけられた」1本の映画の裁判
7/1(月) 5:00配信 日刊スポーツ
「人質司法」は憲法違反だとして、公共訴訟を起こした角川歴彦氏(撮影・村上幸将)
<ニッカンスポーツ・コム/芸能番記者コラム>
東京五輪・パラリンピックを巡る汚職事件で、贈賄容疑で22年9月に東京地検特捜部に逮捕・起訴された、出版大手KADOKAWAの角川歴彦前会長(80)が27日、国に2億2000万円の損害倍賞を求める国家賠償請求訴訟を起こした。
「私は取り調べ調書にサインしなかった」と振り返るように、捜査において罪を認めず、事実を自白しなかったことで、東京拘置所に226日間も勾留された。そんな自身の体験から、裁判等で無罪を主張するほど身体拘束が長引く「人質司法」は憲法違反だと主張した。
弁護団は今回の裁判について、国内外から批判の声が上がってきた「人質司法」に対する訴訟を日本で提起するのは、初めてのケースだとしている。角川前会長は、都内で開いた会見で改めて意気込み、決意を聞かれると「僕は『人質司法』ということで今日、訴訟を起こそうという時に、裁判の結果がどうなるかを臆測しながら、いろいろなことを考えるのは非常に困難。(弁護団の)弘中惇一郎先生も『非常に壮絶な長い裁判になる』とおっしゃっている」と見通しを語った。
その一方で、希望を見いだしている1つの裁判があると明かした。その裁判こそ、19年の映画「宮本から君へ」(真利子哲也監督)をめぐり、製作会社のスターサンズが文化庁所管の独立行政法人「日本芸術文化振興会」(芸文振)を相手に、助成金交付内定後に下された不交付決定の行政処分の取り消しを求めた訴訟だ。
「宮本から君へ」は、19年3月12日に本編が完成も、出演したピエール瀧(57)がコカインを使用したとして、同日に麻薬取締法違反容疑で逮捕された。スターサンズには、同29日に芸文振から助成金(1000万円)交付内定の通知が送られ、同4月24日の試写後、芸文振関係者から瀧の出演シーンの編集ないし再撮の予定を問われたが、その意思がないと返答。同6月18日に瀧が懲役1年6月、執行猶予3年の有罪判決を言い渡されると、同28日に芸文振からスターサンズ側に不交付決定が口答で伝えられ、同7月10日付で「公益性の観点から適当ではないため」との理由で不交付決定通知書が送られた。
さらに、芸文振は同9月に助成金の要項を改訂し、公益性の観点から内定の取り消しができるとした。その上、助成金の募集案内にもスタッフ、キャストが重大な刑事処分を受けた場合は不交付及び不交付の可能性があるとの一文が記載された。
スターサンズ側は、20年2月25日に東京地裁で開かれた1審の第1回口頭弁論から一貫して「公益性の観点から適当ではないため」との理由による芸文振の不交付決定を、行政裁量の逸脱、乱用だと主張。また芸文振が、映画を作る権利自体を制限する処分(規制行政)ではなく、映画が19年9月27日に公開できたという事実をもって処分と憲法上の問題が無関係だと主張していること、映画の交付時には1つもなかった追加の改定についても疑問を呈し、重要な争点としていた。
21年6月には、1審の東京地裁が不交付処分の取り消しを命じる判決を下したが、2審の東京高裁は22年3月に1審判決を取り消し「適法」と判断し、スターサンズ側が逆転敗訴。そして23年11月17日の上告審で、最高裁は不交付決定処分の取り消しを命じる判決を言い渡し、スターサンズの逆転勝訴が確定した。
22年6月11日には裁判が進む中で、先頭に立って闘っていたスターサンズ前代表の河村光庸(かわむら・みつのぶ)プロデューサーが心不全のため急逝した。河村さんが裁判を通じて主張し続けたのが、表現の自由について争う、憲法裁判だという位置付けだった。
その河村さんこそ、角川氏が16年に神奈川・相模原市の障がい者施設で実際に起きた障がい者殺傷事件をモチーフにした、作家・辺見庸氏の小説「月」の映画化を企画し、ともに進めてきた“盟友”だ。角川氏は「『宮本から君へ』裁判で、助成金を打ち切ったことは憲法違反であるという、画期的な判決が出た。非常に厳しい日本の保守的な裁判制度の中でも、表現の自由というものがどれだけ大事なことかという、憲法の中核にあたる理論を大事にする判断が示されたことで非常に勇気づけられた」と語った。
その上で「『人質司法』という言葉を国民が、どれくらい理解してくれるか悩んできたが『人質司法』という言葉自体が、割と皆さんが理解できる段階になったと感じる」と自らの感触を説明。「日本の司法の中で、正当に議論されるのが本質だと思っている。画期的な判決が出ることを期待している」と期待した。
「月」(石井裕也監督)は20年に企画が動き出し、22年8月にクランクインした。ただ、企画を通した角川氏の古巣のKADOKAWAが、石井監督が映像を編集し、完成に向けて歩みを進めている最中の同年9月に、瀧の逮捕、起訴を受けて製作及び配給から撤退。スターサンズが単独で配給し23年10月13日に全国で公開も、一時は完成及び劇場公開すら危ぶまれた。公開後は作品性が評価され、国内の各映画賞を受賞。角川氏も、日本映画製作者協会が主催する新藤兼人賞でプロデューサー賞を受賞した。
「角川人質違憲訴訟」弁護団には「宮本から君へ」裁判で弁護団を構成した、伊藤真弁護士と平裕介弁護士も名を連ねた。「宮本から君へ」と「月」2つの映画が、図らずも人の縁が線となって繋がり、憲法を問う裁判が2つ、提起された。映画記者として「宮本から君へ」裁判も、ずいぶん追いかけた。角川氏のことも、カンヌ映画祭(フランス)などでKADOKAWAの映画のトップとして取材した映画記者として、追いかけないわけにはいかない。【村上幸将】
#「人質司法」と国を訴えた角川歴彦前会長
7/1(月) 5:00配信 日刊スポーツ
「人質司法」は憲法違反だとして、公共訴訟を起こした角川歴彦氏(撮影・村上幸将)
<ニッカンスポーツ・コム/芸能番記者コラム>
東京五輪・パラリンピックを巡る汚職事件で、贈賄容疑で22年9月に東京地検特捜部に逮捕・起訴された、出版大手KADOKAWAの角川歴彦前会長(80)が27日、国に2億2000万円の損害倍賞を求める国家賠償請求訴訟を起こした。
「私は取り調べ調書にサインしなかった」と振り返るように、捜査において罪を認めず、事実を自白しなかったことで、東京拘置所に226日間も勾留された。そんな自身の体験から、裁判等で無罪を主張するほど身体拘束が長引く「人質司法」は憲法違反だと主張した。
弁護団は今回の裁判について、国内外から批判の声が上がってきた「人質司法」に対する訴訟を日本で提起するのは、初めてのケースだとしている。角川前会長は、都内で開いた会見で改めて意気込み、決意を聞かれると「僕は『人質司法』ということで今日、訴訟を起こそうという時に、裁判の結果がどうなるかを臆測しながら、いろいろなことを考えるのは非常に困難。(弁護団の)弘中惇一郎先生も『非常に壮絶な長い裁判になる』とおっしゃっている」と見通しを語った。
その一方で、希望を見いだしている1つの裁判があると明かした。その裁判こそ、19年の映画「宮本から君へ」(真利子哲也監督)をめぐり、製作会社のスターサンズが文化庁所管の独立行政法人「日本芸術文化振興会」(芸文振)を相手に、助成金交付内定後に下された不交付決定の行政処分の取り消しを求めた訴訟だ。
「宮本から君へ」は、19年3月12日に本編が完成も、出演したピエール瀧(57)がコカインを使用したとして、同日に麻薬取締法違反容疑で逮捕された。スターサンズには、同29日に芸文振から助成金(1000万円)交付内定の通知が送られ、同4月24日の試写後、芸文振関係者から瀧の出演シーンの編集ないし再撮の予定を問われたが、その意思がないと返答。同6月18日に瀧が懲役1年6月、執行猶予3年の有罪判決を言い渡されると、同28日に芸文振からスターサンズ側に不交付決定が口答で伝えられ、同7月10日付で「公益性の観点から適当ではないため」との理由で不交付決定通知書が送られた。
さらに、芸文振は同9月に助成金の要項を改訂し、公益性の観点から内定の取り消しができるとした。その上、助成金の募集案内にもスタッフ、キャストが重大な刑事処分を受けた場合は不交付及び不交付の可能性があるとの一文が記載された。
スターサンズ側は、20年2月25日に東京地裁で開かれた1審の第1回口頭弁論から一貫して「公益性の観点から適当ではないため」との理由による芸文振の不交付決定を、行政裁量の逸脱、乱用だと主張。また芸文振が、映画を作る権利自体を制限する処分(規制行政)ではなく、映画が19年9月27日に公開できたという事実をもって処分と憲法上の問題が無関係だと主張していること、映画の交付時には1つもなかった追加の改定についても疑問を呈し、重要な争点としていた。
21年6月には、1審の東京地裁が不交付処分の取り消しを命じる判決を下したが、2審の東京高裁は22年3月に1審判決を取り消し「適法」と判断し、スターサンズ側が逆転敗訴。そして23年11月17日の上告審で、最高裁は不交付決定処分の取り消しを命じる判決を言い渡し、スターサンズの逆転勝訴が確定した。
22年6月11日には裁判が進む中で、先頭に立って闘っていたスターサンズ前代表の河村光庸(かわむら・みつのぶ)プロデューサーが心不全のため急逝した。河村さんが裁判を通じて主張し続けたのが、表現の自由について争う、憲法裁判だという位置付けだった。
その河村さんこそ、角川氏が16年に神奈川・相模原市の障がい者施設で実際に起きた障がい者殺傷事件をモチーフにした、作家・辺見庸氏の小説「月」の映画化を企画し、ともに進めてきた“盟友”だ。角川氏は「『宮本から君へ』裁判で、助成金を打ち切ったことは憲法違反であるという、画期的な判決が出た。非常に厳しい日本の保守的な裁判制度の中でも、表現の自由というものがどれだけ大事なことかという、憲法の中核にあたる理論を大事にする判断が示されたことで非常に勇気づけられた」と語った。
その上で「『人質司法』という言葉を国民が、どれくらい理解してくれるか悩んできたが『人質司法』という言葉自体が、割と皆さんが理解できる段階になったと感じる」と自らの感触を説明。「日本の司法の中で、正当に議論されるのが本質だと思っている。画期的な判決が出ることを期待している」と期待した。
「月」(石井裕也監督)は20年に企画が動き出し、22年8月にクランクインした。ただ、企画を通した角川氏の古巣のKADOKAWAが、石井監督が映像を編集し、完成に向けて歩みを進めている最中の同年9月に、瀧の逮捕、起訴を受けて製作及び配給から撤退。スターサンズが単独で配給し23年10月13日に全国で公開も、一時は完成及び劇場公開すら危ぶまれた。公開後は作品性が評価され、国内の各映画賞を受賞。角川氏も、日本映画製作者協会が主催する新藤兼人賞でプロデューサー賞を受賞した。
「角川人質違憲訴訟」弁護団には「宮本から君へ」裁判で弁護団を構成した、伊藤真弁護士と平裕介弁護士も名を連ねた。「宮本から君へ」と「月」2つの映画が、図らずも人の縁が線となって繋がり、憲法を問う裁判が2つ、提起された。映画記者として「宮本から君へ」裁判も、ずいぶん追いかけた。角川氏のことも、カンヌ映画祭(フランス)などでKADOKAWAの映画のトップとして取材した映画記者として、追いかけないわけにはいかない。【村上幸将】
#「人質司法」と国を訴えた角川歴彦前会長