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定期点検整備のこと その5(燃料蒸発ガス抑止機構)

2022-03-08 | 車両修理関連
定期点検整備のこと その5(燃料蒸発ガス抑止機構)
 定期点検記録簿の項目で、従前記した「メーターリングバルブ」などと云う一般的でない名称をそのまま使い続ける、この自動車整備業界の旧態依然の体質を批判すると共に、そもそも論としてブローバイガス還元装置の意味を記した。今回は、やはり定期点検記録簿にある項目で、おそらく大した疑問を抱かず、チェック記号だけ印ているに過ぎない燃料蒸発ガス抑止装置とチャコールキャニスターのことを深掘りしてみたい。

 本装置の装着は、排出ガス規制の一環として、S47年7月から燃料蒸発ガス排出抑止装置の備え付けを義務化されている。つまり、チャーコールキャニスターを使用して燃料タンク内の燃料蒸発ガスを一時吸着させ、エンジン稼働中にインテークマニホールド内に吸い込み燃焼させる装置だ。なお、この装置は、燃料の揮発性が高いガソリンエンジン車のみに装着されるものであり、軽油を使用するディーゼルエンジン車にはない。また、LPG、CNG、水素(ハイドロジェン燃焼エンジンや燃料電池車)は、ガスは極めて揮発性が高いのだが、何れも高圧ガス容器に収納されたクローズド回路であり本装置とは無縁だ。



 この燃料蒸発ガス排出抑止装置を英語に直訳すると Fuel evaporative emission control device となる。なお、同装置の核となるチャコールキャニスター(単にキャニスターという場合も多い)だが、チャーコールとは活性炭の意味で、キャニスターとは容器の意味である。

 この燃料蒸発ガス抑止装置が付く以前のガソリンタンクは、燃料タンクからの燃料吸引による負圧と、夏場の気温上昇により燃料タンク内のエバポ量の増大による正圧を逃がす目的で、多くのクルマの燃料タンクキャップには小さな穴が設けられていた。現在は、燃料タンクキャップは、完全は非連通のキャップと、タンク内が負圧になった場合に開く一方通行の弁を有したものの2種類がある。

 動作としては、気温の高い状態での駐車だとか運転時は、燃料タンク液面上部の空間に溜まったガソリン蒸気(エバポと呼ぶ)は、その圧力で、キャニスターに送られ、その活性炭に吸着される。もし、活性炭の吸着量を超えてガスが入り続けた場合は、燃料のHC成分はなるべく活性炭およびフィルターでトラップされて、大気開放ホースから外部に連通して圧力を逃がす。多くの場合、この大気開放ホースはサイドフレームなどの閉断面部に差し込まれている場合が多い。
 なお、このキャニスターの装着位置は、車両により車体後部の燃料タンク近くについている場合もあれば、エンジンルーム内の見える場所にある場合や、フロントフェンダー内側の見えない場所に着いているクルマなどがある。

 ここでエンジンが始動すると、添付図の事例ではパージコントロールバルブがアイドルでは作動しないが、スロットルバルブが僅かに開く軽負荷において負圧がダイヤフラムに作用し、その下部のバルブを開くので、インテークマニホールド内の負圧で、キャニスター内の燃料蒸発ガスが抜き取られると云うことになる。
 なお、ここでのエバポガスの流量はその通路により微量であり、あくまで蒸発ガスと云うことで、空燃比(A/F)が過剰にリッチになる程にはならない。もし、一瞬リッチなったところで、O2センサーのリッチ信号(1V弱)で、フィードバックで減量され補正される。ここで、パージというワードだが、除外するとか追い出すとか云う意味(過去の有名なスローガン例にレッドパージ(共産党追放の掛け声)がある)だ。

 この仕組みは簡単なもので、故障しても大した大きな問題にはなる場合も少ないのだが、一つ知っておきたいのは、燃料タンクとキャニスター間にロールオーバーバルブというのが設けられていることだろう。これも、輸入車などで、後部の燃料タンク近くにキャニスターがある場合は一体化されて、これがロールオーバーバルブ(ROV)とは判り難い。
 これがない場合に、車体が事故などで横倒しになったり180度でんぐり返った場合を考えてみれば想像が付き易いであろう。燃料は液体のまま配管を通り、キャニスターの内部の活性炭を浸透し大気開放ホースより外部に流れ出ることになる。そういう危険を避けるため、車体が90度以上変位した場合に、同ROVの位置関係も変移して通路を閉じガソリンの流出を止める。

【燃料排出ガス抑止装置に関わるトラブル事例】
 ここでは、筆者の自動車と関わる約40年近い中で経験した、燃料蒸発ガス抑止装置に関わるトラブル事例を2つを参考として記してみる。

その1
 これは水没車を修復して自らが乗っていて、その原因として認知した事例だ。
 その時期は1995年頃だったと思うが、初代セルシオで水没水位は、インストルメントのコンビネーションメーターより、僅かに下端という高さで、エンジンなどは完全水没だ。車両は駐車場に停止中だが、水質は塩水でなく雨水だが、鹿児島の白州大地の細かい粒子の土砂で、水没後の車内は、水と共に入り込んだ細かい粒子の土砂でドロドロの状態だった。
 室内などの修復は、全シートやカーペットを外し、室内床面の洗浄、ヒーターやACエバポレーターなどの外し分解と内部洗浄を行っている。当然、水没後、数ヶ月を経ての修復なので、各電子回路の基板の腐食は酷く、ほとんどが同型大破車の中古品と移植して修復した。エンジンやATのECUも同様で取り替えている。

 こういう状態から復旧して乗り始めたのだが、走り初めて30分程経ると、室内後部から「ボン」という単発音が出ることに気付いた。何の音なのかと思いつつ、この音はランドセル配置の燃料タンクしかないと思いつつ、燃料給油口を開こうとひねると「シュー」と音が出ることから、内部が負圧になっている事が伺われた。こうなると、燃料排出ガス抑止装置のチャコールキャニスターが詰まっていることが推察できた。同キャニスターはフロントフェンダー内側装着であり、まったく手を触れていなかったのだが、新品のキャニスターを入手し取り替えることで、本現象は再発することはなくなった。

その2
 これは、損害調査員時代の車両火災の原因追及の中で知る特定の車両の欠陥と云える事例だ。
 火災を起こした車はベンツE500(W124)と今でも中古車人気の高いクルマだが、これはおそらく台数も少なく正規輸入されておらず、正規輸入は排気量以外はほぼ類似のE400というのがヤナセ扱いで輸入なされており、後日のことだが添付のリコールが出ていることを知ることになる。
 該当車の車両火災の発生は、初夏(6、7月頃だった)暑い日だったと記憶するが、ある程度の混雑した幹線路で信号待ちをしている中で運転者は左前部より発煙を認知し、直ぐにクルマを止め、近くのガソリンスタンドに自ら駆け込み消化器を借り、自ら消し止めたと云うのが保険契約者であり、クルマ好きの運送会社の社長であった。
 想像だが、出火から鎮火までおそらく30分未満であったと思われるが、車両外観では、バンパー、左ヘッドライト、左フロントフェンダー、ボンネットなどの塗装が焼け、これらはヘッドランプ以外は塗装の塗り替えで修復した。エンジンルーム内は、エンジンおよびシャシのメインワイヤーハーネスだとかABSユニットなどを交換し、記憶だが総額400万近くの修理費になったと記憶する。
 本件の損害調査過程で、何が出火の原因かを種々考察したのだが、そんな中正規輸入の近似型車種であるE400のリコールを知ったのだった。そのリコール内容は、キャニスターの大気開放口が左フロントインナーフェンダー上部に位置し、その近くに電動ファンを可変速させるレジスター(抵抗器)があり、その熱で正に車両火災の恐れがあるというもので、対策内容はキャニスター大気開放口をフレーム閉断面内へ変更と、レジスターにはカバーを装着すると云うものだった。
 当時は、未だベンツの日本法人もなく、ヤナセに掛け合うも、並行輸入は一切保障の対処にあらずと断られたのだが、本気でドイツ本社とも掛け合えば、保険金は求償できた案件であったと記憶している。ただし、保険金の求償は損害調査員の業務範囲外のことで、それができうるだろうことは報告書として伝えた次第だが、その様な熱意は該当保険会社にはなかったというのが現実だった。なお、現在なら、並行輸入だろうが日本の現地法人があり、求償は容易く行えたと信じている。


#燃料蒸発ガス抑止装置(ROVの必要性)


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