交渉の思い出(その1)
【はじめに】
ここでは、十余年前以前、ある損保に所属し、様々な困難解決をある程度果たしたとして記憶に残る案件を過去に「アジャスター時代の交渉事例」の表題で記していたのだが、改めて内容を加筆、追加、等修正して、新たな表題を「交渉の思い出」として再掲していきたい。
しかし、昨今繰り返し思うことだが、企業経営者は業務を極力マニュアル化とか平準化しつつ、あまりに労働者に思考を求めないという(例えて見れば誰でもできる)という業務を求め、それにより非正規社員の大量導入によって人件費を抑え、企業収益の確保を図るという傾向が多くなったが、それはその職種の価値を低め、格差を拡大するという現象を招いている。これが資本主義により求めれる大義としての消費者善を否定する意見があるが私も同意したい。その上で、ある程度の富裕者とそうでない者との格差はあることは致し方ないと思うが、世間一般ではどんな価値が少ないと見なされる業務に就く労働者にも、思考し労働の喜びを感じつつ尊厳を持って取り組むことができる市民善を求めるべきが正義たる大義と信じるものだ。
【本文】
交渉の思い出(その1)・スーパー7
初稿2009-01-27
私は通算24年間におよび、交通事故に関わる種々の交渉を、事故相手者もしくはその代理人や当該事故車の入庫工場等と行って来た。それら交渉の根底には、たいそうに云えば私の信じる正義を貫いて来たつもりだ。なお、この正義とは、決して企業利益を中心にするものであったつもりはいささかもない。しかし、如何せよ企業従業員という立場故、支払い保険金の決定に際し、利益という面に振れはしやしなかったが、損保上層部の云ってみれば見栄に振り回されることもあったことは事実として思い出されることだ。
大体、何処の保保でも似た様なことをやっていると想像するが、死亡や重度後遺症の数千万から億単位の対人賠償事故事案等は、なんだかんだと作為を巡らし、なるべく解決支払いっを次年度までに引き延ばし、出来れば担当責任者の在任期間の外にしようとするのが損保の持ってる体質なんだろうと思って云る。
だから、物損事故における極簡単な即答できる様な問題にすら、上に聞いてみなければ回答できないなどと宣う同業者(こういう方は仲間とは思わない)の話を聞くと、ロクでもない奴と思わざるを得ない。
さて、本論だが、過去の交渉事案において若干記憶に残り、資料のあるものについて、今回を含め何例かを紹介して行きたい。
第1回目の今回は、ケータハム・スーパー7の被追突案件となる。このスーパー7というクルマは、オリジナルはロータス社の作成したクルマだが、ロータータス社での販売終了後も、英国・ケーターハム社でオリジナルとほとんど近似したフレームで製造販売が現在でも行われているクルマだ。なお、類似のクルマにバーキン社製などのものもあるが、オリジナルとはフレームが異なりる。
このスーパー7だが、角パイプをトラス状に組み上げた、いわゆるスペース・フレーム構造で、その車重も700kg程度と軽く仕上げられていることもあり、比較的華奢なものだ。であるから、衝突事故を起こせば、簡単にフレームに損傷が及んでしまうのは致し方のないことだろう。
なお、このケーターハム・スーパー7のフレームですが、角パイプの接合部は溶接ではなく、真鍮ロウ付け(ブレージング)で行われている。ですから、仮にアセチレン・バーナー等で母材を溶かさない程度に加熱して行けば、このフレームは総てバラバラにすることができる。(後年、ろう付けでなく溶接接合に変更された。)
これは、私の私見ですが、我が国を走っているクルマで、最もフレームの交換実績が高いのがこのクルマだろうと想像する。だいたいトラックではフレーム供給を車両メーカーは供給しませんし、オートバイや乗用車では、車台番号が職権打刻となり評価損を生じることもあり、見積はともかく実際にその様な修理が行われることは希なることだろう。
今回、紹介する事案も、損傷は軽度だと判断されるフレームが取替として、総額580万円余(代車費含む)が請求されたというものだった。
ところで、問題点を生じる案件については、その問題点を十分整理する必要があると、何時も意識してきた。そして、問題点が多い程、問題点を文書化する等して提示し、説明を求めていく必要があると思って来た。このことは、見積の作成者(売り手)には、支払者(買い手)に対する、説明責任が生じるのであって、これを無視することは社会的に認められないからだ。なお、売り手(工場側)も買い手(保険会社)が、支払えない等と云う場合は、「何故」と理由を質し、説明責任を果たして貰えることになるのは、当然のことだ。これを満足に果たせない調査担当者(アジャスターなど)がいたら、そんな担当者と話続けることは時間の無駄だから、その上と話すというは、売り手側として当然のことだろう。
ここでは、当初提示された工場見積書と、それに対する私の意見書(工場の反論を受けた上で再度の意見書を含む)について紹介してみたい。この案件は。結局解決までに約3ヶ月程を要したと思い出す。それまでの間。単に工場側へ文書提示を行うだけでなく、訪問を繰り返し、車両所有者と工場経営者との3者面談も行って来た。そして、最終的な被害者からの確認書への署名捺印と共に、「種々お世話になりました」とのメモ書きが同封されており、多少報われたという思いを持てたのは、私の勝手な思いに過ぎないのかももしれない。
・工場見積書 mitumorisyo 1 or 2
・意見書(その1) ikensyo1 1 - 4
・意見書(その2) ikensyo2 1 - 2
追記
このケータハム・スーパー7だが、どうやらフレームの製作は英国のアーチモータース社という外注工場で生産されている様だ。その工場にも実際に取材し、このクルマのクラッシュ・リペアの実績を多く行っているスペシャリストたる工場さんと、この案件の後に知り合うことができた。もし、このクルマで困っているオーナーさんや工場さんがおられる様なら、個別メールを下されば紹介致します。
【関連記述】
ケータハム・スーパーセブンのこと
2020-03-28 | 車と乗り物、販売・整備・板金・保険
https://blog.goo.ne.jp/wiseman410/e/89c194e2df5cfd5d2d6715f4a3299b7d
【はじめに】
ここでは、十余年前以前、ある損保に所属し、様々な困難解決をある程度果たしたとして記憶に残る案件を過去に「アジャスター時代の交渉事例」の表題で記していたのだが、改めて内容を加筆、追加、等修正して、新たな表題を「交渉の思い出」として再掲していきたい。
しかし、昨今繰り返し思うことだが、企業経営者は業務を極力マニュアル化とか平準化しつつ、あまりに労働者に思考を求めないという(例えて見れば誰でもできる)という業務を求め、それにより非正規社員の大量導入によって人件費を抑え、企業収益の確保を図るという傾向が多くなったが、それはその職種の価値を低め、格差を拡大するという現象を招いている。これが資本主義により求めれる大義としての消費者善を否定する意見があるが私も同意したい。その上で、ある程度の富裕者とそうでない者との格差はあることは致し方ないと思うが、世間一般ではどんな価値が少ないと見なされる業務に就く労働者にも、思考し労働の喜びを感じつつ尊厳を持って取り組むことができる市民善を求めるべきが正義たる大義と信じるものだ。
【本文】
交渉の思い出(その1)・スーパー7
初稿2009-01-27
私は通算24年間におよび、交通事故に関わる種々の交渉を、事故相手者もしくはその代理人や当該事故車の入庫工場等と行って来た。それら交渉の根底には、たいそうに云えば私の信じる正義を貫いて来たつもりだ。なお、この正義とは、決して企業利益を中心にするものであったつもりはいささかもない。しかし、如何せよ企業従業員という立場故、支払い保険金の決定に際し、利益という面に振れはしやしなかったが、損保上層部の云ってみれば見栄に振り回されることもあったことは事実として思い出されることだ。
大体、何処の保保でも似た様なことをやっていると想像するが、死亡や重度後遺症の数千万から億単位の対人賠償事故事案等は、なんだかんだと作為を巡らし、なるべく解決支払いっを次年度までに引き延ばし、出来れば担当責任者の在任期間の外にしようとするのが損保の持ってる体質なんだろうと思って云る。
だから、物損事故における極簡単な即答できる様な問題にすら、上に聞いてみなければ回答できないなどと宣う同業者(こういう方は仲間とは思わない)の話を聞くと、ロクでもない奴と思わざるを得ない。
さて、本論だが、過去の交渉事案において若干記憶に残り、資料のあるものについて、今回を含め何例かを紹介して行きたい。
第1回目の今回は、ケータハム・スーパー7の被追突案件となる。このスーパー7というクルマは、オリジナルはロータス社の作成したクルマだが、ロータータス社での販売終了後も、英国・ケーターハム社でオリジナルとほとんど近似したフレームで製造販売が現在でも行われているクルマだ。なお、類似のクルマにバーキン社製などのものもあるが、オリジナルとはフレームが異なりる。
このスーパー7だが、角パイプをトラス状に組み上げた、いわゆるスペース・フレーム構造で、その車重も700kg程度と軽く仕上げられていることもあり、比較的華奢なものだ。であるから、衝突事故を起こせば、簡単にフレームに損傷が及んでしまうのは致し方のないことだろう。
なお、このケーターハム・スーパー7のフレームですが、角パイプの接合部は溶接ではなく、真鍮ロウ付け(ブレージング)で行われている。ですから、仮にアセチレン・バーナー等で母材を溶かさない程度に加熱して行けば、このフレームは総てバラバラにすることができる。(後年、ろう付けでなく溶接接合に変更された。)
これは、私の私見ですが、我が国を走っているクルマで、最もフレームの交換実績が高いのがこのクルマだろうと想像する。だいたいトラックではフレーム供給を車両メーカーは供給しませんし、オートバイや乗用車では、車台番号が職権打刻となり評価損を生じることもあり、見積はともかく実際にその様な修理が行われることは希なることだろう。
今回、紹介する事案も、損傷は軽度だと判断されるフレームが取替として、総額580万円余(代車費含む)が請求されたというものだった。
ところで、問題点を生じる案件については、その問題点を十分整理する必要があると、何時も意識してきた。そして、問題点が多い程、問題点を文書化する等して提示し、説明を求めていく必要があると思って来た。このことは、見積の作成者(売り手)には、支払者(買い手)に対する、説明責任が生じるのであって、これを無視することは社会的に認められないからだ。なお、売り手(工場側)も買い手(保険会社)が、支払えない等と云う場合は、「何故」と理由を質し、説明責任を果たして貰えることになるのは、当然のことだ。これを満足に果たせない調査担当者(アジャスターなど)がいたら、そんな担当者と話続けることは時間の無駄だから、その上と話すというは、売り手側として当然のことだろう。
ここでは、当初提示された工場見積書と、それに対する私の意見書(工場の反論を受けた上で再度の意見書を含む)について紹介してみたい。この案件は。結局解決までに約3ヶ月程を要したと思い出す。それまでの間。単に工場側へ文書提示を行うだけでなく、訪問を繰り返し、車両所有者と工場経営者との3者面談も行って来た。そして、最終的な被害者からの確認書への署名捺印と共に、「種々お世話になりました」とのメモ書きが同封されており、多少報われたという思いを持てたのは、私の勝手な思いに過ぎないのかももしれない。
・工場見積書 mitumorisyo 1 or 2
・意見書(その1) ikensyo1 1 - 4
・意見書(その2) ikensyo2 1 - 2
追記
このケータハム・スーパー7だが、どうやらフレームの製作は英国のアーチモータース社という外注工場で生産されている様だ。その工場にも実際に取材し、このクルマのクラッシュ・リペアの実績を多く行っているスペシャリストたる工場さんと、この案件の後に知り合うことができた。もし、このクルマで困っているオーナーさんや工場さんがおられる様なら、個別メールを下されば紹介致します。
【関連記述】
ケータハム・スーパーセブンのこと
2020-03-28 | 車と乗り物、販売・整備・板金・保険
https://blog.goo.ne.jp/wiseman410/e/89c194e2df5cfd5d2d6715f4a3299b7d