今回は簡単な物理のことも含めクルマの衝突の際に生じる力学についてちょっと記してみます。
イナーシャ(慣性)とは、ご存じの通りニュートンの運動の第1法則のことで、物体の運動は外力が加わらない限りその運動を続けるということです。ある速度で運動している物体は、等速度運動を続けようとしますし、静止している物体はその状態を続けようとすることです。
走行中のクルマで、アクセルを離すと速度はゆっくりと低下しますが、これはタイヤ等の転がり抵抗や空気抵抗という外力が働いているためです。真空である宇宙を進むロケットは、他の惑星による引力の影響がない場合は、一端加速した速度で永久に進み続けます。では、イナーシャ(慣性)を生じた際の力はどの様に計算できるのでしょうか。これは同じくニュートンの第2法則として次の方程式が定義されています。
F=m・α (F=力,m=質量,α=加速度)
従ってイナーシャで生じる力は、質量と加速度の積で生じる訳です。これを力積とも呼ばれます。なお、加速度とは、単位時間当たりの速度の変化率のことです。
さて、本論ですが、クルマの衝突におけるイナーシャで生じる力のことを記してみます。
まず、クルマの質量(重量を重力加速度で除したも数値)が大きい程、大きくなります。従って、乗用車より大型トラックという様に重量の大きなクルマ程、より大きな力を生じます。
次に、加速度ですが、クルマの衝突では極短時間に大きな速度の変化を生じます。つまり速度の変化率が大きく、従って大きな加速度が生じる訳です。バリヤ衝突実験等から、剛体に衝突したクルマは僅か0.2秒という短時間で速度がゼロになります。この衝突時間ですが、速度の大小によってあまり変化せず一定と考えて良い様です。
この様な短時間における速度変化が生じるのが衝突の場合ですが、これが衝突でなくブレーキによる減速であれば、もっと長い時間で同じ速度変化をしますから、生じる加速度は圧倒的に小さくなる訳です。 もし、クルマの場合も例えば車両前方のボンネット長さを今の数倍長くできたとすれば、衝突時間もある程度長くすることができて、前面衝突の際に生じる加速度を小さくできるのかもしれませんが、そんな大きなクルマでは運転し難くてしょうがないでしょう。
以上のことより、重量の大きくて速度が高い程、大きな力(破壊力)を生じる訳です。なお、クルマの中に居る人間にも、イナーシャが働きます。仮に速度72km/hで前面衝突したとして、その衝突時間0.2秒、人間の体重60kgとすれば、600kgのイナーシャによる力が人間に働くことになります。なお、実際の加速度は0.2秒の中で変動しますが、近似した正弦波とすればルート2倍(約1.4倍)になりますから、ピーク値は800kg程度となるのでしょう。この力で人間は車両前方に押し付けられる訳です。
これだけの力で人間が前方へ押し付けられますから、とても手で支えられるものでなく、頭部、胸部、腰部、脚部等に負傷を生じるます。これを防ぐ目的で、エアバッグやシートベルトが有効となる訳です。なお、最近のシートベルトには、プリテンショナーというシートベルトを引き込み弛みを引き締める装置が付属しますが、合わせてフォースリミッターという、一定以上の加重が働くとベルトを緩める機構が内蔵されています。このフォースリミッターにより、胸部をベルトが押し付ける力による二次的な負傷の可能性を低減させています。