私の思いと技術的覚え書き

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事業用事故調査委員会報告書について

2019-10-16 | 事故と事件
 事業用自動車の管理の業に就く愚人として、かねがね事故の調査報告書なりを見たいものだと思っていたところです。それが、今更ながら国交省Web内の以下のアドレスに存在することに気付いたので、未だ知らない方の参考になればと紹介するものです。

事業用事故調査委員会 https://www.mlit.go.jp/jidosha/anzen/jikochousa/report1.html

 そもそも、何故見たいかと思い続けていたのかということですが、貸切バスの大事故が起こる都度、道路運送車両法などの法改正が行われ、事業者の運輸支局への各種報告書類が多くなったり、運送引受書の記載と保管が義務化されたり監査体制がより厳格化されてきた訳で、このことに自体には合理性を持っているとは思って来たのです。しかし、貸切バスについてを云えば、H28年1月15日の軽井沢スキーツアーバスの転落事故(死者15名)以降、それを根拠にしたと公言される、なお一層の厳格化が為された訳ですが、その根拠となる事故調査報告書の本文を見ないことには、今行われている厳格化の妥当性を納得しがたいという思いを持ち続けていたと云うことです。

 ということで、上記軽井沢スキーツアーバス転落事故については、以下のアドレスで閲覧ができます。

平成28年1月15日国道18号貸切バスの転落事故(長野県北佐久郡軽井沢町)
貸切バスの転落事故【概要版】https://www.mlit.go.jp/jidosha/anzen/jikochousa/pdf/1641103-outline.pdf
貸切バスの転落事故 https://www.mlit.go.jp/jidosha/anzen/jikochousa/pdf/1641103.pdf

 さて、上記調査報告書の本文は、総ページ89ページというものですが、さらっと概要を見た訳ですが、結論としての、運転車の大型バスの運転操作技量の不足の結論に異論はないのですが、そこに至る調査の内容と結論の導き、そして監査方針の厳格化の方向性には、幾つか疑問を生じるところと感じ、その思いを書き留めてみます。

1 当該事故の原因
 報告書では、事故現場の6%下り坂の左カーブ(半径100m)で速度95km/hという超過速度で曲がり切れずカーブ外側に転落したと記しています。なお、道路状況は乾燥舗装路面であったとされ、該当車のタイヤ摩耗やブレーキなどに特に事故原因となるものはなかったとされています。

 これについて、まず愚人として疑問を感じたのは、制限速度(60km/h)を大幅に超過する速度であり、当然危険を生むことは判りますが、半径100Rの左カーブを速度95km/hが絶対的な限界を超えるものであろうかというものです。これについては、調査報告書ではその辺りの考察はまったく為されていないのか、あえて触れることを避けたと想像していまいます。

 そこで、独自に事故時該当車の向心加速度(求心加速度)を求めてみます。公式は、α(加速度m/sec^2)=V^2(車速m/sec)/カーブ半径(m)ですから、(95÷36)の二乗÷100で、α=6.96m/sec^2と算出されます。これをGに変換するため9.8で除すと0.71Gとなります。この0.71という数値は、タイヤの摩擦係数(乾燥舗装路面で0.7~0.8と云われる)を越えることはできない訳で、仮に摩擦係数を0.7とすれば僅かに限界を越えることになります。この算出値から見ると、タイヤの摩擦係数だとかカーブの内側を旋回するのか外側を旋回するのかなどの種々の条件を考慮しても限界に近い速度であったと云え、明らかに限界を超えたと云い得る速度でないと考えられます。これは想像ですが、そのことが判るからこそ、調査報告書ではあえて、そのことに触れていないのだとも思えてしまいます。

 ここで、事故ではないですが、自己体験の話しをしてみます。自社の2、30m前を先行する太いタイヤを装着したオープンスポーツカーが、右に直角に曲がるタイトコーナーをタイヤを鳴かせて抜けていきます、後続する自車は、細いタイヤのライトバンですが、その道を走り慣れていることもあるのでしょうが、タイヤを鳴かせることもなく件のコーナーを曲がり、その直後には先行するスポーツカーとの車間は10m程度に近づいていました。このことは、自車の方がコーナーリング速度は速いにも関わらず、タイヤも鳴かせず余程に余裕を持って旋回していたことを示すことでしょう。一方、件のスポーツカーは、該当コーナーで必要以上にハンドルを切り、より小回りしていたに違いないと思うのです。

 ということで、確かに制限速度を大幅に超え、限界至近でコーナーに入ったという運転者の落ち度は責められることと思いますが、そのこと自体が事故の原因にはならないとも思える訳なのです。調査報告書では、盛んにシフトダウンができなくて速度をオーバーしたとか、運転者の周辺者の聴取から、シフト操作がぎこちなかったなどと強調していますが、シフトが適切でなく速度超過になったということより、ハンドル操作が不適切であったことが一番の要因の様に感じる訳です。

 それと、報告書では当該転落現場の100m手前の緩い右カーブで、該当車の左全部が接触した痕跡があることに触れていますが、速度超過もあり膨らみ気味で接触し慌てて右に切り足し、さらに反転しての左カーブで事故になった訳ですから、ラリードライバーが慣性ドリフトに持ち込む際のフェイントモーションと類似の動作を行ってしまったことが判ります。この最初の接触で、さらに運転者は動転してしまい、素早くブレーキングするなりして速度を大幅に落とすことなく事故コーナーに入ってしまったということなのでしょう。その辺りの、右切り増しから左反転における車両挙動の不安定化という面でも、本報告書では触れていません。

2 調査内容
 調査内容については、一件各種の調査内容が網羅され、同型車による走行実験まで行われ、おそらく素人目には完璧だと理解されるのでしょう。しかし、もし私が調査を指揮したとしたら、是非確認したい事項が幾つか思い浮かびます。

①該当車にはエアバッグ(運転席用)が装着され、正常に作動しています。であるなら、何故EDR(イベントデータレコーダー機能)データの解析を行わなかったのでしょうか。もしくは、行おうとしたがEDR機能がないため、断念したなりとかコメントがあってしかるべきと感じます。よもや、エアバッグシステムにEDRという事故直前のある程度の情報記憶機能があることを知らなかったと云うことはないと思いますが・・・。

 しかし、そのくせ、該当車のストップランプのフェイラメントがある程度曲損しているを持って、事故時に該当車はブレーキを踏んでいたと推論している訳ですが、それも見方としては間違いではないとは思うものの、もしEDRデータが解析できれば、車速、ブレーキ、クラッチ、変速位置などのデータは確定できると思います。但し、最近の乗用車みたいにESC付きなら、ステアリングの切れ角動作の経緯まで読み取れるでしょうが、これは該当車の年式では該当センサー自体がなくムリでしょうが・・・。

 報告書における実車実験について述べてみます。本来はスキットパット(定常円旋回テスト場)で100Rでの95km/hでの旋回が可能か否か、それとブレーキングしながらの95km/hでの左右反転テスト(ダブルレーンチェンジ)を行って車両の外乱が制御しきれるものか程度はやってもらいたかったと思います。しかし、主に各スピードにおけるシフトダウンの可否(ECUでオーバーランを防ぐ機能)確認程度の実験しかしていません。

3 再発防止策(監査などの厳格化)
 報告書(概要)の再発防止策として幾つか上げられていますが、あまり因果関係を感じない項目もあると感じます。
 (貸切バス事業者)
☆ 運転者の選任にあたっては、運行形態に応じた指導・監督を行った上で十分な能力を有することを確認☆ 運転者に法令で義務付けられた健康診断及び適性診断を確実に受診させ、個々の運転者の健康状態に応じた労務管理、運転特性に応じた適切な指導監督☆ 運転者に対し、車両の構造や運行経路に応じた安全な運転の方法等を教育するとともに、添乗訓練を行い、運転者の運転技能等を十分に確認・評価
~これは当然のことでしょうが、現状の適正診断において、どこまで技量不足が判るのだろうかと思えます。添乗において、運転者の運転技能や思考が管理者として責任を託せるものであろうかの確認が大切だと思えます。

☆ 運行管理者には、運転者に対して点呼を確実に実施するとともに、運行経路や発着時刻等を明記した運行指示書を手交し、安全な運行に必要な運行指示を徹底
~これは本件事故における監査で発覚したことから記されているのでしょうが、果たして事故にどこまで結び付くのかとも感じてしまいます。

☆ 運転者に、夜間の就寝時を含め乗客にシートベルトの着用を促すよう徹底
~本件事故における乗客の大半は頸椎や頭部など上半身の負傷がほとんどだと調査報告書に記されています。それが転落横転して速度成分が横向きに、つまりバス天井を押し潰すことにより生じたものは明かと思えます。乗客が全員シートベルトをしていたとして、どこまで死者が減っただろうか疑問と感じるところです。それより、車両メーカーに、バスルーフの強度基準を明確化させるのが先ではなかろうかとも思うのです。まあ、大企業に優しい国交省だから、難しい問題でもあるとも感じます。

(国土交通省)
☆ 監査制度を充実強化し、監査において指摘された法令違反について、事業者が適切な是正を行っているかを確認☆ 貸切バスの事業許可更新制を導入し、安全管理体制が確保されているかを確認☆ 民間機関を活用し、監査を補完する巡回指導等の仕組みを構築し、全貸切バス事業者に対し、年1回程度の頻度で安全管理状況をチェック
~まあ、全般に監査制度を強化しようと云うことに尽きる訳ですが、ここで見落とせないのが、「民間機関を活用し・・・」ということで、道路運送法43条を改定し、適正化機関を設置するとしたことでしょう。これは、現在全国の運輸局単位に設置された、「一般財団法人**貸切バス適正化センター」という組織が該当するのでしょう。それ以前から、各地に**バス協会といういわゆる自治組織はあった訳ですが、加盟は任意であり非加盟業社も存在します。その様な中で、新たな組織を作り管理を強化したいということでしょうが、国交省運輸局だけでは手が足りないということなら理解できるのですが・・・。新たな単なる天下り組織を作ったのではないかと疑念も湧いてしまうのですが、これは、疑いすぎでしょうか?



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