つぶやき、遊び・仕事・日常

一日の出来事のあれこれを雑多に記録していきます

リーダーシップ 稲盛語録から

2019-03-15 20:00:28 | 日記
おいらは、経営者でも経営幹部でもないけれど、京セラ稲盛さんの「企業倫理とリーダーシップ」を聞きました。
もしかしたら、何年後か何十年後に役に立つかもしれませんからね。

◆稲盛さんの考える「企業倫理とリーダーシップ」
 歴史を見れば明らかのように、国家をはじめとしてどのような集団であれ、その盛衰はリーダーによって決まってきました。
 人類の歴史はまさにリーダーの歴史とも言えるのです。
 これは企業についても言えることです。
 企業リーダー、つまり経営者の行動の成否は、企業の繁栄やその従業員の運命を決します。
 しかし、過大なインセンティブは経営者を堕落させると考えます。
 経営者が企業のリーダーとして、すばらしい才能をもち、多大な貢献をはたしているならば、その働きにふさわしい処遇を与え、
 さらに力を発揮してもらう。
 そのようにして企業の業績を伸ばしてもらうことは、従業員にとっても、株主にとっても、さらには社会にとっても良いことです。
 しかし、それがあまりに高額であれば問題になると考えています。
 あまりに高額のインセンティブは、経営者の精神を麻薬のように蝕み、その倫理観を麻痺させてしまいます。
 企業を健全に成長させる上では、そのような経営システムは見直すべきだと考えています。

 西郷隆盛は、私心のない清廉潔白なリーダーとして今もなお日本人の敬愛を集めていますが、彼はリーダーの選任にあたって、
 最も大切なことは次のようなことだと述べています。
 「徳の高い者には高い位を、功績の多い者には報酬を」。
 つまり、高い地位に昇格させるのは、あくまで人格を伴った者であり、すばらしい業績を上げた者の労苦には、
 金銭などで報いるべきだ、と言うのです。

 ややもすると、人格者よりも才覚者がリーダーにふさわしいとビジネス界では考えられています。
 しかし本来、多くの人々を率いるリーダーとは、高潔な人格を持っていなければならないはずです。
 自分の欲望を抑制できるような強い克己心や、その成果を社会に還元することに喜びを覚える利他の心を備えた、
 人格者でなければならないのです。

ということだそうです。
たしかに最近、日本を代表するような企業で経営者に起因すると思われる不祥事が頻発しています。
これも稲盛さんによれば、徳の無い人物が才覚だけでリーダーの地位についた結果なのでしょうか。
おいらがそんな場面を迎えるかどうかは定かではありませんが、まあ心には止めておきます。