番外「十夜が橋」を、おまけでお参りとなった。お遍路は、高齢者にとって、安価で安心して楽しめる観光旅行でもある。こんな理由からだろう、何回も回を重ねて参加している人が多く見られた。
今回あえておまけの参詣ポイントを番外に選んだのは、「番外お遍路ツアー」を売り出しているバス会社の宣伝の意図も働いていたように思った。
現在、この橋は国道のコンクリート製の橋になっている。そして、その橋の下に、横になった大師の像が祭られていた。
「行きなやむ 浮世の人を渡さずば 一夜も十夜の橋と思ほゆ」と詠まれた歌が印象的だった。
大師が御休み中なので橋では杖をつかないという風習の起こりとなったとある。
誰一人宿を貸す人が居なかったため、大師は橋の下で野宿を余儀なくされたのだったようである。 当時のこの村は大変貧しかったのか、或いは、村民の信仰心や慈悲心の欠如からだったのかは判らないが、大師に対して大変不親切な村だったのであろう。
「弘法大師御野宿所」とあり四国霊場唯一の野宿修行道場と表記された看板もあった。
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