さまよえる天神さん

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荒倉山「夜の靴」の村と その2

2013-04-16 | 日記・エッセイ・コラム

    敗戦後の、東北の一寒村で繰り広げられる光景が、東日本大震災を経験
 した現在の心象に、オーバーラップし響いてきます。

   “ 「おばこ来たかやと・・たんぼのはんずれまで、出てみたば・・」    
   清江の歌が聞こえてきた。
   
「おばこ来もせず、用のない、 たんばこ売りなど、ふれて来る。」    
   夜半のしんとした冷気にふさわしい、透明な品のある歌声だった。
       それも初めは、良人を慰めるつもりだったのも、いつか、若い日の
    自分の姿を思い描く哀調を、つと立たしめた、臆する色のない、澄み
   冴えた歌声に変った。私は聞いていて、自分と参右衛門と落伍してい
   るのに代って、清江がひとりきりりと立ち、自分らの時代を見事に背
   負った舞い姿で、押し寄せる若さの群れにうちむかってくれている
   ように思われた。 ” (『夜の靴』)

  隣家の祝儀の宴を終えて、杉戸一枚隔てた寝室に這入った夫婦、夫から
 促され妻が歌い始めます。しーんとした家の中に、「庄内おばこ節」の旋
 律だけが聴こえています。
  もちろん、実際に清江が、若き日を思い浮かべていたとか、自分らの時
 代を見事に背負っているということがポイントなのではなく、そのように
 受け止める、私(作家)の感性こそが大切なのです。

 

 横光が住んだ山口集落と荒倉山です。



  山口公民館にある、
ピカピカ過ぎる文学碑(写真に撮りにくい)



  駅前から続くまっすぐな道
  
正面は荒倉山と鞍越峠
  昔泥々の道も今は舗装



 駅前の「白土工場」は今も変わらず
 水澤化学の工場


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 羽前水沢の駅
 
横光はここから帰京した2年後に50歳で亡くなっています。

  私たちは、『フラガール』でも、『釣りバカ日誌』でも、福山でもAKB
でも、なんでも自由きままに選ぶことはできるわけです。
 けれども、
最初に云ったように、敗戦後と震災後の状況がオーバーラ
ップするような感覚の中で、その喪失感に対置するものとして、小説家
横光利一の世界があるということです。少なくとも・
・・。

         
           (講談社学芸文庫)



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