今はどちらのお宅にも薔薇が咲き、あちらこちらのブログでも薔薇の画像満載。
眼を楽しませてくれています。
よって話題がありませんので、こんなことを記事にします。
今読んでいる本「人は皆、土に還る」に、田園調布駅前の薔薇の歴史が綴られていました。
著者曽野綾子さんは子供のころから田園調布に住まわれているようですね。
田園調布駅の西口の広場に半円形の石作りの池があり、その周囲に薔薇が植えられています。
かなり歴史があるように思える薔薇の大木ですが、どなたが手入れをされているのか、
毎年見事に大輪の花を付け、私も楽しみにしています。
曽野綾子さんは終戦の年、13歳であったそうで、その後その薔薇の歴史を聞かされたとのこと。
戦争直後、この街の「西洋館」はほとんどが進駐軍に接収され、彼らは面白い家の使い方をし、
持ち主に返還されたときの家の状況はめちゃめちゃ、酷いものだったと。
そのような時代に一群の人々が田園調布の駅前のロータリーを整備し、
また当時ハイカラな家は、持っていた薔薇を寄贈し移植、それが今残っている駅前の薔薇だそうです。
ある日のことアメリカの軍人が上官を訪ねてこの地にやってきて、道が分からず駅前をウロウロ。
するとそこに、てんでんばらばらの作業服を着た数人の男たちが薔薇を植えていて、
その軍人は仕方なく英語で上官の家はどこかと尋ねました。
すると働いていた庭師の群れが、口々に流暢なな英語で道を教えてくれたそうで、
その軍人は日本では庭師までキングスイングリッシュを喋るのかと、ひどく驚いたとか。
曽野さんはこの話の真偽は疑わしいがと注釈を付けたうえで、
その街の一面をよく表していると綴っていらっしゃいます。
すなわちそこで働いていたのは高級将校、大学教授、外交官などの人々で、
そういった上流階級だけしか、公共の場を美しくしようとは考えられなかったのではないかと。
その薔薇も年々弱ってきているようで、昨日は既に最盛期を過ぎていたのか、色褪せ少々惨めな姿に。
ちょっぴりセレブな気分にしてくれる田園調布の街散歩。
眼の保養として訪れるには良いところですが、住む方々にはいろいろ約束事があるようで・・・・。
お金持ちと言えども最近は住みたいと思う方も少なくなったようですね。
<画像は昨日5月20日午前9時半ごろ撮影>