ゆるい感じで。

「スレイヤーズ」のガウリナメインの二次創作ブログサイトです。原作者様、関係者様には一切関係ございません。

さてどうする。(ガウリナ)

2017-02-26 22:13:38 | スレイヤーズ二次創作
ぷらいべったーより再掲。
小悪魔リナさんを目指してみました。

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「……ねむい」
 心底眠そうな声と顔で、リナがそう呟いた。言った傍から、くああと小さな口を大きく開いて欠伸する。そのまま彼女はオレの腕にしがみついて、うりうりと頭を擦りつけてくる。――なんとまあ、無防備な事で。
「リナ。寝るんなら、ちゃんと寝まきに着替えないと」
「んー……」
 一応、ここは宿の部屋なわけで。そのままベッドで寝入ってもそんなに問題はないかもしれないが。
 とはいえ、それでも夜は冷えるし。厚着したままで寝ては汗をかいて、それが冷えたら風邪をひく。そんなオレの忠告も、リナにはほとんど届いていないらしい。片方の腕でオレにしがみついたまま、リナはその小さな手で自分の目元を擦った。
「んんー。めんどくさい……ガウリイ、着替えさせてよ」
「おいおい」
「じょーだん。へへ」
 へへへ、と笑うリナの笑みは、いつもの元気の半分以下。というか、今にも寝入ってしまいそうなほど、とろんとしている。
 どうやら、珍しく夕食時に酒を飲んだのがいけなかったらしい。――お湯で割ったはちみつ酒。呂律が回らなくなる程酔ってはいないようだが、彼女は今なんだかとてもふにゃふにゃしていた。

「んん。眠い……」
「なら早く寝る支度しろってば……」
言ったところで響かない。自称保護者の自信を無くしそうである。まったく。
 そんなリナの淡くピンク色に染まった横顔を眺めていたら、不意にその顔がこちらを向いた。
「……がうりい」
 ひらがなの響きで呼ばれる名前。そしてふわりと漂うはちみつの匂い。潤んだ瞳がオレを映して、ピンク色の唇がゆっくりと緩んで。
 ――……。
 思わずぐらつきそうになった理性を、どうにかして保って顔を顰めた。――据え膳食わぬはなんとやら。ふと頭に思い浮かんだ言葉を脳内で慌てて消しにかかる。今はその場面じゃないだろう。今は。
 だが。
「……わざとじゃないだろうな」
 思わずそう呟いてしまって、オレは頭を振った。まだ彼女にしがみつかれたままの片腕が、じわじわと熱を帯びている。否応なしに意識する、リナの体温。
 ――わざとでも無意識でも、性質が悪いぞリナよ。

「ねえ、ガウリイ」
 ふと、リナがオレの手をするりと離した。そのまま、大の字でベッドに仰向けに転がって、オレを見上げてふにゃりと笑う。
 ――ああほら、やっぱり。酔っ払って子供みたいな事を――……。
「わざとだったら、どうする?」
 オレの思考を遮って。
 思いのほかハッキリと、彼女はそう言った。
「……は」
「どうする? がうりい」
 蕩けた笑みと、声が。はちみつみたいで、オレは思考を放棄した。  

赤い記憶。(ルクミリ)

2017-02-26 22:11:58 | スレイヤーズ二次創作
ぷらいべったーより再掲。
ワンライ参加作品です。お題「赤」
ミリーナの過去を思いっきり捏造。そして最後だけちらっとルクミリです~。

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「――そこの可愛らしいお嬢さん」
 その声は、朗らかで優しげで、とても温かいひだまりのような声だった。

 日も傾きかけて、夕焼けに染まる街。家から少し離れた花畑で一人遊んでいた私に、その声は優しく振って来た。
 振り向いて見上げた私に向かって、彼はにこりと笑って見せる。その時、彼の目元に何本か皺が寄った。くしゃりとした笑顔。父と同い年か、それとももう少し上かもしれない。丸いメガネを掛けたその人は、まだ彼の腰程にも届かない背の私に向かって、そっと手を差し伸べる。
「……?」
 その手を取っても良いのかどうか。戸惑う私に、彼はもう一度口を開く。
「君の名前はもしかして、ミリーナさんでよろしかったかな?」
「! どうして私の名前を知っているの?」
 驚く私に向かって、彼は楽しそうに人差し指をぴっぴと振った。
「それはね、僕が君のお父上とお母上の友達だからだよ。……その銀色の綺麗な髪も、可愛らしいお顔も、君は二人にそっくりだね」
「……ふふふ」
 お父さんとお母さんに、似ている。その言葉はまるで魔法みたいに私の心をどきどきさせた。そんな風に言われた事は初めてではなかったけれど。でも、彼にそう言って貰ったのが、何故だかとても嬉しくて。

 手を繋いで、花畑を抜けて、家に向かってゆっくりと歩いていく。
「君のご両親をびっくりさせたくて、何も知らせずにやってきたんだよ。きっと驚くだろうね、なにしろ会うのは君が生まれたばかりの時以来だから」
 楽しげに言う、彼の言葉に私もうきうきと心を躍らせる。
「まあ! それはきっと驚くわ」
 きっと目を丸くして、口を大きく開けて。それからすぐに笑いだすのだろう。
「くっく、早く彼らの驚く顔が見たいなあ」
「趣味が悪いわ、おじさま」
 おじさま。そう呼んでから、そういえば彼の名前をまだ尋ねていなかった事に気が付いた。
「――ねえ、おじさま」
「なんだい?」
 あなたのお名前は?
 そう、尋ねる前に。私達は家に着いてしまった。

 私と手を繋いだまま、彼は空いた手でドアを三回ノックする。ふと、後ろを振り返る。もう日が沈む直前だった。夕日に染まる真っ赤な空は、まるで赤い絵の具を空に溢したみたい。
 そして、おじさまの髪の色も、それに負けじと燃えるように赤いのだった。赤いおじさまの、ローブは黒い。

「はーい、どちら様で……?」
 玄関を開けたお母さんが、おじさまの顔を見る。そして、その手を握る私の顔を見る。
 ぽかんとした顔。
「あなた、は……?」
 お母さんのびっくりした顔。でもそれは、私の想像していたものとは、違う顔だった。

 急に、握られた手の力が強くなる。ぐい、と引き寄せられて、身体の自由を奪われる。
「お、じさま?」
「ご案内、ありがとうねお嬢さん」
 にこり。向けられたその笑顔は、先ほどまでの朗らかな笑みとは、全くの別物。
 じとりと胸の内に嫌な予感がわき上がる。
 何かを決定的に間違えた。何かが起きてしまう。もう、間に合わない。そんな予感が。

「この子の命が惜しければ……これ以上言わなくても、分かるよなあ?」

 そして全ては赤に染まった。

 私を守って、血に染まった両親の赤。男の付けた火によって、幸せに暮らした家が炎の赤に呑まれていく。夕焼けの残滓。
 そして、私から全てを奪った男の去っていく後ろ姿。その赤い髪。
 ――赤、赤、赤……!

「……っ!」
 がばりと跳ね起きる。
 掴んだシーツの滑る感触。背中を伝う冷たい汗。そして、早鐘を打つように鳴っている心臓の音。
 ――私はまだ、生きている。

 ほう。
 私は小さく溜め息をついた。……まったく、酷い夢だ。ひどく懐かしくて、そして恐ろしい夢。夢であって夢ではない。私の幼い頃の記憶。
 あれから、私は人に心を許すことが難しくなった。幼い頃のように、無邪気に人の手を取る事なんて、もう出来ない。そして、赤い髪の人間は無条件に遠ざけようとしてしまう。近寄る事さえも、苦痛。
 それなのに。
「……ルーク」
 ぽつり、と呟く。
 それに反応したように、隣で寝息を立てていた彼はごろりと寝返りを打った。黒く染められた彼の髪。その根元が、少しだけ赤くなっている。
 ルーク。私の旅の連れ。
 赤い髪の青年は、私を好きだと言った。愛しているとも言った。赤い髪だと言うだけで遠ざけようとする私を、否定しないでくれた。それだけでなく、彼は私と居るために髪の色を変えた。
 なんという人だろう。
 その真っ直ぐさが、たまにとても怖い。けれども、もう離れようとは思えなくて。そんな風に思う自分にもまた驚いて。
 不器用な私は、まだ彼の気持ちにきちんと答えられていないのだけれど。――ルークの赤ならば、怖くない。
「ルーク」
 もう一度、彼の名前を呼ぶ。眠ったままなのに、彼はなぜか嬉しそうに口元を緩めた。
「……ミリーナぁ……」
 一体どんな夢を見ていることやら。

「ルーク。私も……貴方が、すきよ」
 今度は、きちんと貴方が起きている時に。それが言える事を願って。

ただ斬り裂くのみ。(光の剣)

2017-02-26 22:10:16 | スレイヤーズ二次創作
ぷらいべったーより再掲。
ワンライ参加作品。お題「剣」で、ゴルンノヴァさんに語って頂きました。

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 裂光の剣、ゴルンノヴァ。かつてそう呼ばれていた私が、『光の剣』などと言う単純な名で呼ばれるようになったのは、一体いつからだったろうか。それは遠い昔の事のようであり、ほんの最近の事のようにも思える。
 かつて私は闇を撒く者、デュグラディグドゥの一部として創造され、そして彼の者と共に魔を、光を、時に肉を切り裂き続けた。それが私の生まれた理由であり、意味であった。それだけだ。
 ――それが今。
 私は一人の人間に携えられている。

 人間。矮小であり、愚かで弱き者たち。それでいて、時に想像を超えた強さを見せる時もある。不思議な存在だ。神や魔と比べてもあまりにも短い寿命。その一瞬の光のような命を繋いで、その命が次々に私を受け継いでいく。
 私を人間の手にも扱えるようにと『替えた』者。あれはエルフか、神族だったやもしれない。仮の刃などと言う煩わしい物を私に取り付けたのは頂けない。
 それを受け継ぎ、魔獣を斬り伏せた者。……あれは素晴らしい体験だった。あの人間の手が、私を振るう。そして魔獣を斬ったあの感覚。ぞくぞくと己の身体が震えるような快感。
 あの人間の娘もまた、瞬く間に老い、そして私を子孫へと遺して死んだ。

 ――それからだ。思い出すのも忌々しい、私をまるで置き物のように閉じ込め、使いもせず。されど血を流して奪い合った人間たち。私が受け継がれていく中で、血族の住まう家に漂う負の感情、瘴気が強まって行くのを私はただ肌に感じとる事しか出来なかった。
 魔の性質を持つ己にも、好みという物がある。
 醜い殺し合いなど見ているのは嬉しくはない。斬り合いならば、私が斬らなければ意味が無い。武器として生み出されし、私が斬らなければ。
 それがある日。
 私はそんな閉塞した世界から解放された。一人の人間の男の手によって。

 今、私を携え歩く者。
 私には人間の姿形などほとんど見分ける事は出来ない。だが、この人間からはどこか懐かしい匂いがした。かつて私を振るい、魔獣を打ち倒した娘と同じ匂いが。
 ほとんど百年ぶりに仮の刃を外され、真の姿を取り戻し。魔を斬り伏せた感覚。つい先日の事だ。
 それからほとんど休む間もなく。

 『闇を喰らいて光と成せ』

 宵闇の中その声を聞いたと同時、私は今までにない程の力を得た。――いや、『光の剣』と呼ばれるようになってから、と言った方が正しいか。
 そして凄まじい力の塊を斬った。ぞくぞくと、悦びにうち震えるあの感覚。――ああ、なんて甘美な。思い出すだけでまた何かを斬りたくなる。

 この人間は、これから私に何を斬らせてくれるのか。あの声の娘が傍に居る限りは、きっとどこまでも旅は続くのだろう。
 ――それが良い。
 だから人間の男よ、私を振るえ。そして闇も、光にさえ斬りかかれば良い。
 ……私はただ、それを斬り裂くのみ。

リナ(ガウリナ)

2017-02-26 22:08:49 | スレイヤーズ二次創作
ぷらいべったーより再掲。
ワンライ参加作品。お題『リナ』

めちゃくちゃ短いです。

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「ガウリイ!」
 響く声がオレを呼んだ。
 真っ青な空の下、強い風が吹いている。オレの目の前で、栗色の髪がマントと一緒に揺れていた。
 振り返った彼女の、幼さの残る顔に浮かぶ勝気な色と自信に満ちた笑み。

 ――鮮烈だな、と思った。

 初めて会った時から、オレは彼女の色の鮮やかさに何度も目を奪われる。眩しいのに、目を離せない引力のようなものが、オレの心も引き付けて。
 見た目の色だけじゃない。彼女自身が見せる、色んな色。
 くるくる変わる表情も、心と力の強さも、以外な脆さも。危なっかしいとも思うのに、時には誰にも勝てない強さを見せる。笑顔を見れば心が晴れるし、傷ついた顔は見ていたくない。
 護ってやりたいといつも思う。だけど、オレはたぶん何度も彼女に救われている。命も、心も。……ずるいな。

「ガウリイ! 早くしないとおいてくわよっ!」
 もう一度、彼女がオレを呼んだ。呆れたような声の響き。さっきまでオレを笑顔で待ってくれていたのに、くるりと身体を翻して彼女は先を行く。
 ――いつも、彼女はオレの前を走って行く。そしてオレはそれを追って走る。
 初めて出会った時は、光の剣を目当てにオレに付いて来る、なんて言っていたくせに。すっかり逆じゃないか。なんて。
 ……それでも、それが心地いい。
 だからそれで良いのだ。たぶん。

「今から競争して、先に街に着いた方が勝ちね! 負けた方はランチ奢りで!」
 颯爽とオレの前を走りながら、彼女は笑ってそう叫んだ。そんな彼女の背中に向かって、オレもまた叫ぶ。
「……おいっ! それはズルイんじゃないか!?」
「のろのろしてるガウリイが悪いって話よ!」

 走る。走る。
 彼女を追って目に映る景色は、いつも鮮烈に胸に焼きついた。今もまた、青い空の下、流れて行く白い雲が柔らかく胸の内を風と共に撫でていく。

「待てよっ、リナ!」
 呼んだ名前になぜだか嬉しくなって、オレは笑ってしまうのだった

おんなじ。(ガウリイのばーちゃん過去妄想)

2017-02-26 22:06:05 | スレイヤーズ二次創作
ぷらいべったーより再掲。
ワンライ企画でお題が「人外(魔族以外)」だったため、とある名もなきエルフ視点で。
ガウリイのばーちゃん過去を捏造してます。

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「やい、逃げるなエルフ!」
 鋭い声が響く。それと同時に小石が飛んでくる。避けても避けても、それは止まらない。
「かとーどうぶつっ!」
 舌ったらずな声。意味の分からない言葉。それでも、その呼びかけに悪意が込められている事くらいは、幼い彼にもすぐに分かった。
 じわりと目頭が熱くなる。さっき転んで擦りむいた膝が痛い。それ以上に、胸の内側がじくじくと痛い。
 ――どうして。
 彼の頭の中では、その言葉がぐるぐると渦巻いていた。
 ただ、挨拶をしただけなのに。友達になりたかっただけなのに。なのに、どうしてこんな目に遭わなくてはいけないのだろう。なんで。どうして。

 ――人間に近づいてはいけません。
 今更になって、母の教えの意味を身を持って理解した。――こんな目に遭うからだ。

 涙をぐっと堪えて、彼はただ走り続ける。こんな事なら森から抜け出すのではなかった。言いつけを破ったのだから、戻ったらきっと怒られる。
 ――でも。一度だけでも、人間と話がしてみたかった。本当に耳が短いのか見てみたかった。
 こんな風に追いかけられて、石を投げられて、酷い言葉を投げかけられるなんて、夢にも思っていなかったのだ。

「いけーっ!」
「!?」
 瞬間、足に何かがぶつかった。
「あっ……!」
 鈍い痛みが走り、そのせいで足がもつれる。バランスを崩す。勢いを殺すことが出来ず、彼はそのまま石畳の上にばたりと倒れて転がった。
 腕も足も、背中も頭も、じんじんと痛い。倒れた彼の視線の先に、いくつかのごつごつした木の実が転がっていた。人間の子はこれを投げたのだ。
「はぁ、はぁ……捕まえたぞ、エルフ!」
「やったね…!」
 その声は恐ろしく無邪気で、しかし悪意に満ちていた。
 人間の子供。彼と同じような見た目なのに。――耳は確かに彼のように長くはない。でも、ほんとんど違いなんて、ないように見えるのに。それなのに少年達の目は、彼をまるで珍しい昆虫を見つけたかのように見つめている。
 その手が伸びて、彼の長い髪をぐいと掴んだ。
「……痛いっ! やめて」
「『痛い』だってよ」
 言って、少年は仲間達に笑いかけた。何がおかしいのだろう。……何が面白いのだろう?

 彼の内にわだかまる、哀しみが憎しみへと変わっていく。じわりじわりと、黒い気持ちが心を浸食していく。
 ――人間なんか、嫌いだ。大嫌いだ。……いなくなってしまえ。
 覚えたばかりの魔法。ヒトに向けて使ってはならぬと、言い含められたそれを。彼は使う決心をした。自らの身を守るために。
「……」
「……なんだよ。その目は?」
 人間の子のその醜悪な顔を、彼は睨みつける。そして呪文を小さく口ずさむ。掴まれたままの髪の痛みに耐えながら。
 
 その時。

 彼が力ある言葉を紡ぎ終える前に、衝撃があった。その瞬間、彼の身体は自由になる。解放される。目の前の少年が、驚いた顔のままに、仰向けに倒れ込んだ。
「……なんだお前はっ!?」
 少年の仲間の一人が、怒ったような声を上げる。
 それに返事を返したのは、驚いた事に少女の声だった。
「そんな事はどうでも良い……あんたたち、サイテーね」
 酷く怒った声だった。

 その少女は、とても美しい少女だった。金色の長い髪は彼と同じ。でも、その色や輝きはどこかエルフとは違う。空色の瞳は、怒りに満ちて煌めいていた。どうやったのかよく分からないが、彼を捕らえていた少年を、ノックアウトしたのはどうやら彼女らしい。

「わたしは、ガブリエフ家の一人娘。それだけ言えば分かるでしょ」
 凛とした声が響く。しかし、その右手に持った竹刀は小さく震えていた。――彼女もやっぱり、怖いのか。
 だが、その言葉は少年達の態度に意外な程効果をもたらした。
「ガブリエフ家……あのお屋敷の…!」
「くそっ、調子に乗るなよっ」
 歯噛みして捨て台詞を残しながらも、少年達はしぶしぶとその場を去っていく。呆気に取られながら、彼はそれを見送った。

「……大丈夫?」
 そう言って彼に手を差し伸べるのは。彼女も人間なのだろうか。それとも、別の何かなのか。
「君は、人間……?」
「そうだけど、それが何か?」
 きょとんとしたように、彼女は首を傾げる。よく見れば、瞳と同じ色をしたワンピースは土埃で汚れてしまっている。それでも、彼女は特に気にした様子もなかった。
「どうして助けてくれたの」
「どうしてって……女子供には優しくしろって、言うじゃない?」
 君だって、女の子で、それに子供じゃないか。そう返したら、彼女はそれもそうね、とくしゃりと笑う。
「あなたって、エルフなの?」
 その問いに、彼はびくりと震える。そして恐る恐る頷いた。
「そうなのね。……わたし、エルフって初めて見るわ。本当に耳が長いのね」
 にこにこと、そう笑った彼女の耳は短い。それが、彼と彼女の違い。本当はもっと、違う何かがあるのかもしれないけれど。彼にとっては、それだけが彼女と自分の違いだった。
「僕も。人間、初めて見た」
「そっか。それじゃ、おんなじだね」 
 おんなじ。その言葉が、嬉しかった。

「君の名前を教えて。いつか、きっとまた会いに行くから。僕がもっと強くなったら」
「うん。良いわよ。わたしの名前は……――」



 あれからずいぶんと時が経ってしまった。あの日。森に戻って、父母は勿論のこと、私は沢山の大人に叱られた。森から抜け出す事はさらに難しくなり、また、人間の恐ろしさを再度教え込まれた。
 それでも。私は彼女にもう一度会いたかった。
 助けてもらう立場ではなくて、彼女と対等に話を出来る男に、私はなりたかった。だから、必死に学び、努力を重ねた。
 確かに人間は恐ろしかった。でも、『彼女』もまた、人間だった。それを私は知ったのだ。

 そうしてまた、私は森を出た。今度はそうやすやすとは他の人間に見つからぬように、フードを目深にかぶり、しかし堂々と背筋を伸ばして。もう、私は幼い子供ではない。まだエルフ族の中では大人とは呼べないが、背は伸び、少しは男らしい身体付きにもなった。
 彼女は一体どんな女性になっているのか。まだ、私の事を覚えていてくれているのだろうか。心臓がどきどきと身体の内で軽快に音を鳴らす。

 あの石畳の上を歩く。意地の悪い少年達に出くわした路地裏。そしてその先には――……。
「そこの少年」
 一人、其処に立ちつくす少年に声を掛ける。振り返った子供の顔には、どこか既視感があった。男にしては少し長い金色の髪。空色の煌めく瞳。
「ガブリエフという名に覚えはあるかい?」
「……ガブリエフは、オレだけど」
「そうか! じゃあ……」
 逸る気持ちを抑えて、彼女の名を告げる。彼女を知っているか、彼女は今どこにいるのか。
 その瞬間、少年は目を丸く見開いた。そして、嬉しそうに微笑んだ。
「ああ、久しぶりに聞いた……ばーちゃんの名前だ」
「ばあ、ちゃん……?」
 笑顔のまま、その少年の空色の瞳が涙で潤んでいく。その涙がこぼれ落ちるのに、そう時間は掛からなかった。

 ――人間とエルフ、そして竜族。生きる時間の流れの速さは、その種族によってまるで違う。人間の一生は、我らと比べれば驚く程に短い。それを忘れてはならぬ。

 不意に、私はそれを思いだした。幼い頃、長老様が教えてくれた事。なんでそんな大切な事を、私は忘れていたのだろう。
「そうか、君の、おばあさまか」
「ああ。そうだよ。オレのばーちゃん。大好きだったんだ……」
 ぽろぽろと涙を流しながら、少年はくしゃりと笑う。その表情に、私は全てを悟った。――嗚呼、私は遅すぎたのだ。

 ――おんなじだね。
 彼女の声が、頭の中でこだまする。まだ、彼女の声も、姿も、私は何も忘れてはいないのに。
 確かに、同じだった。哀しみに涙を流すのも、痛みに血を流すのも。目が二つあるのも、鼻と口が一つずつなのも。だけど。
「時間の流れが、違ったんだ……」
 気付かなくて、ごめん。

 もう一度、彼女の名を口の中で呼ぶ。目の前で涙を流す少年の金色の髪は、確かに私とは違って、彼女と同じ色だった。