昨年春コミで頒布したガウリナ本の書き下ろし短編、二作目です。
未来の二人。二人の幸せを夢見て。
------------------------------------
――それはまるで、夢を見ているみたいに現実感が無くて。ふわふわと足取りがおぼつかなくて、胸がいっぱいで。
顔が熱い。なんだか涙腺が熱くて、悲しくもないのに泣きそうになって、なんとかそれを抑え込んで。……オレはどうやら、今、『幸せ』というやつに直面しているらしい。
*
あたしの視界は今、ひらひらとした白でうっすらと滲んでいた。
ステンドグラスから赤や青のカラフルな光が差し込んで、教会の床をきらきらと彩っている。静かで澄んだ空気がその場を満たして、いくつも感じる、喜びと好奇心を湛えた視線。神々しく祀られた、の像。
それらを全部、あたしは薄くて白いベールの向こう側に見ている。
珍しく正装した父ちゃんの腕を取って、あたしは紅い絨毯の上をゆっくりと歩いた。着なれないまっ白なウエディングドレス、履きなれないヒールの靴に足元がおぼつかなくて、あたしはあたしのつま先を見つめる。
「――リナ」
あたしにしか聞こえないような小さな声で、父ちゃんが囁いた。視線をつま先から目の前に移す。白いベールの向こう側で、笑顔の相棒が立っていた。
白い手袋越しに、手を触れる。温かい手。ベール越しに見えるガウリイのブルーの瞳が、少しだけ潤んでいるように見える。
神官様の言葉を聞きながら、あたしはずっとガウリイと出会った頃の事を考えていた。あの頃、あたしは今よりもずっと幼かった。年齢だけでなく、心もきっと、幼かった。彼と旅をするようになって、あたしは自分の未熟さを知ったし、人と共に生きる難しさと楽しさを知って。そうして気付かぬ間に得ていた、誰かに背中を預ける事が出来る幸せを、あたしは今になって噛みしめている。
――ばあちゃんの遺言なんだ。女子供には優しくしろってね。
いまだに鮮明に思い出せる、彼の声。あたしは、初めて共に旅した人がガウリイで良かった。人を見る目には自信があった。それでも、共に旅しなければ分からなかった事が沢山あって。
こんなにあたしを信じてくれた人を、こんなに「信じられる」と思えた人を。あたしは家族以外には知らない。
指輪の交換に、ガウリイがあたしの手袋をそっと外した。冷たい空気に触れて、小さく肩を竦ませる。でもすぐに、温かいガウリイの手に守られる。すぐに、薬指に嵌めた銀色の指輪が輝いた。
「それでは、誓いのキスを――」
向き合ったガウリイの、薄い葡萄色のタキシード。ゼフィーリアらしいと言ったのは姉ちゃんだっけ。……あああ、なんだか恥ずかしくなってきた。
「リナ」
そっと、ガウリイが掠れた声であたしを呼んだ。
そんな声で呼ばれてしまったら、あたしは顔を上げるしかない。――なんで貴方の方が、泣きそうな顔してんのよ。
思わず苦笑してしまいそうになって、それと同時に、あたしも胸の奥が締め付けられて。ベール越しのブルーの瞳が揺れている。そんなガウリイに、あたしは分かりやすく口角を上げてにっと笑って見せた。ほら、晴れの舞台なんだから。
彼がベールを外しやすいように、あたしはそっと目を伏せた。ゆっくりとベールを持ちあげる手の熱を、触れていないのに感じる。彼の傍にいると、安心する。
「……、」
頬を撫でる風を感じて、あたしは瞼を開いた。すぐに目に映る、ガウリイの顔。さっきよりももっと鮮明に。鮮やかな金色と、潤んだ空色。
「――ガウリイ」
小さく、小さく呼んで、あたしは目をもう一度閉じた。
*
昨日までの雨が嘘だったみたいに、空が気持よく晴れている。世界がオレ達を祝福しているみたいだ。そう言ったら、たぶんリナは恥ずかしがって、照れ隠しに怒るのだろう。確かに、ちょっとらしくない言い回しかもしれない。
隣で笑うリナの白いウエディングドレスは、今、淡いピンクやブルーの花弁でいっぱいになっていた。世界一綺麗だと思う。――ああ、オレ、今日は本当に浮ついているかも。
「おめでとう!」
今日何度言われたかわからない言葉に、オレはまた返す。
「ありがとう!」
それだけでまた一つ幸せになった気がする。我ながらなんて単純なんだどう。――でも、今日くらい、良いじゃないか。
「ねえガウリイ」
「どうした?」
緊張と興奮でか少し上気した頬のリナが、これ以上ないくらい、輝く笑みを浮かべてオレの手を取った。
「ウエディングケーキ、セイルーンの職人に頼んで特注で作ってもらったんですって。食べに行きましょ!」
「……ああ、そりゃ楽しみだな」
甘い匂いがする。隣で、ドレスがキツイからあんまり食べられないかも、なんて不満を口にするリナの横顔が眩しい。この日の為に来てくれた、知り合いの顔がケーキを囲む人々の中に見える。
これ以上ないくらい、鮮やかな世界で。オレは、今確かに幸せを感じていた。
未来の二人。二人の幸せを夢見て。
------------------------------------
――それはまるで、夢を見ているみたいに現実感が無くて。ふわふわと足取りがおぼつかなくて、胸がいっぱいで。
顔が熱い。なんだか涙腺が熱くて、悲しくもないのに泣きそうになって、なんとかそれを抑え込んで。……オレはどうやら、今、『幸せ』というやつに直面しているらしい。
*
あたしの視界は今、ひらひらとした白でうっすらと滲んでいた。
ステンドグラスから赤や青のカラフルな光が差し込んで、教会の床をきらきらと彩っている。静かで澄んだ空気がその場を満たして、いくつも感じる、喜びと好奇心を湛えた視線。神々しく祀られた、の像。
それらを全部、あたしは薄くて白いベールの向こう側に見ている。
珍しく正装した父ちゃんの腕を取って、あたしは紅い絨毯の上をゆっくりと歩いた。着なれないまっ白なウエディングドレス、履きなれないヒールの靴に足元がおぼつかなくて、あたしはあたしのつま先を見つめる。
「――リナ」
あたしにしか聞こえないような小さな声で、父ちゃんが囁いた。視線をつま先から目の前に移す。白いベールの向こう側で、笑顔の相棒が立っていた。
白い手袋越しに、手を触れる。温かい手。ベール越しに見えるガウリイのブルーの瞳が、少しだけ潤んでいるように見える。
神官様の言葉を聞きながら、あたしはずっとガウリイと出会った頃の事を考えていた。あの頃、あたしは今よりもずっと幼かった。年齢だけでなく、心もきっと、幼かった。彼と旅をするようになって、あたしは自分の未熟さを知ったし、人と共に生きる難しさと楽しさを知って。そうして気付かぬ間に得ていた、誰かに背中を預ける事が出来る幸せを、あたしは今になって噛みしめている。
――ばあちゃんの遺言なんだ。女子供には優しくしろってね。
いまだに鮮明に思い出せる、彼の声。あたしは、初めて共に旅した人がガウリイで良かった。人を見る目には自信があった。それでも、共に旅しなければ分からなかった事が沢山あって。
こんなにあたしを信じてくれた人を、こんなに「信じられる」と思えた人を。あたしは家族以外には知らない。
指輪の交換に、ガウリイがあたしの手袋をそっと外した。冷たい空気に触れて、小さく肩を竦ませる。でもすぐに、温かいガウリイの手に守られる。すぐに、薬指に嵌めた銀色の指輪が輝いた。
「それでは、誓いのキスを――」
向き合ったガウリイの、薄い葡萄色のタキシード。ゼフィーリアらしいと言ったのは姉ちゃんだっけ。……あああ、なんだか恥ずかしくなってきた。
「リナ」
そっと、ガウリイが掠れた声であたしを呼んだ。
そんな声で呼ばれてしまったら、あたしは顔を上げるしかない。――なんで貴方の方が、泣きそうな顔してんのよ。
思わず苦笑してしまいそうになって、それと同時に、あたしも胸の奥が締め付けられて。ベール越しのブルーの瞳が揺れている。そんなガウリイに、あたしは分かりやすく口角を上げてにっと笑って見せた。ほら、晴れの舞台なんだから。
彼がベールを外しやすいように、あたしはそっと目を伏せた。ゆっくりとベールを持ちあげる手の熱を、触れていないのに感じる。彼の傍にいると、安心する。
「……、」
頬を撫でる風を感じて、あたしは瞼を開いた。すぐに目に映る、ガウリイの顔。さっきよりももっと鮮明に。鮮やかな金色と、潤んだ空色。
「――ガウリイ」
小さく、小さく呼んで、あたしは目をもう一度閉じた。
*
昨日までの雨が嘘だったみたいに、空が気持よく晴れている。世界がオレ達を祝福しているみたいだ。そう言ったら、たぶんリナは恥ずかしがって、照れ隠しに怒るのだろう。確かに、ちょっとらしくない言い回しかもしれない。
隣で笑うリナの白いウエディングドレスは、今、淡いピンクやブルーの花弁でいっぱいになっていた。世界一綺麗だと思う。――ああ、オレ、今日は本当に浮ついているかも。
「おめでとう!」
今日何度言われたかわからない言葉に、オレはまた返す。
「ありがとう!」
それだけでまた一つ幸せになった気がする。我ながらなんて単純なんだどう。――でも、今日くらい、良いじゃないか。
「ねえガウリイ」
「どうした?」
緊張と興奮でか少し上気した頬のリナが、これ以上ないくらい、輝く笑みを浮かべてオレの手を取った。
「ウエディングケーキ、セイルーンの職人に頼んで特注で作ってもらったんですって。食べに行きましょ!」
「……ああ、そりゃ楽しみだな」
甘い匂いがする。隣で、ドレスがキツイからあんまり食べられないかも、なんて不満を口にするリナの横顔が眩しい。この日の為に来てくれた、知り合いの顔がケーキを囲む人々の中に見える。
これ以上ないくらい、鮮やかな世界で。オレは、今確かに幸せを感じていた。