どもですあきらです!
2022年のオンリーで参加させて頂いたガウリナアンソロジー『ガウ恋』に寄稿させて頂いたSSの発表許可がおりましたので、こちらとpixivに掲載させていただきます~♪
テーマは『ガウリイがリナに初恋をする話』です。なかなか難しいテーマでしたが頑張って書きました。
ではでは、本編は以下からです~。
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「若返りの効果~?」
古びたマジックショップ、胡散臭い店主に『幻のアイテム』だと言って見せられたのは、小さな魔法石の付いたブレスレット型の『宝石の護符(ジュエルズ・アミュレット)』だった。
「そう、その効果はもはや『呪い』と言える程の強力さ。身に着けた者を必ずイイ感じに若返らせるという代物でね……、」
大げさに芝居がかった仕草で囁きながら、店主のおっちゃんはそのブレスレットを布越しにつついて見せる。そんな店主にあたしは小さく肩を竦めて。
「生憎だけど、あたしは今でもじゅーぶん若者だから、若返る必要なんてこれっぽっちもないわ」
肌も髪も、それなりにちゃんとお手入れしているから綺麗に保っているつもりだし……。というか、そんな効果が本当にあったら絶対にこんな古びたマジックショップで、二束三文で売っているわけが無い。胡散臭いにも程がある。
「お嬢ちゃん、それがね……このアイテム、若返らせるのは『頭の中身』って話なんだよ。頭の回転や記憶力に自信は? フレッシュに若返るかもしれんよ?」
――『かもしれない』って……さっきは『絶対』って言ってた癖に。まったくイイカゲンなんだから。
「ハイハイ。で、値段は?」
「銅貨十枚」
「や……す……いや微妙な所ねー……」
「ははは、お嬢ちゃん歯に衣着せないね~」
ブレスレット自体のデザインは悪くはない。シンプルな装飾の銀の素材に、一つ、煌めく翠の石の嵌った腕輪である。
ただ、効果の程も分からない胡散臭いアイテムをわざわざ買う必要は無いだろう。
「それは買わなくて良いわ。さっきのドラゴン革の手袋だけ包んで貰える?」
「はい、毎度あり。――じゃ、そちらのお連れさんは? 彼も何か買うかね」
あたしの言葉に頷いて、店主のおっちゃんはあたしの後ろを指さした。振り向けば、連れのガウリイが柱に寄りかかって腕組みをしている。……そして盛大に居眠りしている。―おい。
「ちょっと、ガウリイ!」
「……お、なんだ。もう買い物終わったか?」
あたしの声にはっと顔を上げて、彼は小さく欠伸をしてみせた。
「今終わるとこよ。……って、あ、」
そこでふと。あたしは思いついた。……さっきのブレスレット。確か『頭の中身』を若返らせると言っていなかったっけ? ―旅の連れ、自称保護者ガウリイ君。剣の腕は超一流だが、頭の中にはふやけたワカメが詰まっている。頭の回転が遅いとは思わないが、教えたことをすぐにすっぱり忘れてしまうのは彼の悪癖である。彼もあたしと同じく十分に若いはずだが、もう少し若い頃は記憶力だって今より少しは良かった、かも?
「……。ねえ、ガウリイ。貴方、少し若返ってみる気ない?」
「はあ?」
首を傾げる彼に構わず、あたしは店主に向かって振り返る。銅貨十枚、懐から取り出して。それを見たおっちゃんは何も聞かずとも察したようで、ソレをあたしに差し出した。――若返りのブレスレット。
「ま、物は試しって事で」
銅貨十枚なら、まあ、例え効果が無くても店主に革手袋の方をまけて貰う事で許してあげよう。
マジックショップの店内、買ったその場であたしはくるりとガウリイに向き直った。
「若返り効果のあるブレスレット、ですって。貴方の記憶力、良くなるかもよ?」
「えー、そんなもん信じたのかお前さん?」
「まあね。……ほら、効果が無かったらそれあたしが代わりにアクセサリーとして使ってあげるからさ」
「さてはそっちが目当てだな?」
呆れた顔で、しかし存外に素直に左手を差し出した彼に笑って。あたしはその手にブレスレットをするりと嵌めてみる。少し小さいかと思われたそれは、嵌めてみると何故か彼の手首にぴたりと嵌った。
「……、」
「……どう?」
「んー、別に、特になんとも……?」
ぱちくりと瞬きを繰り返すガウリイの姿に、変化は無い。……やっぱり『若返り』なんて嘘っぱちのただの腕輪だったか。
「ちょっとおっちゃん」
――やっぱり効果なんて無いじゃない。……と、振り返り、店主に詰め寄ろうとして。
背後、急に何か漂う空気が変質したのをあたしは感じた。背中をぞわりと伝う寒気のような、何か。
「……な、に?」
もう一度、あたしはガウリイに向き直る。
「……、」
「ガウリイ?」
自称保護者の青年は、ただ目を瞬かせてあたしを見下ろしていた。その姿に、特に変化は無い。けれど。
「………………あんた、誰だ?」
◇
オレの言葉に、目の前の少女は驚いたように目を見開いた。栗色の髪に、どんぐり眼の女の子。
「……ちょ、ちょっとガウリイ? 冗談よね……?」
どうやら知り合いだったらしい。不安げな顔をする少女に慌てて、オレは頭を掻いて訂正をする。
「あー、すまん冗談だ。……久しぶり、だよな?」
笑って誤魔化して。けれどそれは、少女の青い顔を更に青ざめさせただけだった。
「……っ!」
目の前の少女。――たぶん、オレと同じくらいの年頃の少女は、焦ったようにその場に居るもう一人の男に食ってかかる。何やら激しく言い合っているようだが、内容はよく分からなかった。
そもそも、ここは何処だろうか。雑貨屋のように見えるが、こんな店に来たことは無かったはずだ。
……気が付いたら見知らぬ場所に居た。いくら、日頃親や大人にぼんやりしていると言われるオレでも、こんな事は初めてだ。これは緊急事態なのではないか……?
「なあ、あんた」
少女の随分小さい背中に声を掛ければ、彼女はぴたりと動きを止めてこちらを向いた。
「此処、どこだ? 帰るから、エルメキアのどの辺か教えて欲しいんだが」
「……、」
沈黙。雑貨屋の店主らしい男に目を向けても、彼もまた気まずそうに目を逸らす。
「えーと……、」
困った。こういう時はどうすればいいんだったか。ばあちゃんの教えにもそんなのは無いはずだ。
「……ん?」
ふと、目に留まったのは店の商品らしい小さな鏡。なんとなく、それに姿を映して。――そして、そこに映っていたものにオレは言葉を失った。
「…………は?」
どう見ても、自分では無かった。いや、自分だ。自分であることは分かる。けれど、明らかに今の自分より十は年を重ねた大人の男の姿。
「なんだ、これ」
ぐらりと、足元が揺れた。何が何だか分からないのに、大変な何かが起きている事だけは分かる。その場で崩れ落ちそうになるのを、オレはなんとかぎりぎり踏みとどまった。
「ガウリイ……あたし、……」
それは目の前で、少女がオレよりも傷ついた顔をしていたから。
――ごめんなさい、と。消え入りそうな声で囁かれた声は、何故だかやけに胸に刺さった。
◇
リナと名乗った少女は、オレの旅の連れだと言った。数年は旅を共にした仲間だと。嘘か本当かオレに判断は出来ないが、嘘をついているようには見えないから、とりあえず信じてみる事にする。でないと、今のオレの状況に説明がつかないし。
「――マジックアイテムによる呪い、ねえ……」
リナに連れられ訪ねた街の魔法医は、さっきまでオレの腕に嵌っていた、謎の銀の腕輪を観察しながら大真面目に困った顔をしている。
「忘却の魔法、呪いの類への解呪の術は一通り掛けてみたけどねえ、どうも効いていないようだね。―何年か分の君の記憶は、どうやら頭からすっぽり抜け落ちてしまっているようだ」
「……そう、ですか」
医者の言葉に、隣で少女が力なく項垂れた。……なんだか、凄く申し訳ない気持ちになってきたなあ。
「ちなみに君、今いくつなんだい?」
「ああ、えっと……この前誕生日が来たばかりだから、十四かな」
「……っ」
隣で、少女が息を飲む音がする。
「申し訳ないが、僕にはこれ以上何も出来ない。ガウリイ君、君が今失っている記憶は、丸々呪いで頭から破壊されて消えてしまったのか。それとも、頭の奥で封印されて眠っているのか。どちらか分からないが……もし後者だとしたら、まだ可能性はある」
「可能性……?」
「この手の呪いは、何かのきっかけで解ける事もある。もしかしたら明日解けるかもしれないし、一生解けないかもしれない。もし解けるとしたら、……そうだね、その忘れてしまった記憶の中にあるものを、君が強く思い出したいと願う事が出来れば、あるいは」
医者の言葉を反芻する。強く思い出したいと願う事が出来れば、思い出す事が出来るかもしれない。……なんだそりゃ。
「そりゃ、思い出したいとは思うけどな……」
けれど、その思い出をすっぽり忘れてしまっていて内容なんて分からないのだから、どうしようもない。どのくらい大切な記憶なのかとか、それ自体が分からないのだ。……まあでも、いきなり十歳くらい年を取ってしまったみたいで、その間の記憶が無いというのは正直しんどいものがあるけれど。
「――ま、あたしに任せなさい」
「……リナ?」
「これでも天才美少女魔道士ですからね。貴方の記憶くらい、あたしが取り戻してあげるわよ。―だから、安心していいわよ、ガウリイ」
そしてブイサイン。……どうやら、彼女なりに元気付けようとしてくれているらしい。
「ありがとうな」
「んーん。元はと言えばあたしが悪いんだし……、絶対、なんとかするから」
それじゃ、ご飯食べに行きましょうか。そう言って笑った少女は、なんだかとても頼り甲斐があった。
「……で、リナとオレってどういう関係なんだ? やっぱり恋人なのか?」
「でぇっ⁉」
オレの言葉に変な奇声を上げて、リナは食べていた三杯目のポタージュスープを噴き出した。――それにしてもよく食うなあ。女の子って皆こんな感じなのか。
「ちち違うわよっ! ただの旅の連れよ、ただの!」
「ふぅーん?」
「……ていうか、ガウリイもそういう事気にするのね」
「当たり前だろ? 年頃の男女だぞ」
「ああ、うん……まあね」
ごにょごにょと口を尖らせて、リナはナプキンで口の回りを拭いて、今度は皿の上のチキンを頬張る。
「リナって凄い食うんだな。まあ、オレも似たようなもんだけどさ。オレと同じくらい食う女のヒト、初めて見たなー」
まあ、まず知り合いの女性が少ないというのはある。オレの回りの女の人は、母親とばあちゃんと、それから家のお手伝いさんくらいのもので。
「何言ってんよ。食べるってのは生きる事そのもの! 旅するってのは頭も体力も使うし、身体の為にも食べられる時には食べなきゃダメよ。……と、言うわけで、そのウィンナー貰いっ!」
「あっ⁉ それ、オレのウィンナーっ!」
「ふふん、甘いわねガウリイ。食事ってのはね、戦場なのよっ!」
「くそーっ、このエビチリは渡さんからなっ」
家での食事はいつも静かで、テーブルマナーもわりと厳しい。だからこんな、ざわざわと騒がしい飯屋で好きなモノを好きなように食べる食事は、ほとんど初めてと言って良い。……大人になったオレは、毎日こんな風にリナと飯を食べているのか。
なんだかそれは、とても羨ましい。
「……楽しいな」
ぽつりと、無意識に零れてしまった声は、リナには届いていないようだった。
◆
リナと、自分の記憶を取り戻す為に奔走し始めて、一日が経ち、二日経ち、三日経った。魔道士協会に頼ってみたり、図書館に立ち寄って魔道書を漁ってみたり。オレは魔道書なんてまともに読めないから、その間は彼女の隣にぼんやり座っている事しかできないのだが。
――早く、記憶を取り戻してやりたい。
日に日に、その気持ちは強くなっていくのに、どうしても記憶は戻らない。オレの為に、必死になって一日中分厚い本を読み漁ったり、あの雑貨屋を何度も訪ねたりするリナを見ていると、ありがたさと同時に、申し訳なさで情けなくなって。
なんで、彼女はこんなにもオレの為に必死になってくれているのだろう。彼女にとってオレは、一体どういう存在なのだろう。……オレにとっての彼女も、また。
――夜。暫く滞在している宿の部屋で、オレはなんだか眠れなくなって部屋を出た。中庭に出て、剣でも振れば少しは気が晴れるかもしれない。……そういえば、手持ちの剣がなんだか不思議な剣で、それが少し驚きだった。光の剣でないということは、あれはオレではなく、兄のモノになったという事なのだろうけど。
「……はあ」
小さく溜息をついて。……外に出れば、少し冷たい風が肌を撫でる。そのまま中庭に出れば、そこには先客が居た。庭に面したベンチに腰掛ける、栗色の髪に黒いマントの後ろ姿。
「リナ」
「ああ、ガウリイ。貴方も眠れなかったの?」
振り返ったリナは、笑って空を見上げる。……今日は綺麗な月夜だ。澄んだ空気で、きらきらと星が輝く。
「ああ、お前さんも?」
「そうね」
「そうか」
暫く黙って。それからオレは、彼女の隣にそっと腰掛けた。
「……なあ、お前さんて、本当にオレの恋人じゃないのか?」
「だから違うってば!」
言って、それから彼女は苦笑してみせた。
「まあ、よく分かんないけどさ、あいつの考えてる事なんて。……出会って間もないのに、あたしの『自称保護者』なんて名乗っちゃって。それからずっとあたしと旅を続けてきて……」
「自称保護者? なんだそりゃ」
「分かんない。……ふふ、おっかしいわね」
「――あのさ。聞かせてくれないか? お前さんとの旅の話。色々……もっと詳しく」
「ええ、勿論。……そういえば、なんで話してなかったのかしらね。ごめんなさい、なんかあたし凄く動揺しちゃっててさ」
「そりゃ、動揺して当たり前だろう」
オレが大混乱なのは当たり前だが、一緒に旅してきた仲間が自分の事をすっぱり忘れてしまうだなんて、そんなの同じくらいショックは大きいに決まっている。
「――いいわ。それじゃ、あたしと貴方が出会った時からの話、してあげる」
それから、リナは色々な話をしてくれた。いきなりしょっぱなから魔王と戦った話とか、魔族や暗殺者に狙われて大変な目に遭った話とか。……それから、光の剣の話とか。
光の剣。代々ガブリエフの家に伝わる、伝説の剣。あまり、オレにとってはありがたいモノではなくて。あの剣のせいで色々と嫌な思いをしているから。――けれど、そうか。オレはあれを継承して、そしてリナと一緒にあの剣を携えて旅をしたのか。
「元を正せばあたしのせいで、あの剣は失われちゃったのよ……ごめんなさい。――だから、一緒にその剣、見つけたの。良い剣でしょ、それ。それも一応伝説の剣だからね」
「へええ……そうなのか」
それ、と言われて手にした剣を眺める。まだ戦いに使ってはいないから分からないが、良い剣ということは、触れているだけでも感じ取れた。
「なんか、あんまりショック受けてないわね。家に代々伝わる剣、失くしちゃったのよ?」
「はは、まあな。だって、強い魔族と戦った時に無くなったんだろ? それなら、仕方ない。生きてこうしてお前さんと旅できているだけで幸運だったんだよ。……それにほら、今お前さんが言った通り、代わりに剣を見つけて貰ったんだろ? なら、いいさ」
「……そっか」
「おう」
頷いて見せれば、彼女は少しだけほっとしたような顔をして。それから。
「ガウリイ」
「うん?」
向けられた強い視線。オレを射抜いたその瞳は、何かを決意したような光を灯して。
「――ごめん。最初に、あたし『絶対なんとかする』なんて言ったけど、百パーセント大丈夫なんて、言い切れないわね。もしかしたら駄目かもしれない。……だけど、だけど! あたしは諦めない。それに貴方がもし、万が一、一生あたしとの記憶を思い出せなくても、それで失望したりなんてしない。見捨てたりもしない。……ずっと、一緒にいる。あたしが面倒みたげるから、ね」
――だって、貴方今十四歳なんだもんね。あたしより三つも年下なんだから。……だから、心配しないで。
そう言って、彼女はオレの頭をおもむろにわしゃわしゃと撫でた。
オレは急な事にぽかんとして。それから。
どくん、と心臓が一度、大きく跳ねた。
――なんだ……、これ?
急に胸が苦しくなる。どくんどくんと、鼓動が速い。目の前のリナがひどくきらきらして見えて、なんだか目を合わせていられなくなって。
「…………………………おう」
なんとか絞り出した返事は、やけに小くなった。
「なーによ、赤くなっちゃって。もしかして照れてるのかな~? うりうり」
「っ、や、やめいっ ほら、もう遅くなっちまったし、早く部屋に戻るぞ!」
慌ててベンチから立ち上がる。
「はいはい。じゃ、また明日ね。おやすみ」
自室に戻って、オレはなんだか堪らない気持ちで、ベッドの中で膝を抱えて丸まって。
たとえ、記憶が戻らなくても。彼女はオレの傍に居てくれるのか。……その言葉にやけに安心してしまう。嬉しくなってしまう。――なんだか変だ。彼女が居てくれるなら、このままでもいいかもしれない、なんて。そんな馬鹿げた考えまで頭に浮かんで。
「……いや、いや、いや。それは駄目だろ」
だって、あの子はあんなに必死にオレの記憶を取り戻そうと、頑張ってくれているというのに。何を考えているんだろう、オレは。
「…………、」
結局、まだ眠れない。ぐるぐると、取り留めもない考えが頭の中で浮かんでは消えて。さっきまでのリナとの会話を、何度も何度も反芻しては、オレは彼女に撫でられた頭に触れる。
まるで浮かれているようで。……一体何に? そんなの、答えは一つしか無いじゃないか。
――そういえば。
ふと、オレは先ほど、リナに聞きそびれていた事を思い出した。新しい、剣の名前だ。
「リナ、まだ起きてるかな……」
おやすみを言った後なのに、またドアをノックしたら迷惑だろうか。きっと迷惑だろう。……なのに、オレはベッドから出て、そして気が付いたら自室のドアを開けていた。
そっとリナの部屋の前に立つ。勢いのままに、ドアをノックしようと拳を軽く握って。――そして、その声を聞いた。
「……っ、ぐす……」
それは、押し殺したような誰かの啜り泣く声。……誰かじゃない、リナの声だ。ドア越しに聞こえてくる、リナの悲痛な声。
「ぅっ……っ、りぃ……ガウリイ……っ」
――…………。
オレは、ノックの為に振り上げたこぶしを握ったままゆっくりとその場に下した。
「……、」
――オレは馬鹿だ。
自分だって分かっていたはずだった。オレが記憶を失った事で、彼女もまたひどく傷ついている事を。動揺している事を。
くるりと回れ右をして、そっと足音を立てずに自分の部屋へと戻る。そしてオレはベッドに潜り込んで頭から毛布を被った。
悔しくて、情けなくて。泣きそうな程に、自分で自分に腹が立つ。彼女の優しさに浮かれて、もう記憶を思い出さなくてもいいかも、なんて、一瞬でも思ってしまった自分自身を殴ってやりたい。
あんな風に声を押し殺して泣く、リナの事を抱きしめてやりたいのに、オレにはそれは出来ないのだ。だって、彼女が求めているのはオレではなくて。
さっきまで馬鹿みたいに浮かれていたのに、今は死にたいくらいに落ち込んでいる。……ああ、これはきっと。失恋なのだ。今夜、オレは初めての恋をして、そして失恋した。
「はは、なんか、嘘みたいだな……」
オレは、力なく笑って枕をぎゅっと抱きしめた。
今すぐに、全てを思い出したい。彼女と旅した冒険の記憶を、全て。教えて貰っただけじゃ、実感が無い。その時の、彼女の顔を、声を、背中を合わせて戦った感覚を。そのすべてを、知らないなんて耐えられない。
――そもそも、なんで大人のオレはリナと恋人同士になっていないんだ!
数年も一緒に旅をしたのなら、オレが彼女を好きにならないはずがないのに。大切に想わないはずがないのに。きっと、気持ちを伝えられていないだけに決まっている。なんて意気地が無いのだ、大人になったオレは。
「……くそっ」
早く、思い出したい。その気持ちが強く強く、胸が苦しい程に暴れだす。ついさっきまで、『必死な彼女の為に」思い出してやりたい、なんて思っていたのが、今は。百パーセント、自分の為に。
まどろみに落ちるまで、オレはその気持ちで頭がいっぱいのまま、ぎゅっと枕を抱きしめ続けていた。
◆
そして翌朝。オレは全てを思い出していた。
「…………、なんで?」
呆気ない記憶喪失の終わりに、オレは首を捻って。
そして不意に、数日前の医者の言葉を思い出す。
――その忘れてしまった記憶の中にあるものを、君が強く思い出したいと願う事が出来れば。
「……そういう事かあ」
オレはそっと苦笑して。そして、部屋を出る。
明るい陽射しが廊下に差し込み、爽やかな朝の空気はひんやりと気持ちがいい。隣の部屋に、リナはもういなかった。階下の食堂に居るだろう。
「……リナ!」
オレは彼女に呼びかける。ぴくり、とその声に反応した背中は、恐る恐ると言った様子でゆっくりと振り返って。その、どこか何かを期待するような、それと同時に不安を浮かべた顔に、オレは苦笑いをして。
「待たせたな。……遅くなっちまって、ごめんな」
ぽりぽりと頬を掻いて。それから、彼女の頭をくしゃりと撫でた。そんなオレに、彼女ははっとしたように目を見開いて。くしゃりと一瞬歪んだ顔が、すぐに泣き笑いのそれになる。
「っ……、ううん、お帰りガウリイ」
「……おう、ただいま」
おしまい
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