てんもく日記

ヒゲ親父が独特の感性で記録する日記。このブログがずっと未来に残るなら、子孫に体験と思いを伝えたい。

短編小説「池」

2010年02月25日 19時30分00秒 | 【ヒゲ親父】思考日記
短編小説を書いてみた。実は自信作である。
辛抱強い人は読んでみて下さい。

「池」
今日もまったく暑くなりそうな、ある夏の朝である。とある田舎の村に、それは大きな大きな屋敷があった。その屋敷は、周りを石塀で囲っており、外からは容易に中を見れない造りになっている。家は100年以上は経っていると思われるが、それほど古臭く感じない。屋敷は、その建物と北側に蔵が2つ、離れの茶室と、1000坪はあろうかの庭がある。村人たちからは大地主様と呼ばれていた。
村一番の大金持ちのその主人は、大きな体格で、腹がどっぷりとでており、顔はふっくら、少し赤ら顔で、白髪が混じっている無精ひげも生やしている。日中はそれなりに派手好みの着物を着るが、今日に限っては汚れてもいいおとなしい着物をきていた。
このご主人、まもなく60歳を迎えるという。

商売は、隣の町で店を構え何代も続く卸問屋を営んでいるが、今は既に息子にまかせており、この主人は悠々自適にこの実家の田舎の村で隠居生活を楽しんでいるのだ。

屋敷の東側には庭に沿って、長く続く縁側がある。その縁側の中央に主人が胡坐をかいて座り、お茶をすすりながら、愛用のタバコmidoriを満足そうに吸っている。
縁側より庭に下りたところに、黒い作業着を着た60歳を越えたと思われる小柄で痩せの男が、申し訳なさそうに立っている
この男、同じ村にある土木作業の吉崎組の棟梁である。棟梁の後ろには10名の吉崎組の土木作業者が並んで立っている。吉崎組は、川の護岸工事や、用水の補修作業などを請け負っている組で、棟梁は2代目とのことである。
作業者の面々は見たところ50歳前後の者ばかりで、皆作業をしやすい作業着をきて、頭には鉢巻をしている。持参したのは、スコップ、鍬、土を運ぶ麻袋、ツルハシ、その他いろいろな用具が庭に寝かして置いてある。

大地主の主人が呟いた。
「ぼちぼちはじめるか」愛用のタバコmidoriを灰皿に練りつぶして、大きな巨体を揺り動かした。
その手入れの行き届いた庭には、無駄な雑草が見当たらない。
主人は、草履を履いて庭に下りると、そのまま何歩か歩き庭の中央へ立った。
棟梁と作業者達は顔で主人の動きにあわせて、体を反対に向きかえる。
庭の中央の主人の側には、大小の石のかたまりがあった。
子供の背丈ほどある大石が3つばかり、子供の胴体ぐらいの大きさの石が10個ばかり、
そのほかにも子供の顔くらい石、子供の手のひらくらいの石、そして小さな石が、
それぞれたくさんあって、一箇所に集め置かれている。さながら、庭に石山のがあるようにも見えるのだ。

主人がこちらを振り向いて言う。
「この石を全部使うぞ。」
棟梁が「へい」と返事して主人の側まで寄った。
朝陽が目に入って眩しかったのか、主人は又、顔をそむけて、その石山から数歩横に歩いた。しばらくのところでおもむろに草履で地面にしるしをつけた。
主人は「ここから」と棟梁に向かって言った。
棟梁は「へい」
主人は少し左のほうへ歩いて、足を止める。
「ここまで」とまた草履で地面にしるしをつけた。
棟梁は、また「へい」とうなずいた。
棟梁はそのまま、主人がしるしをつけたその場所を、4名の作業者に支持し、2名づつ、しるしの部分からスコップで掘らせ始める。
主人は、また縁側へ戻り、愛用のmidoriにマッチで火を付けた。

そう、彼らは池を作るのだ。
主人好みの池を作るのだ。
池の形は、いまだ、この主人の頭にあり、これから直接指示をして池を作ろうとしているのである。
主人が棟梁へ指示を出し、棟梁が各作業者へ指示を出し、作業者が穴を掘ったり、土をかき出したり、運んだりするのだ。

主人がタバコを吹かしながら、また庭に下りてきて、しるしをつけた、ちょうど中央付近に立つと
「ここらへんの深さを三尺ぐらいにする。」と言った。
また、棟梁は「へい」と言う。
主人は「ここら辺は浅瀬で頼む」「ここらへんにあの大きな石を置き島にする」
「ここら辺は夫婦岩みたいで頼む」と言っては地面のあちらこちらを歩きながらしゃべっている。棟梁は、主人の後を突いて回りながら「へい」「へい」とまるで壊れた蓄音機のように言い続けた。
主人は、また、縁側に戻り胡坐をかいて座った。女中が新しいお茶を持ってきたので、それを口にする。
ちょうど太陽が庭全体を照り始めて、いよいよ暑くなる時分である。
その頃、ご婦人がやってきて主人の名を呼んだ。
「あんた、鯉屋の源さんがおいでなすったわよ。」
「そうか、こちらへ廻るよう言ってくれ」

「ご主人様、お早うございます」と言って入ってきたのは、鯉や金魚を売って商売している源さんであった。
「ああ、ごくろう、ごくろう」主人は言った。
「魚のほうは、いつお持ちすれば良いですかね」源さんが言うと
「そうだな、夕方にしてくれるか」と言った。
「わかりました。」
それから主人は、
「あっそうそう、金魚も少し、フナとメダカも少しほしいな」と言う。
源さんは、少し顔をしかめると
「ご主人、メダカは無理ですわ、フナなら、そこの川で取りますけど」
と言うと、主人はなんの遠慮もなく
「頼みますよ。メダカも頼みますよ。」と言った。
源さん、少々あきらめて「はい、ではまた夕方にきます。」と主人の前から立ち去っていった。

それからしばらく、主人はタバコを吸いながら、池作りで汗を流している作業者を見ていた。そのうち主人が「あっそうそう、重要なこと言い忘れた。」と言って、また庭へ下りてきて、
「ここから水を引くから」「溝をここからこの池へつなげてくれ」と言う。
この屋敷の横には小さな用水が流れており、そこから庭の池へ水を引くつもりである。
「ただし、最後に池が完成したら水を引くから、それまでは絶対に水を引き込まないようにやってくれよ」そう言うとまた縁側に戻り、タバコを吹かしはじめた。
あげくには、女中にビールとつまみのチーズを持ってこさせ、縁側で一人で飲み始める。
飲んで、食って、吸って、
棟梁と作業者の作業風景を見ながら大変なご満悦な様子である。
そんな中でも、途中、途中で庭に降りてきては、
「ここはもう少し深く堀り」だの
「申し少し広げてくれ」だの、しまいには棟梁を飛び越して直接作業者へ支持を出したりした。
昼飯時ではあるが、今日中に池を完成させたいのか、休憩、休息は抜きで行わせた。主人の方はというと、ビールとチーズを食べ過ぎたのか、そんなに腹は減っていなかった。
「今日で池を完成させるぞ」主人は言った、
あらかた池らしくなってきた。10人の作業者が取り組んだのでそれなりの大きさだ。
主人は、庭に下りてきて言う
「よし、小石を敷いてくれ」「次に大石をそこに置いてくれ」
「その大石をここと、ここに置いてくれ」
石の運搬作業が大変であり、作業者数人で縄とコロをつかって、大石を運び、また数人で石の置く位置をずらしたりしてようやく動かなくなった。

しばらくすると主人は突拍子も無いことを言いだした。
「この石とこの石を焼いてくれ」と子供の顔ほどの大きさの石を3つ指した。
棟梁が戸惑っていると、主人は続けて
「そこに焚き火を作って、焼き石を作ってくれ」と言ったのだった。
棟梁ともう1名の作業者で、
簡易的な暖炉のような枠組みをこしらえて、わらと木を燃やして、上に置いた石を焼き始めた。
太陽はかんかん照りで相当暑い。大変な作業状態となった。
汗は滝のように流れ、中には目まいを起こして倒れそうになる作業者もいた。
主人は、途中で風呂に入ってきて、スッキリとした顔で、また縁側に座り作業と焚き火を見ている。

そのうち、横の用水からの溝も完成し、池の方も石が敷かれて、島がひとつと夫婦岩がある立派な池がようやく完成した。
ちょうど、その頃に鯉屋の源さんが店の者を5人も引き連れて荷車3台に桶とたらいで10こも積み込んでやってきた。
立派な赤白の錦鯉が10尾、ふつうの黒の鯉が10尾、金魚が20尾、フナが5尾、メダカが20尾ほど持ってきた。

主人が言った。
「その熱くなった石を池の中央に置いてくれ」
中央へ石を3つ置くと
さらに主人はまったく不思議なことを言い出した。
「鯉や魚を池に並べてくれ」
源さんがおもわず、「まだ、水が入っておりません」
「いやいや、かまわんそこらへんに魚を置いてくれ」と言うもんだから
源さんも少々呆れて鯉とフナとメダカを池に置いた。
鯉が勢いよくピチピチ跳ねる。フナも、金魚も敷き詰められた池の底でピチピチ跳ねる。その光景を見ている主人は大変満足そうだ。
源さんも、棟梁も、それぞれ作業者みんな
「ああ焼け石に触れるなよ、やけどするぞ、」と心配そうに魚たちの跳ねる様子を見ていた。主人だけは、満足そうに見ている。
ようやく、主人は作業者に言った。
「水を流してくれ」
それを聞いた、近くの作業者は慌てて、用水との境界まで走り、せき止めていたフタを取り外した。
用水から、溝に伝って水は思うよりゆっくりと池へ流れていく、
それでもどんどん流れていく、池の中央にある深溜まりへと少しずつ溜まっていく。
その深溜りがようやく満たされると水は焼け石に触れた。
水がジュウジュウと音を出し、白い水蒸気を出した。
主人はその様子をじーと見て、興奮している様子であった。そのうち、笑みが出ていた。
池の水が少しづつたまりだして、鯉やフナや金魚が泳ぎだした。
しかし何尾かは、ぷかぷかと浮いてしまった。焼け石に触れたのかもしれないし、水が溜まるまで時間がかかったのかもしれない。
メダカは十尾程浮いた。フナが三尾浮いた。錦鯉が一尾浮いた、それを見た源さんはそうとう悲しくなった。
主人が源さんに言う。
「死んだのをすくってくれ」源さんたちは魚の死骸を桶に入れた。
夕日が妙に綺麗だと感じた頃に、池の水はようやく満たされてきた。
しかし、池に異変が起きた。
池の水がだんだん濁ってきたのである。土が染み出て、池は瞬く間に濁ってしまった。
さっきまで、魚を見れていたのに、見えなくなってしまった。
その池の様子を見て鯉屋は「では、そろそろおいとまします」といって、死骸を入れた桶を持って足早に去っていった。
棟梁と作業者もさすがに気まずくなってきたので、
「ではわしらもおいとまします」と主人に頭を下げた。
棟梁がその時ちらりと主人の顔を見ると、その表情はただ呆然としている様で主人は何も言わなかった。
棟梁たちは急いで道具を持ち、そそくさと屋敷を出た。
その帰り道、ずいぶん暗くなってきて、ようやく少し涼しくなってきた。
屋敷からだいぶ離れた田んぼ道にさしかかったとき、
棟梁が急に「あはははは」と大笑いをした。
回りの組の者も、最初は棟梁の笑いに驚いたものの、
その者たちも思い出したかのように「わーははは」と大笑いをし始めた。
真っ暗な田んぼ道に大人10人が大笑いをしながら歩いていた。<終>
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする