夕螺の一言日記

毎日心に浮かんだことなどを書いてみたいと思います。。。(2014年3月13日開設)

2016年 6月28日(火)「三方向からのアプローチ(3)」

2016年06月28日 21時57分35秒 | 「思うこと」
二つ目の企業責任からの賃上げですが、物価を一定とする場合、名目賃上げは実質賃金の上昇となり、絶対的に国民生活の向上に結びつくでしょう。この賃上げは労働者の生活向上からの個人賞にとって絶対的条件です。
しかしこの賃上げも、極端に言えばプール付きの大豪邸に住むような賃上げを言うのではなくて、その社会の発展段階における平均的な生活ができるのに必要な賃上げとなります。
ほとんどすべての商品やサービスは最終的には企業の設備投資なども含めて大衆消費材に価値移転されて消費をされます。ですからその社会の生産力に応じて賃金額も決まります。
要するに賃金とは生活費であり、その社会の商品やサービスを消費するのに必要な貨幣量となります。
労働者の賃金額はこの生活をしながら商品等を消費して次の日も翌年も働き続けられる額に等しくなければなりません。そこには自制台の労働者である子供を育てる費用も含まれます。また働けなくなった両親を養う費用も必要です。
以上のことから必要な賃金額にまで賃上げは必要となります。
賃金額と労働時間は密接に関連します。
同じ賃金額でより長時間労働をすれば賃下げと同じことになります。同時に労働時間の短縮は賃上げと同じ効果がありますので、賃上げは労働時間の短縮と同時並行しながらその割合を決めていくでしょう。
低賃金化と労働時間の長時間化あるいは労働密度をあげることにより、今の社会のように経済矛盾を引き起こすのです。労働者は生産された商品やサービスを消費できなくなり、それは労働力の再生産も困難となります。子供の貧困化や少子化はここから必然となります。生活できる賃金、子供を育てられる賃金そして生活の場での時間を確保するための労働時間の短縮が社会をより豊かにするでしょう。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする