猫猿日記    + ちゃあこの隣人 +

美味しいもの、きれいなもの、面白いものが大好きなバカ夫婦と、
猿みたいな猫・ちゃあこの日常を綴った日記です

いじめの構図。

2010年05月25日 02時22分10秒 | ぶ~すか言ってやる!

 

先日、父の七回忌では、エスパー弟がおそば屋さんに予約をしてくれて、
法事後みんなで食事となりました。
新横浜にある、こちら【高田屋】さんでは、
献杯用の日本酒と、父のぶんのお猪口もちゃんと用意してくれていて...
その配慮が、とても嬉しかったです。

 

はじめから、削減ありきで行われている事業仕分けの本質が、
いったいなんなのかはわからないが。

ニュースなどで見る限り、
ただの『いじめショー』にしか思えないのは.....

私だけだろうか?

 

焼きものも、こんな風にして出てくるのよ。
こういう、ちょっとした演出ってすごい効果的だよね。

 

相手に答える隙を与えないかのような矢継ぎ早の質問に、
答えあぐねた者への追い打ち。

傍聴人とやらのせせら笑いに、
仕分け人の容赦ないもの言い、
湧きあがる拍手。

これを見て、子供たちはどう思うだろう。

たとえば多少の非がある相手であれば、
よってたかって囲み、
追求し、嘲笑し、はやし立てていいと?

 

今回の法事にあたっては、エスパー妹&弟が、いつの間にか
「erimaちゃんはお店を始めたばかりで大変だろう」と、
すべて手配を済ませてくれていて、長姉、申し訳なく思うと共に、
彼らの大人っぷりに、じ~ん.....
当たり前だけど、大きくなったんだねぇ。
エスパー弟なんて、このあいだまで、「そんなこと言ったってもさー!」
とか、鼻水たらして泣いていた気がするんだけど(爆)

 

わざわざ見世物にするのには、
「 さあ、皆さん、これが日頃甘い汁を吸っているヤツらですよ。
 それを我々が今からぐうの音も出ないほどやっつけて差し上げます。
 笑い者にして溜飲を下げてください」
と、そういうことなのだろうか?

あれを見て、本当に「よかった」と思えるとするならば。

その人間はいじめに加担しても、
何も思わない、
または思わなかった者なんだと思う。

流されるまま生きて、死ぬ。

本当に正しい者がいたとするなら、
その人は自分を正しいとは思わないだろうし、
きっと言わないだろう。

 

よく、「自分を信じろ」とか言うけど、
同時に「自分を疑え」がなければおかしいと思う。

 

いつも強い立場にいる者だからといって、
そこから引きずり出して、公開の場で弱い立場に置き、
袋だたきにするなんて。

正しくも強くもない人間のすることだと私は思う。

『馬鹿に権力持たせるとこうなる』の典型が、
あの事業仕分けの光景だろう。

いじめは、卑怯で弱い者がするものと、彼らは知らないらしい。