政府が行動自粛を要請して、3ヵ月になろうとしていますが、
私の生活は、自宅にこもり、スーパーは週一に決めて、それなりのペースを
作ってきました。
”自粛”というこの言葉ほど重いものはありません。
新型コロナウイルスを撲滅させるために、生活行動を自分で決めて責任を持つ、
ということは、当たり前にできるようで難しいようです。
どんなに新しい感染者が出ても、街をうろつく大人と連れられている子供たち。
テレビで観る限りですが、「こんな人たちと暮らしている自分」に嫌気がさします。
そして「開いているから」と言ってパチンコ屋に並ぶ人たち。
気が付いていないんでしょうが、それら全部が自身の健康に結びついていることを
悟れないんだなぁと思っています。
すべて他人事、目の前しか見られない人たち・・こんな大人に育てられる子供たち。
たぶん、こんな”大人”の親もそんな人たちなのでしょう。
嘆かわしいです。
テレビでは『禁止』のテープを貼られた公園の遊具を見て泣く子供と
不平を言う母親を写していましたが、なぜ、こうなった事態を
子供に説明できないのでしょう。
子供教育のいい機会だと思うのです。
こんなことは度々起こることではありません。
おそらく未曽有の事態は、経済も混乱しているでしょうが、
それもこれもコロナを押さえつけることで、収束へとつながるのです。
特定の誰かだけが被害者ではなく、国も企業も個人もみんなが被害者なのです。
国単位で何万人の死者が出ることは大変なことです。
「私はこれがしたい」ではなく「みんなで耐えて乗り切りましょう」です。
時間がいっぱいできたこの日々、私はテレビをずいぶん観ています。
過去に放映されて知らなかった番組で、いいものがいっぱいあったようで、
こんなことがなければ観られなかったと思うとラッキーでした。
今朝はNHK・BS103で東京タワーの建築のことをやっていました。
高校の修学旅行で初めて上った東京タワー333メートルは
「こうやってできたのか」と感心することしきりでした。
工事の方々のすばらしさ・・あの頃、高いところに登る工事人は
憧れの職業だったと思います。
工事と言えば、最近 工事の面白いことに遭遇しました。
私の住むマンションは道路一つを隔てて、大手スーパーがありますが、
4月末から営業しながら店内外の改修工事に入っています。
ウチのベランダは絶好の見学場所で、昔 大工さんに成りたかった私には
嬉しくたまりません。
外側に足場を組む時、出来上がって眺めた夫は「あれじゃダメだろう」と。
夫はゼネコンにいて、新入社員で現場にやられ、突然の現場監督になったので、
そのあたりは並の見物人ではありません。
そして、翌日 洗濯物を干していると「こんなんでいいのか!」
と言う怒号が聞こえました。
続けて「落ちるだろう!こことあそこと向こうと止めろ!」
「バカ野郎が!」「こんなことも分からないのか!」「バカかお前は!」
もっと激しい叱責の声の連続で、こちらまで震えあがりました。(笑)
夫はため息と共に笑い転げていました。
・・・順調に工事も進み、一昨日、外壁の工事が終わったのか、朝から
足場解体の大きな音が聞こえてきました。
間もなく、例の”親方”の激しい言葉が大音声で響き渡りました。
「バカやろ!」「こんなことも分からないのか!」「脳みそが空っぽか!」と
その叱り方は人格なぎ倒しのおもむきですが、
夫は「危険なことを知らない人間が多くて、こんなふうに言わなければならない。
必要なことなんだよ」と言いますが、その凄まじさには笑っていました。
「棒は渡す方が『はい!』と大声で渡し、受け取る方は『はい!』と大声で受け取る!」と
大声で言われると、その通りに「はい!」「はい!」のやりとりがあり、感心しました。
こうやって若い者は覚えていくのでしょう。
街中での工事で上から落ちて来た棒が頭に当たり亡くなる人が出る事故が続けてあり、
こんなことを教え込まれていたら、そんなことがなかったでしょうにと思うのです。
夫は役員になっても見物に行った現場で、下請け会社の工事人の頭のヘルメットが
載っているだけなのを見つけて注意したことがあると言っていました。
「ヘアースタイルが崩れると言う理由できちんと被らない若者が多くて困る」と
現場では言っていたようですが、もし事故が起こったら、その責任は親会社にも
及ぶのですから、上のものがしっかりしなければなりません。
新型コロナウイルスの吹き荒ぶ中で、こうやって仕事に精を出す人たちもいて、
私たちの日常は培われていくんですね。
私の周りの勤め人の人たちは、今回 テレワークの人も多くいて、
これで仕事が成立していけば、これからの社会のルールも変わるかもしれませんね。
朝の電車のラッシュもなくなるんじゃないか、と期待しています。