ビーズうさぎのハナちゃんです!!

日々の生活、山登りや釣り、ドライブなどをアップします。ここの所、巨樹めぐりがメインですが!(汗)

栃木県岩舟町、小野寺成就院の三谷親子しだれ桜です!!

2018-03-31 20:14:34 | 
三谷地区は、岩舟町役場の北西約3kmのところ

県道282号線はダンプカーがガンガン走ります

石灰岩を関東各地へ運ぶ主要道路のようです

県道西側の住宅地の中に成就院があります

参道入口に駐車スペースが有ります

成就院参道入口から山門です

山門には東国花の寺百ヶ寺の札が掲げられています

本堂です

鐘楼です

六地蔵様です

本堂手前左側にシダレザクラは在ります

説明版です
 三谷親子しだれ桜
  樹年300年の親桜は平成14年2月で、その一生を閉じました。
  その親桜から実生で受け継がれたものが現在の桜です。


南東側から
   

東側から、ほぼ散り終わりに成ってしまっていました

西側の桜はヒガンザクラのようです

シダレザクラの北側のボケの大株です

庫裏前のボケは赤花です

東国花の寺百ヶ寺の案内板です

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栃木県栃木市、大柿龍興寺のしだれ桜です!!

2018-03-31 07:48:25 | 
2018年3月30日の取材です

大柿地区は、栃木市役所の北約8kmのところ

県道37号栃木粟野線を北へ

大柿十字路を西へ進むと国道293号線です

国道293号線沿いには花山や花之江の郷が在り

春は花の名所となっています

花之江の郷の西側に

参道を入って境内前左手に駐車場が有ります

参道入口です

車止めの先には本堂です

右手に鐘楼です

参道から左手の道を進むとシダレザクラが見えて来ます

本堂裏の墓地までの道の脇に有ります

東側から

とちぎ名木百選 龍興寺のしだれざくらの標柱です

ちょっと傷んだ説明版があります
  町指定天然記念物
   枝垂桜(バラ科サクラ属)
     目通り   3,3m
     木の高さ 20,0m
     枝張   10,0m
     樹齢   300年余
  昔の御本堂は、現在の御本堂の真裏にあり、池をめぐらし
 土畳を囲み、太鼓橋を渡って、本堂に参じたとのこと、その
 太鼓橋のわきに、中興開山直後、この枝垂れ桜は植えられた
 ものである。
  以後、当山の象徴として、禅寺としてこの尊厳を守り、三
 百年の伝統の中に息吹いてきた名木である。
  主幹より元枝に、元枝より小枝にわかれ、バランス良く四
 方に枝垂れるさまは、品格と貫禄を兼ね備え当山の往時を偲
 ばせるものがある。
  特に、春早く他の桜花にさきがけて、しだれ咲くさまは見
 事で訪れた人の目を楽しませている。
          ・・・17年1月11日指定
            ・・・・委員会


南西側から


西側から

モクレンも満開です

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栃木県佐野市、戸奈良種徳院のシダレザクラ2本です!!

2018-03-31 06:17:17 | 
2018年3月29日夕方に訪問しました

種徳院は、佐野市役所の北約7kmのところ

県道16号線を北へ県道66号線へと進みます

野上川の橋を渡り戸奈良小学校の手前をきたに入ったところです

山門脇東側に駐車場があります


参道入口です

山門です


山門前のイチョウの大木は芽吹きはまだです

本堂前境内入口です

本堂です

右手に鐘楼です

手水舎です


本堂前右手のシダレザクラです


本堂前左手のシダレザクラです

天然記念物標柱です

説明版です
  佐野市指定天然記念物
      シダレザクラ 2本
          平成11年3月30日指定
 西側          東側
 樹高 12m      樹高 9m
 目通り周囲 2,08m 目通り周囲 3,04m
 枝張り 東西10m   枝張り 東西 6m
     南北12m       南北11m
 推定樹齢300(または170)年
  シダレザクラ(学名:Cerasus supachiana Lavalee
 ex H.Otto f.spachiana)
 は、、バラ科サクラ属エドヒガン群の落葉高木である。
  このシダレザクラは、いつ頃植えられたか定かでない。
  なお、天保4年(1833)に書かれた種徳院境内図には、
 この2本のシダレザクラの存在が確認できない。樹齢は170
 年位という説もあり、天保14年(1843)の火災(本堂・
 庫裏など大半を焼失)後の種徳院再建時に植えられたとも考え
 られる。
  2本とも、毎年3月末から4月初旬にかけて美しい花を咲か
 せ、訪れる人々を楽しませている。
           平成18年1月 佐野市教育委員会

左右のシダレザクラが本堂前に植えられている様子です


ほぼ満開の状態になっていて綺麗です

境内のモクレンも満開です

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千葉県木更津市、矢那高蔵寺(坂東三十三観音霊場)のツガです!!

2018-03-30 11:46:30 | 巨樹・大木
坂東三十三観音霊場三十番札所が矢那の高倉観音です

木更津市役所の東南東約8kmのところ

県道23号線と県道33号線の高倉交差点です

東へ進み、県道23号線から北側の丘の上へ上がります

山門前の駐車場を利用させて頂きました

山門(仁王門)です

山門前の石柱です、平野山 高蔵寺と坂東第三十番霊場です

説明版です
   坂東三十番・新上総国一番
  平野山高蔵寺(高倉観音)
    当山の興りは用明天皇(在位585~87)の代と言われ、
   霊験によって誕生した大織冠藤原鎌足が白稚庚戌年(650)
   に構建したと伝えられている。
    本尊は正観世音菩薩で天平年間僧行基の作、樟木一本彫り身
   丈一丈二尺(約3,6m)である。脇侍は不動明王と毘沙門天
   で貞観年中慈覚大師の作である。なお堂内(床下観音浄土界)
   には坂東・秩父・西国霊場の写し観音百体が安置されている他
   、回廊には縁結び地蔵尊が祭られている。
    現本堂は大永6年(1526)に再建されたものを平成11
   念(1999)4月末、屋根及び基礎を修復したもので間口十
   一間三尺・奥行十間四尺・高さ八間八尺で、床高さ七,七尺・
   十六面取柱数88本の重層入母屋造りで全国でも珍しい建造物
   である。仁王門・鐘楼堂は江戸時代に再建されたものであり、
   いづれも木更津市の文化財に指定されている。
   

目的のツガが山門の左手に見えます

目通り幹回り4,7m、ツガの大木です

霊木の案内板です
    生命力向上 健康長寿
    子孫繁栄  家内安全
  高倉観音の霊木・阿娑婆
    樹名:栂 樹齢400年以上
     当山観音堂の柱に使用されている樹木です
   腰を伸ばし出来るだけ樹の高い位置にお手を当てて体いっぱい
   古木の生命力(気)を体感してください

木更津市名木100選のプレートです

六地蔵様です
手水舎です

鐘楼堂です

本堂の観音堂です


山門の横壁に大きな切株が有ります

長寿夫婦杉の切株ですね、根回り5,6m以上あったようです

こちらも子孫繁栄のお備え物でしょうか

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千葉県君津市、三直八雲神社の八雲杉です!!

2018-03-29 06:53:22 | 巨樹・大木
八雲神社は、君津市役所の東南東約4kmのところ

館山自動車道君津インターチェンジの直西側に在ります

参道入口に車を止めさせて頂きました

一の鳥居です

参道石段を進むと

二の鳥居です

丘上の平面に出ました、参道はまだまだ続きます

杉並木の参道を進むと三の鳥居が見えて来ました

玉垣の中が境内です

郷社 八雲神社です

手水舎です

 八雲神社由緒
   鎮座地 君津市三直1174番地
   祭神 須佐之男命
        稲田姫命
        誉田別命
        武御名方命
   本社の起源は定かではないが、社伝によると、成務天皇の御代、須恵
  (後の上総国周准郡)の国造、大布日意弥命が須恵の守護神として、須
  佐之男命を祀ったのに始まる。
   斉衛3年(856)3月、社殿を改築し、同年6月御遷宮式を挙行し
  た。
   治承4年(1180)8月、石橋山の戦に敗れた源頼朝が安房の国に
  渡り、この地を通過し、神鏡一面を納め源家の再興を祈願した。天文9
  年(1540)正月、里見家第7代の義弘、武運長久を祈願し、次いで
  寛永3年(1626)11月、領主の石野八兵衛、幣帛を奉って加護を
  祈願した。
   元文4年(1739)6月、領主の赤松式部が現在の本殿(市指定有
  形文化財)を再建した。
   このように、代々の領主は本社に対して崇敬厚く、毎年玄米一俵を供
  え、武運の長久と国土の安泰を祈願した。また、日本橋・麹町・行徳・
  船橋・夷隅・安房等に講があり、毎年正月20日には参詣する人が多か
  った。
   本社はもと、牛頭天王と称し、天王山正智院忠善寺を別当としていた
  が、明治維新後八雲神社と改称し、明治4年7月に村社となる。明治4
  2年6月八幡神社を合祀し、同年11月諏訪神社を合祀した。大正5年3
  月に郷社に昇格し、昭和29年4月、宗教法人八雲神社を設立し、今日
  に至っている。
  


神楽殿です


本殿は覆い屋の隙間から見ることができます

本殿の彫刻が見事です

社殿と神楽殿の間に八雲杉です

南西側から

保存樹木標識です

八雲杉の大きさは、太さ5,1m 高さ36mで樹齢約700年


文化財説明版です



境内社(菅原神社と山神社)です

本殿裏側の杉の大木です

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群馬県板倉町、頼母子のシダレザクラです!!

2018-03-28 06:39:42 | 
板倉町役場の東約4kmのところ

東武日光線の東側に

町の水道施設と公民館があります


海老瀬東公民館前が駐車場になっています

駐車場の真中にカヤの大木が在ります

説明版です
   板倉町指定天然記念物
       カヤ
    (学名:Torreya nucifera Sieb.et Zucc)
                平成12年6月30日指定
    目通り3,91m、幹の中心部は腐朽している、樹齢は不明だが
   かなりの年数を経ているものと思われる。雌株で、いちい科に属す
   る。
    カヤは日本内地の暖帯林から温帯林に広く見られる。常緑の高木
   で樹高20m~25mになることがある。樹冠は壮齢木までは幅の
   広い円錐形であるが、老大木になると不規則な楕円形となる。
    材質は薄黄色で香りがあり、柔らかく弾力がある。そのため碁盤
   や将棋盤に利用される。
    東小学校のシンボル的存在のカヤの大木は、海老瀬地区での幾星
   星の年月を生きぬいた歴史を物語る貴重な存在である。
                     板倉町教育委員会


駐車場の端にサクラの大木が在ります

保存樹標識です、幹周は4,05mもあります

目的の桜に行きましょう


しだれ桜です

近付いて見ました

南西側から

天然記念物の標柱です


説明版です
  板倉町指定天然記念物
    シダレザクラ
      板倉町海老瀬字頼母子5959
      昭和61年12月6日指定
   シダレザクラは「ウバヒガン」に一変種で、樹高は16m、
  目通りは2,53m、樹齢は200年余りといわれている。
   シダレザクラでこれほどの大木は町内随一で、3月下旬から
  4月上旬にかけての開花期には、美しい淡紅白色の花を咲かせ
  ます。
   このシダレザクラは、弘法大師が日光開山の勝道上人の足跡
  を追ってこの地を訪れた際、使用していた杖をさしたものが根
  を張り、大きく育ったという伝説があります。
     平成25年9月
                      板倉町教育委員会
   

根元から見上げました   

保存樹標識です

すぐ南側のヤマザクラです

保存樹標識です

神社が有ります

今日も、カメラマンや桜見物の方々がたくさんいましたよ

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群馬県邑楽町、篠塚長柄神社のエドヒガンザクラです!!

2018-03-27 06:46:14 | 
2018年3月26日夕方に訪問しました

長柄神社は、邑楽町役場の東約kmのところ

南北に走る県道352号線と

東西に通る県道361号線の交差点の南西側にあります

参道の西側に駐車場があります

訪れた時には、桜の撮影の方が数名訪れていました

参道入口鳥居です参道は桜並木になっています

郷社 長柄神社です

鳥居西側の猿田彦大神の石碑と恵比寿神の像です

参道を進むと拝殿前です

参道右手に目的の桜が有ります

西側から

南西側から

町指定天然記念物の標柱です

説明版です
   町指定天然記念物
     長柄神社の桜 エドヒガン
    長柄神社の桜エドヒガンは、樹齢400年といわれています。
    樹高は15m、幹は二本に分かれ、その幹周りは片方が2,2
    m、もう一方が2,25mです。枝張は東西13,8m、南北
    15,8mにも及びます
     この桜は、春の彼岸のころ、葉の出る前に、ソメイヨシノよ
    りも色の濃い、小さな花をたくさん咲かせます。
     邑楽郡の一宮である長柄神社の社に守られ、長い月日を生き
    ぬいてきたエドヒガン。人たちの喜びや悲しみを幾度となく見
    つめ、私たちの心の支えとなってきました。本殿の彫刻ととも
    に、町の文化財として、大切に後世に伝えて行きたいものです。
       平成11年1月     邑楽町教育委員会

南から見ました

参道西側には神楽殿です

神社由緒書きです

本殿です

文化財標柱です

本殿の見事な彫刻です

本殿脇からヒガンザクラを見ました



本殿西側から境内社と石碑が並びます

月が上っていました

桜は5分咲きでした、今週中が見頃ですね

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埼玉県所沢市、堀之内金仙寺のシダレ桜です!!

2018-03-26 06:43:56 | 
堀之内地区は所沢市役所の西約6kmのところ

県道179号線を西へ早稲田大学の先を南へ入ります

狭山丘陵の丘の上に金仙寺が有ります

広い駐車場がありますので利用させて頂きました


駐車場の端から境内を見ました

入口の石段です

六地蔵様です

大師堂です

本堂です

説明版です
   別所山 西光院 金仙寺
     宗派 真言宗 豊山派
     総本山 奈良県桜井市 長谷寺
    今から約1100年前に覚堂という僧が、真言宗を開かれた弘法大師
   空海(774~835)の作られた身の丈約59cmの阿弥陀如来を本
   尊として、現在の西方「堂入り」に開山したと伝えられています。
    その後、鎌倉北条氏の信仰を得て、建長6年(1254)に八丁歩余
   り(約2400坪 79200㎡)の土地が寄贈されました。
    現在地へは天正18年(1590)堯戒律師によって再建されました
   。
    また、昭和38年(1963)現在の本堂が落慶、続いて昭和45年
   (1970)に庫裏が改築されました。
    本堂内には本尊阿弥陀如来・宗祖弘法大師・中興の祖興教大師・不動
   明王・観音菩薩像等を安置し、檀徒の祖先がまつられています。また、
   境内には、新四国八十八ヶ所霊場第66番の弘法大師堂があります。
    四季折々の自然に恵まれ、特に所沢市指定の「しだれ桜」は樹齢12
   0年余の名木といわれています。
          平成7年8月         所沢市観光協会


庫裏の前に桜が有ります

南から

南東側から


2018年3月24日5分咲きでした

4月1日の桜まつりまで花が散らないように祈ります

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埼玉県川越市、今福明見院の枝垂れ桜です!!

2018-03-25 06:17:29 | 
今福地区は、川越市役所の南南西約7kmのところ

県道6号線を所沢方面へ進みます

関越自動車道の高架を潜って間もなく

右手に明見院が有ります

県道と山門の間が駐車場に成っています

天台宗梅雲山 明見院です

山門です

山門の入ると、本堂前の桜は満開です

鐘楼です、本堂が見えませんね

鐘楼前(東側)から

本堂前から見上げました

説明版です
  しだれ桜の由来
    当院の「しだれ桜」は、安永年間(1779)第5世豪圓の代に
   本堂・庫裏の落慶記念樹として、本寺・小仙波中院の幼苗が植樹さ
   れたものであり、「ウバヒガン桜」の一変種で太い枝は、横に広が
   るが細い枝は、細長く真直ぐに垂れ下がる。
    花は、3月下旬染井吉野に先立って開花する。このしだれ桜は、
   「川越景観百選」にも選ばれている老木である。
      樹齢 2百年以上
      樹高  15,0m
      幹周   2,2m
                梅雲山 明見院

西側墓地入口のカヤの大木です

カヤの木の由来石碑です
   榧の木の由来
     此の榧の木は凡代330年前に初代高関和尚が郷土から移し植え
    たもので以来順調に成長せるも弘化3年(1846)十一面観音堂
    の焼失の際、片面火に煽られながらも本堂の焼失を免れ身をもって
    本尊を守護したのであります。また、馬頭観音は、火防の称号にて
    信仰せしも大正時代、馬頭講の盛んなりし頃、境内の中庭に堂を建
    て初午年には、多数の馬主や信者で賑わったが時代の推移により元
    の地に奉安し今日に至ったもので當院の隆盛は、馬頭観音のお陰と
    檀徒一同感謝の涙に叫ぶ咽ぶものであります。

墓地の中(西側)から見ました

山門脇からしだれ桜を見ました

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埼玉県ふじみ野市、亀久保地蔵院のしだれ桜です!!

2018-03-24 19:25:59 | 
本日、2018年3月24日土曜日良い天気になったので

桜を観に行って来ました

まずは、ふじみ野市亀久保の地蔵院です

本堂前のしだれ桜が満開を迎えています

亀久保地区は、ふじみ野市役所の南西約2kmのところ

国道254号線川越街道と県道56号線の南側に地蔵院が有ります

参道は西向に伸びて川越街道の旧道側に駐車場入口です


西側から山門前に入ります

六地蔵様です

仁王像です

説明版です
   地蔵院
  新義真言宗木宮山地蔵院。新座市大和田普光明寺の末寺。武蔵野地蔵尊
 とも呼び、別名佉羅陀山薬王寺とも称する。正和3年(1314)11月
 覚応の開基という。
  鎌倉~南北朝時代の武将二階堂氏あが、鎌倉末期の武蔵野の戦の折に
 不思議の霊験を見たので再興し祈願寺としたという。本尊は2尺5寸(約
 76cm)の地蔵座像。昭和27年火災により、江戸時代文化年間(19
 世紀初)建立の本堂〔間口8間半、奥行7間半〕、建久・建仁(12世紀
 末~13世紀前半)の仏具、江戸時代の大般若経600巻が同時に焼失し
 焼け残ったのは本尊と山門だけである。
  幕末まで六郷氏(二階堂氏)の比護があったと言われる。江戸時代参勤
 交代の折に休憩所として使われたともいう。昭和初期まで毎年8月に大般
 若会が行われた。
  弘安5年(1282)・建武3年(1336)の板碑が、昭和15年
 新道(川越街道)建設工事の際に発見され、現在当院に保管されている。
  本堂向かって左にある薬師堂の本尊は島田氏の大本家のおばあさんの夢
 枕に現れ、「しょうじん場」(江川)より堀り出されたと伝えられている
 。秘仏であって、見た人はいないまま昭和27年の火災で焼失した。今で
 は1寸8分(約5cm)の石の慈眼菩薩が祀られている。毎年9月8日が
 縁日で、目の病に利益があるといあれている。
                ふじみ野市教育委員会



山門の入った左手には鐘楼です

右手にシダレザクラです

北側から

根元を北東側から見ました

説明版です
   ふじみ野市指定文化財 天然記念物
     地蔵院のしだれ桜
         昭和53年4月1日指定
        樹   高  7,50m
        目通り周囲  3,05m
        根回り周囲  4,28m
        枝 張 り 17,50m
           平成18年度調査
     ふじみ野市の天然記念物に指定されている地蔵院のしだれ桜は、
    春の彼岸に花を咲かせる江戸彼岸桜の変種です。樹齢は、昭和53
    年の文化財指定当寺で350年前後(江戸時代中頃)と推定されま
    す。
     しだれ桜のある亀久保地蔵院は、鎌倉時代の創建と伝えられてい
    る古刹です。寺の歴史には及ばないものの、この桜は、地蔵院とと
    もに亀久保の移り代わりを見守ってきたことになります。
     しだれ桜の寿命は、三百年前後といわれており、樹勢に衰えが見
    られるようになったため、平成10年に樹勢回復の措置が取られま
    した。この措置により、陽春には見事な花が現在も私たちの目を楽
    しませてくれています。
      平成24年2月          ふじみ野市教育委員会

本堂です

記念撮影をする家族ずれの空き間で撮影出来ました

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千葉県君津市、黄和田畑春日神社の杉樹叢です!!

2018-03-24 12:02:38 | 巨樹・大木
黄和田畑地区は、君津市役所の東南東約30kmのところ

国道465線が、もうすぐ大多喜町に入る手前のところです

国道から住宅の間を登って行くと鳥居脇に駐車スペースが有りますが

訪問時には、神社脇の土砂崩れの影響で泥だらけでした

北向きの鳥居です

春日神社への石段です

左が側の沢上部から土砂崩れが起きていました

大杉が立ち並んでいるのは、更に左手です

御堂に上がる参道脇と御堂の後に杉の巨木が在ります

参道左手の杉です

参道上から見ました

保存樹標識です、この杉のことでしょうか


御堂前の杉の大木です、参道脇の杉より細い杉です

御堂裏側の杉です、参道の杉とほぼ同じ太さと思われます

上側から見ました

御堂右手にはケヤキの大木です

鳥居左手の沢から見上げました

御堂参道脇の杉が大きく見えました、目通り幹回り6,0mだそうです

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千葉県鴨川市、西浦西蓮寺のイチョウです!!

2018-03-23 06:57:57 | 巨樹・大木
西浦地区は、鴨川市役所の東約8kmのところ

JR外房線あわこみなと駅のある地区です

駅前から県道285号線を北へ

大風沢川の右岸から左岸に渡って直ぐを東へ入ると

西蓮寺参道前にでました

西蓮寺の北側墓地脇に駐車場が有ります

長い参道入口から見ました

東光山 西蓮寺です

仁王門です

手水舎です

鐘楼です

イチョウです

大日堂前から見ました、目通り幹回り5,4mの巨木です

大日堂です

文化財標柱です

本堂(薬師堂)は大日堂の西側にあります

薬師如来坐像の説明版です


本堂前の文化財標柱です

説明版です
   東光山 西蓮寺(天台法華宗)
     創建  天安2年(858)
     開基  慈覚大師(比叡山第2祖)
    由緒 本尊薬師如来ご尊像は、慈覚大師自らが刻したものと
   伝えられ、薬師堂を中心とし、伽藍が整い、今日に至るまで、
   近郷近在の薬師信仰の一大霊場となっています。
    天正年間(約400年前)里見氏と北条氏との戦乱の際、里
   見氏の臣正木憲時の陣屋が設けられ、このため、薬師堂のみを
   残して一山全てが焼失してしまいました。
    その後、正徳年間(約260年前)に中興義順和尚により、
   鐘楼・客殿等を再建し、現在に至っています。現在の薬師堂も
   元禄年間(約300年前)に義順和尚によって解体修復された
   ものです。 
    本尊薬師如来は、当山開創のときから秘仏とされ、60年に
   1回しか開帳されません。このため、古仏でありながら製作当
   時そのままを伝えるように保存され、現在、町指定文化財とな
   っています。
    また、当山は、日蓮聖人が幼少の頃、導善阿闍梨と共に、1
   2年間を過された霊跡でもあります。

ここも慈覚大師円仁や、日蓮大聖人縁の地ですね

では、次へ行きましょう
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千葉県鴨川市、粟斗薬王院のスダジイです!!

2018-03-22 05:55:44 | 巨樹・大木
粟斗地区は、鴨川市役所の北約3kmのところ

保台ダムへの道を待騎川の左岸を進みます

薬王院は、待騎川右岸で参道を東に開いています

参道脇に駐車場が有ります

参道から薬師堂が見えます

その参道の左手にスダジイが在ります

六地蔵様です

北東側から

南東側から見ました

薬師堂前から

薬師堂です

薬師堂の説明版です

文化財標柱です

軒下には見事な龍の彫り物があります

では、次へ行きましょう
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千葉県鴨川市、広場鏡忍寺降神の槇です!!

2018-03-21 10:27:40 | 巨樹・大木
広場地区は、鴨川市役所の北東約1kmのところ

鏡忍寺は大きな寺院です

山門前に車を止めさせて頂きました

車を止めた脇には、クスノキの大木が立ちます


安房歴史の小径の案内板です

境内入口山門です

山門前には文化財の標柱が並びます



文化財の説明版です

手水舎です

仁王門です

仁王さまです

仁王門の先に目的のマキです

縁起です
   當山縁起
  文永元年霜月11日、日蓮大聖人は十名計りの弟子壇越し共に、天津の城主
 工藤左近之丞吉隆の邸に赴かんと、黄昏の頃此辺りを通らせ給うや、忽・とし
 て小松原の中より数百人の伏兵現れ、どっとわめいて八方より襲いかかる、之
 れなん豫より大聖人恕敵・せる、地頭東條左衛門景信の手のものにぞありはる
 、斯くを見るより剛勇無雙の御弟子鏡忍坊日暁は、身を以て対聖人を庇ひ奉り
 、引き抜きたる松の大木を得物として、奮戦力闘ややしばらくありしが、多勢
 に無勢、敢なく此に斃れ、同志の面々何れも傷きめ、・を聞いて馳付し壇越工
 藤吉隆も亦恕敵の・・かかって討死しぬ、景信は乱軍の間に大聖人の御姿を見
 て、篤涙をよせはったとばかり斬付ける、大聖人念珠を以て梻せ給へば、切先
 御額をかすめて三日月形にぞ傷けらる、こは仕損たりと景信、更に二の太刀を
 振りかざせる刹那、側なる大槇の上に顕れ給える鬼子母神の神々しき御影に眼
 眩み、あなやと消魂して・まりどつと落つ、當時の大槇は今の降神の槇即ちこ
 れ也。
  斯して大聖人は鏡忍防の亡骸を此乃所に埋め、小松を植えて菩提を弔はせ給
 ふ、今に存する古墳これ也。         工藤吉隆の遺骸は東の方数丁
 を隔つる陣殁の處に葬り、妙・隆・主聖人の法號を授け給う、今の上人塚これ
 也。
  これより後十有七年、吉隆の遺子刑部阿闍梨日隆上人は、大聖人の命を奉じ
 て、考案4年3月15日、この地に一寺を建立し、殉教両聖人の法名に因みて
 妙隆山鏡忍寺と称す。
  春風秋雨茲に七百年、原頭の松籟は矢叫び鬨の・・・・墳上の青苔は長へに
 身輕法重死身弘法の亀鑑・・・・・に宗祖日蓮大聖人四大法難中随一の霊顕と
 稱する所以なり。






法難降現鬼子母神「降神槇」樹齢約千年以上


枝先を保護するように棚が設置されています

根元です、幹回りは4,3mの大木です

鴨川市指定天然記念物 降神の槇の標柱です

北側から

南側から

三祖の石碑です


本堂です

法難堂です

では、次へ行きましょう








梅が見頃でした
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千葉県鴨川市、西神社の大スギです!!

2018-03-19 06:16:21 | 巨樹・大木
西地区は、鴨川市役所の西南西約8kmのところ

県道89号線を西へ、南房総市との境い近くに神社があります

神社の名前が「西神社」です

鳥居脇に車を止めさせて頂きました


目印は、この看板です

南に入ると

北向きに参道鳥居です

村社 西神社です

手水舎です

社殿です

本殿は覆い屋の中ですね

社殿の左手に目的の大杉です

鴨川市指定天然記念物 西神社の大スギの標柱です

目通り幹回り6,0mの巨木です

東側から

南側から見上げました

社殿の周りには、出羽三山の石碑があります

では、次へ行きましょう

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