「世の中、ちょっとやぶにらみ」

本音とたてまえ使い分け、視点をかえてにらんでみれば、違った世界が見えてくる・・・かな?    yattaro-

「錦帯橋祭りを見下ろして」

2015年04月30日 | 旅行・レジャー

             
                    錦帯橋を渡る、お祭りのクライマックス 「大名行列」

4月29日は毎年、岩国市恒例の錦帯橋祭りが予定されている。
人によっては超大型とも称される今年のGW。その連休初日、「昭和の日」が、錦帯橋周辺に4万人とも言われる人出で賑わうお祭り広場となる。
地元に伝わる伝統の踊りや、参勤交代の行列を再現する「奴道中」や「大名行列」などなど。一見の余地ある一大絵巻物ではある。

程よいお天気に恵まれて、さぞかしあふれる人だろうと予想して、錦帯橋周辺には近寄らず、高みの見物と洒落こんでお城山に登った。
手には、「 広角28mm~超望遠504mmの高精細フジノン光学式18倍ズームレンズ搭載世界最小ボディ!」という触れ込みの富士フイルムファインピックスの小型カメラを引っ提げて。

お城のそばでゆっくりおにぎりを頬張って意気を整え、いざカメラを構えようか・・・、というところへ一人の見知らぬおじさんが。
超小柄ではあるが割としっかりした感じでまさに「よそのおじさん」という雰囲気であった。
手に持っているカメラは、ファインピックスなどとは問題にならない高級カメラ。望遠レンズも装備してある。

「どこからですか」「わしゃ目の前の山の向こう側、錦見〇丁目」「おいくつですか、カメラの趣味は長いんでしょうね」「昭和4年生まれ、カメラ歴はかれこれ60年になる」。先ずここで、ナヌッ!御年86歳?それいてその元気さ。もっともっと話を聞いてみたくなる。
岩国の大手企業で46年務めた、高校へは自らの選択で行かなかった。当時の高校生は学徒動員であちこちに行かされるのを知っていたから。とのこと。

カメラはニコン製の高級品と見た。「ニコンですか」「わしゃどういうわけかニコンが好きで、それの取り換えレンズも14本ばかり、それが全部ニコンじゃから、いまさら他には変えられんのよ」「ここで写真をよく撮られるんですか」「錦帯橋祭りは毎年ここから撮っている」
そんな話からやがて闘病生活の話に。そして「お城山に歩いて上がりたいのに、かあちゃんがうるさいので今日はロープウエーで、年寄は半額のパスを使いましたいの」。
屈託のないおしゃべりで、こちらも撮りたい写真を取り損ねるほどの盛り上がり。「ここはアングルがええでしょ」と、先客の私の眼力を褒めてもらった。

なんや、自分が持って行った小型カメラをひけらかすのが恥ずかしくなって、小1時間ばかりお付き合いして、ロープウエー広場へ移動した。
そこで撮ったのがこの写真。腕はともかく、望遠がよく効いて、200mは離れているであろうこの位置から撮ってこの鮮明さならまあよかろう。
器械に詳しい友が最近手にした、「月の表面が鮮明に撮れるコンパクトデジカメ」には追いつかないかもしれないが、まずまずだ。

錦帯橋祭り高見の見物と撮影のつもりが、思わぬ巡り合いで思わぬ方向に流れたが、一生懸命生きること、穏やかに生きること、趣味を追いかけること、などが健康長寿の長さに関わる大切な要素であることの体験話が参考になった。これも一つの人生祭りか。

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「感謝を込めて」

2015年04月27日 | おせっかい

            

ひとつ終わった! 何はともあれようやく終わった!!
今日をもって、残り半分の肩の荷を卸すことができた。つまり背負い込んでいた肩の荷をすっかり卸したことになる。
息が詰まりそうな、ほどでもなかったが、それに近いプレッシャーはあった。 大きく大きく深呼吸。

A-4版12枚の原稿をA-3版6枚にコピーして二つ折り。それをホッチキス止め。製本テープで仕上げ体裁を整えた。
あの日あの時あの笑顔があふれる、同窓会記念アルバムがここに仕上がった。明日はいよいよ発送である。
封筒には当然ながら「出席御礼」と題した感謝の言葉を添えて。

『 「桜満開の季節に開催」との願いを込めて4月8日に設定した、古希と喜寿の中間の「同窓会2015」に、多くの出席を頂いて感謝を・・・ ・・・
 前回の古稀同窓会開催から丸3年の月日が流れました。長かったような、あっという間であったような複雑な思いの3年間。
 人それぞれに色んな変化が訪れる年代であることを、改めて実感させられる側面も多々ありました。 中略
 遠く関東・関西方面から、四国や島根県などから多くの出席をいただいたことに感謝する反面、地元に住む仲間がもっと多く迎えて欲しいところ
 ではありますが、それなりのご事情があることを申し添えておきます。出席者は幹事予想を下回る同窓会となりましたが、人数に関係なく、また
 過ぎにし58年をものともせず、思い出話に花を咲かせ、現在の生き方に自信を深め、談笑に興じる5時間を共に過ごせたことを喜んでいます。
 中略  遅くなりましたが、当日の様子を切り取った記念写真を「同窓会2015記念アルバム」として編集作成しました。
 はち切れんばかりの昔を思い起こし、如何に美男美女を再現させるか、編集にいささか時間を要しました。?
 願わくば永久保存の一冊として本棚の一隅を与えて頂ければ幸いに存じます。 中略
 さて次は・・・ ・・・ もう少し先の話にしましょう。先ずは肩の荷を卸して。 後略 』

ちょっと生意気なようだが、こんな感謝の気持ちを込めて、明日発送する。
どんな反応が返ってくるのやら。な~んにもないかもしれん。便りなきは佳き報せ、と受け止めるとしようか。

それにしても結束の固い幹事団ではある。今日も10人集まった。
みんな暇を持て余しているんじゃない?などと口が裂けてものたまうな! それを言っちゃおしまいよ!!
I君・T君・も一人T君、Kさん・Tさん・Yさん、そしてY君、よくぞがんばりましたな~。皆さんお疲れ様でした~~。

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「肩の荷が半分・・・」

2015年04月24日 | おせっかい

                

2週間もかけてようやく肩の荷を半分おろした思いの深呼吸。
中学校同窓会で大騒ぎしたのは4月の8日。早くしなければ効果が半減する・・・と焦る気持ちを抑えながら、どうせ作るんならいいものを。
そんな欲張りから、来る日も来る日も写真アルバム作りにいそしんだ。

同窓会当日の集合写真・スナップ写真を、表紙も加えてАー4版12ページのアルバムに仕上げて出席者に送る。
数枚のバラバラスナップ写真を送っても、すぐに引き出しの肥やしになるだけだろう。それならいっそ永久保存の一冊に仕上げようと試みてから5冊目を数える同窓会アルバム。
何でそこまでやるのか。そこまでの需要があるのか。ふと自分に問いかけることもある。

それでも、自分で作りながら、その大変さと闘うときのある種の快感、そして受け取った仲間から感謝の言葉が聞かれたりすると、「やっぱりこれはオレの仕事かな~」などと自分で納得してしまう。
今回はカメラマンが特別念入りにみんなの表情を追ってくれた。その数なんと540枚。似たようなものは削除しても300枚は残った。
その中からさらにセレクトし、できるだけ偏らないよう、万遍なく多くの顔を取り上げる。
それだけならいい。会場の照明の加減で、全体的に黄色味が強かったり、赤味が強かったりする。

馴れない腕でパソコンと首っ引き。一枚ごとに色の修正、それにトリミング。
「これならよくなったろう」とプリントしてみる。「なんじゃこりゃ」人前に出せる代物ではない。
特にアタシの場合、すぐ近くにプロの写真家がいる。彼の目に止まった時の評価を多少頭に描きながら、「さらにいいものを」目指してはみる。
所詮彼の目に叶う出来栄えには至らないが、酷評を避けるために、肩が凝っても、ブログを休んででもついがんばってみる。

ようやく、コピーできる原稿が仕上がった。ということにしたい。
これ以上遅くなると、待ってくれている出席者の期待が薄れ、嘲笑に変わってしまいそうである。
表表紙と裏表紙の出来栄えはなかなかのものだ。と、せめてそこだけでも自画自賛しないとやってられないよねー。

週明けにコピー・製本してやっとこさ発送にこぎ着ける。そこでやっともう半分の肩の荷が下りる。その時お役御免が待っている。
先ず先ずの評価を期待して、取り敢えず、半分落着。終わったらゆっくりと花水木の花見にでも出かけたいものだ。

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「旬を掘る」

2015年04月19日 | 宴会・会食

  

心配した春の雨が、時折激しく降ったり一時的に上がったり、何とも頼りないお天気の今日。
何が何でも予定通りということで、小雨にめげず「薮の中のクラス会」を今年も敢行した。
「目が覚めたら大雨が降っているが、雨天決行か」という、野暮な友からのスマホメールで朝5時に起こされた。ややご機嫌斜め。
「雨天決行と言ってあったろうが」とやや冷たい返信。

9時半のタケノコ堀開始時間には雨が上がって、小さな竹藪ながら文字通り「雨後の竹の子」。あっちこっちにいっぱい頭を出している。
その数たるや、少し歩くだけで足の裏にコツコツ当たる。タケノコにも裏と表の年があって、今年は大当たりの表の年。
3人がかりで掘って掘って掘りまくり。同じく3人がかりで皮を剥き、お湯沸し係にゆだねて茹ではじめる。

今回改めて思い知ったのは、藪の持ち主君と吾輩の鍬のさばきの違いである。
彼は鍬の柄を長く持ち、勢いよく振り下ろすからタケノコの周りの土を掘り起こす量が多い。短時間でタケノコの根っこが姿を現す。
こちらは、鍬の刃先の方に手を寄せて、ちまちまと鍬を振るう。同じ量を掘るのに鍬の回数がまるで違う。タケノコの根っこが表れるまでの時間が違う。その分疲れ方も違う。もちろん汗の量も異なる。

そんなこんなを経て、女性仲間が準備してくれているバーベキューが始まる。各自持参の好きな飲み物でカンパイ。
今回は人数が少なく、その分どの話題でもみんなが一つになって同じ方向の話に盛り上がる。これは実に楽しい。
年々寄る年波には勝てず、欠席やむなしというメンバーも出てくる。

とすれば尚更のこと、この一年に一度のタケノコクラス会が楽しみとなって、健康と元気をキープする目標になってくれると嬉しいのだが。
「50数年間吸い続けたタバコを止めて4か月になる」と、半ば自慢する仲間がいる。これにはもちろん全員が拍手喝さいを贈る。
そして「顔色がよくなったねー」「体の動きがシャープになったねー」などと持ち上げる。
毒舌を飛ばし合いながらも、こういった仲間を思い遣れる気持ちが自然にわいてくるのも、同級生のいいところだろうか。

タケノコを漢字で書くと『筍』。つまり、竹かんむりに旬と書く。
まさに、ごく限られた短い期間に美味さを届ける旬の味。それが竹藪に生えるところから「竹の旬」が、筍ということなのだろうか。
その意味でもまさしく「旬を掘る、筍堀り」。とてもいい一日となった。
また来年も元気で会おう、と再会を誓って午後4時半、雨を避けながらの「藪の中のクラス会」散会。

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「しまなみ海道ウオーク」

2015年04月13日 | 旅行・レジャー

 
       瀬戸の多島美を悠然と見おろして                 桜を眼下に眺め、遠く因島を望む

「しまなみ海道ウオーク」という、日帰りバスツアーに2月初めに申し込んでおいた。
ようやくその日が来た。4月11日(土)、午前7時50分、ツアーバスに乗り込む。
多島美を誇る瀬戸内海国立公園の一角、安芸灘に浮かぶちっちゃな島の、桜の名所を訪ね、山登りを楽しむツアー。

広島県尾道市から、しまなみ海道に入るコースで、順調に高速道を突っ走る。
尾道大橋・新尾道大橋を経て向島(むかいしま)、因島(いんのしま)を経て生口島(いくちじま)へ。
生口島で、一旦しまなみ海道から外れて、目と鼻の先にある岩城島(いわぎじま)へバスごとフェリーに乗ること約5分間。

岩城島に上がって、いよいよそこからがウオーキングコースの始まり。
島の人たちが総出?で、オレンジの接待や交通整理をしてくれる。のどかで、人間の優しさを改めて思い起こさせてくれるような島。
「今日は何人くらい島にやってきたの?」「約600人くらい。そのうち500人余りが、あなた方ヨミウリ旅行ツアーのお客さん」という島の人の嬉しそうな顔。

山の名前は善を積むという意の「積善山(せきぜんやま)」標高370mという。
大した高さではない、などと思っていたら、なんと登山道の長さは4km。途中に何カ所か、オレンジ湯のサービスが設けられている。
登り口で渡された、リュックには入りにくい四角い折箱弁当を提げて、えっちらおっちら1時間20分。半分くらいになった桜に誘われ、山ツツジの見事さに気持ちを洗われ、ウグイスの声に心癒されて登る坂道。過剰気味に溜まっていた体の水分が玉の汗となってほとばしる。
そんなこんなで極めた頂上、その見晴らしはまさに絶景。大満足!!

               
                    展望台から見おろせば、桜の下でお弁当の花盛り   

先日の、カー君小学校卒業記念に登った宮島弥山の苦痛から比べると、実に滑らかで、膝にも来ない。
前回と今回で苦労の大きさは異なるが、頂上を極める心地よさはやはり同じ。360度の見晴らしにパチリパチリ。
桜の花も、ここ積善山だけは半分以上咲いていて、我々御一行様を待ってくれているような。

トータル3回の「しまなみウオーク」。次回は多々良大橋を歩いて渡る予定。
何をするにも先ずは足腰鍛えておかなければ・・・ということで、少し勇気を振り絞った今回のツアー申し込みであったが、案ずるより産むがやすし。
但し、膝の痛みは、一夜明けた昨日より二夜明けた今日の方が違和感を感じる。
これってあれか?アレのせいで、翌日よりも翌々日の方が疲れが出てくるという、あれか? やはりアレには勝てんのかな~。

兎に角楽しかった。5月・6月も汗を流して頑張ってみるか。お金を出して汗をかいて疲れて帰る・・・ なんかへんてこりんな気がしないでもないが。

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「二人目の中学生」

2015年04月10日 | 家族・孫話

                           

愛しのカー君が中学生になった。
孫三兄弟の次男坊、少し頼りなさをまき散らしながらも、兎に角小学校課程を無事終了。中学生となった。
2015年4月8日。めでたく中学校入学式を終えた。

本来ならこのジジが一番にお祝いに駆け付け、写真でも撮りまくるはずだった。
ところが、半年以上も前に決定したジジの中学校同窓会当日と重なってしもうて、晴れの入学式にも立ち会えず、写真さえ撮ってやれなかった。
不覚であった。カー君ごめんな。
でもお母さんが撮ってくれた写真で『祝!!カー君中学校入学』の孫ニュースは立派に作るからね。
もともと、彼ほどジジ作成の孫ニュースに興味を示してくれる者はいないのだ。まあ娘は言葉に出さないだけかもしれないが。
この前の宮島弥山登山のニュースも待ってくれている。何かにつけて「これ孫ニュースになる?」と聞いてくるカー君である。

今回開いた中学校同窓会。振り返ってみると、今のカー君と同じように入学したのが61年前の4月である。
卒業してから58年の歳月が流れた。そんな仲間が一昨日集ったことになる。
今のカー君の気持ちと、61年前のこのジジの気持ちと、どう違っているのだろうか。想像するのもこっぱずかしくなる心地。

少し小柄なカー君。詰襟の制服が少し大きく見える。そういえば上着の袖丈も、ズボンもややたるみが見える。
まあ致し方ない。育ちざかりの年代である、あっという間に大きくなるに違いない。その時のために、余裕を持たせて大きめのサイズを着せられるのが、入学式の宿命でもある。

まあそんな外観はともかく。小学校入学を前に、ジジババの腰を上げさせ、東京見物に行かせたあの粘り強さを、今度は中学校生活でいかんなく発揮して、マイペースでいい、自分のやりたいことは何か。それを探すスタートにしてくれたらいい。
早速、テニススクールに行きたいという意思表示をして、運動公園に通うことになった。カー君の中学校にはテニスクラブはないのだ。

入学式に立ち会えなかったが、目をそらしたわけじゃない。見ているよ、応援してるよ、フレーフレー1年生!!

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「カンパーイ!!」

2015年04月09日 | おせっかい

              

昭和32年卒業 「中学校同窓会2015」。 満面の笑顔で再会を約して別れた。
177人の案内状発送で、参加者54人。「少ない」というべきか「多い」というべきか、はたまた「まあまあだね」という言うべきか。
意見は分かれると思うが、出席率ジャスト3割。総勢54人の楽しい同窓会ができた。ホ~~っと深呼吸。一仕事終えた安ど感が心地いい。

さら~っと歓迎の挨拶に続いて、「カンパ~イ」。資料を作り幹事さんを集め、何度か開いてきた幹事会が報われる瞬間。
中には「あの人誰じゃやったかいねー」と聞いてくる者がいるほど変化した仲間もいる。
「あんたはほんとに俺たちの同級生?」と尋ねたくなる今風の女性もいる。「やっぱりこの顔に会えるのが楽しみ」という人も間違いなくいる。
そんなこんな顔を寄せ合って、お互いの消息を確かめ合い、思い出話に花を咲かせる光景があちこちで広がる。
その、なんとも言いようのない眺めこそが同窓会の醍醐味であり、幹事冥利に尽きるひと時である。

「もう一度だけ同窓会をやらせてください。それは4年後の喜寿で、それを終えたら幹事団を解散します」と、開会挨拶に一言付け加えたら、閉会の挨拶の中で「4年は待てない、せめて2年先、いや毎年でもいいから頼むよ」と、遠来の友が言う。拍手がわく。
「人の気も知らないで・・・」という恨み節も唱えたくなるが、それほどに今回の内容に満足してくれたということか・・・と勝手に喜ぶ。
そして、また新たなエネルギーが湧いてきたら考えてみるよ・・・と曖昧に答えておいた。

あれこれ思いを巡らせて、前回まで催してきた、各人の趣味の作品を展示する「趣味のコーナー」を今回は見合わせた。
今まであったものを廃止するのに勇気は要ったが、それは作品展という側面を外したことで、物を眺める時間が省けたことにより、個人的な会話がさらに多くなったという利点を生み出したようにも見えた。

兎に角感謝の言葉を多くもらった。間違いなくみんなの笑顔が弾けていた。
これまでにない参加者の減少で、幹事としては盛り上がりの度合いを少なからず心配したが、「人数ではではないよ」「雰囲気作りが一番よ」と教えられた思いで、「やはりそうか・・・」などと妙に納得した部分もある。

交通費にホテル代、何より大層な時間を使って関東・関西方面から、四国方面から参加してくれる仲間には感謝の言葉もない。
その割に地元にいて「元気でボランティアに励んでいます」というなら、欠席ではなく「出席」の方に丸をしてもらいたいのだが・・・。

兎に角おわった。喜んでもらったということで、幹事一同も喜ぶことにしよう。次はアルバム作りという大役が待っている。
これを作り上げ発送した時が、本当に今回の終わりである。もう一息。

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「いよいよあした・・・」

2015年04月07日 | おせっかい

                      

「世の中は三日見ぬ間の桜かな」。ほんの短い桜花の命。
そんな短い絶好の花見シーズンに無情の雨は嫌われ者である。
にもかかわらず、降ったり吹いたり寒さを連れてきたり・・・。天候に恵まれなかった今年の花見。

会社OB会によるお花見も、錦帯橋近くの公園のど真ん中にある体育館貸切で、室内花見となってしまった。
せっかくの花見なのに、壁や天井に囲まれていては大きな声でしゃべろうにも、つい遠慮してしまう無粋な雰囲気となってしまう。
などと言いながら、実は結構面白おかしく騒いだグループもある。どのグループとは敢えて言わないが・・・。

そんな無粋な雨も風も、明日だけは小休止してくれないか、異常低温はなんとか我慢するから雨だけは降らさないで・・・と神頼み。
明日は、ほかでもないが昨年8月末から準備を始めた中学校同窓会当日なのである。
関東方面から遠来の仲間もいる。連絡船に乗って四国からやってくる仲間もいる。
もちろん、本格的な同窓会なわけだから、お花見のような青天ではないし、宴会そのものは雨風完全シャットアウトではあるのだが。

計画的に同窓会を開こう、と幹事団を組んだのが平成4年。あれから7回目の同窓会となる今回。
会員も幹事も年を取ったせいか、これまで感じたことのない色んなアクシデントに見舞われたような。
それだけに、何が何でも成功裏に終わらせたい、という願望が強くなる。願望は強いのだが「我」は強くせんようにオサエテ・・・。

昨日の幹事会ですべての準備は完了した。明日提げていくバッグも膨らむほど資料の準備も万端整えた。
出席予定者が一人も欠けることなく来てくれるのを待つだけである。
どなたかがうまいことをおっしゃった。、「人知らずとも まごころ尽くせ」 を貫いて今日まで段取りをしてきたのだ。と言ってもいいのかな?
明日の一日を満面の笑顔で過ごせるよう、できるならお天道さまにも微笑んでもらいたものである。

いよいよ明日。早く眠りに付きたいが、はてさて・・・。

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「雨の・・・ ・・・」

2015年04月04日 | ニュース・世相

                    

今年の桜は思いがけないほど早く咲き始め、一気に満開を迎えた。
つぼみがほぐれ、固さが取れるころに春爛漫を思わせる陽気が3日も4日も続いたせいであろう。
早く咲くのは特別にかまわない。まあ予定していた花見の宴が、少し花の数が少ない中で行われるという程度のことだ。

今年の場合、一気に咲いたのはいいが、そのあとが大雨に祟られるという、花見の楽しみを奪ってしまうようなもったいなさがあった。
「花散らしの雨」とは、しばらく人々に花見を楽しませて「そろそろ花見気分を終わりにしようかな」という頃にしっかり降って、花を散らす雨を言う。
まだろくに花見もしていないうちからジッパリ降る雨は、「花散らしの雨」などという風流より、ただただ邪魔な雨と言われても仕方あるまい。

昨日4月3日は、統一地方選挙の告示日でもあった。同時に、我々同好会の花見の宴も予定されていた。
選挙のスタートは、雨も風も日照りも関係なく、一斉に声を張り上げ出陣式と相なる。
ところが、花見の方はたとえ張り切っていようが、お弁当を用意していようが、選ぶ道はただ一つ。『中止』という無情でしかない。

山口県議会議員選挙出陣式に参加要請された議員さんのもとへ駆けつけた。
あいにくの冷たい雨、強い風。それでも後れを取ってはならない。雨の中必死の声を振り絞って「ガンバローコール」!!
靴もズボンの裾もびしょ濡れ。這う這うの体で帰ってくる。
そこには中止になった花見のお出かけ用品や、多少準備した諸々が転がっている。

季節外れではあるが、いるかの歌った「なごり雪」という歌をふと思い出した。
♪♪ ・・・ ・・・ なごり雪も降る時を知り、ふざけすぎた季節のあとで ・・・ ・・・ ♪
桜の季節の雨も、このなごり雪のように、降る時を知って時に人から愛される雨であって欲しいものだ。

などと、出陣式はできた雨。花見は中止にさせられた雨。まさに雨の影響によるモロモロ・・・。
などと雨に八つ当たりするかのごとき物言いであるが、実はこの雨のお蔭で、一気にジャガイモの芽が吹いた。
これは何とも有難く嬉しいことである。 

どうすることもできない雨に向かって、なんだかんだ勝手なことを色々言うものではある。
明日の会社OB会のおお花見も、青天では難しそう。体育館の中でひっそり・・・。やっぱりこの季節の雨は無粋なやつではある。

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「卒業記念、弥山登山」

2015年04月02日 | 家族・孫話

   
        見上げればゴツゴツした石段の坂道              振り返れば真下に見えるような急坂

孫三兄弟の次男坊カー君が小学校を卒業した。
卒業記念は何にしようか、と持ちかけたら「オレ、宮島の弥山に登りたいんよ」と、彼らしい欲のない答えが返ってくる。
本当は、高価なラジコンカーが欲しい、と顔に書いてある。メーカーも品名もジジに打ち明けている。
が、いきなりそこまで話を持っていかずに、先ずはジジババと一緒の行動を優先し、折を見ておねだりするつもりなのであろう。

そんな腹を見透かしてはいない振りで、「じいちゃんばんちゃんも弥山に登りたかったんよ」ということで、実行に移すことにした。
もともと、宮島のもみじ谷公園を散策するたびに、「一度はここから弥山に登ってみたい」と話し合ってはいた。
そんなシニア夫婦にとってカー君の提案は渡りに船。ましてやエネルギーあふれる介添え人が一緒なら鬼に金棒。安心して出かけた。

望みが叶った彼は予想通り跳ぶように登る。私自身は、標高535m、大したことはないと高をくくっていた。が、実際の登山道長さは2.5km。つまり標高の約5倍の距離となっている。途中から徐々に膝の油が切れ始める。「じいちゃん、休もうか」と気遣うカー君に弱みを見せんように、後れを取るまいと頑張って登ることかれこれ2時間。360度見渡せる頂上を極めた。

   
       頂上に立つカー君                         消えずの火を守る 「不消霊火堂」

 

大喜びの彼を中心に記念撮影。360度の視界が広がる展望台でゆっくりの休息。
頂上に広がる大岩の景色や、自然の力の偉大さを満喫していよいよ下山の途に。「膝に来るからロープウエーにしたら?」という山の神の声を無視して、「彼の卒業記念登山だ」と見栄を張って歩いて降りることにした。

下り坂は膝への負担も大きく、疲れもあって心身共にきつい。急な坂道が容赦なく膝を襲う。痛みに負けて何度休憩したことか。
それに比べると、汗こそ流れるが頂上の弥山堂や眺望などを夢見る登り坂は楽なものだ、などと登った後だから思う。
そしてこれまでの人生道と似ていることを改めて思い知る。「人生下り坂最高・・・」などと叫ぶ人もいるが、下り坂だって心身ともに大いなる苦痛を味わうものではある。やはり、夢に向かって流す汗は心地いもののようだ。

彼の卒業記念の弥山登山であったはずが、負うた子に教えられるように、カー君が発するジジババに対する優しさや思いやりをもらう、心安らぐ楽しい一日なった。こちらが記念日の楽しい一日をもらった気分。

下山してから宮島桟橋まで足を引きずってようやく戻ってきた。家に帰ってからの湿布薬によるケアーも忘れなかった。
それにしても、あの厳島神社おわす宮島の弥山道で出会った人は7割方が外国人であった。
ほとんどがアメリカ系の人とお見受けした。家族連れ・夫婦・男同士、メンバーは様々だがなんとまあ、ここは宮島?と思いたくなるほど外人さんラッシュ。
日本の観光地はどっこもそうであるようだ。日本人が日本の良さにもっと気づくべきかな~などと、つい思いたくなる。

膝よ早く治っておくれ。まだまだ予定は詰まっている。

 

 

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