「世の中、ちょっとやぶにらみ」

本音とたてまえ使い分け、視点をかえてにらんでみれば、違った世界が見えてくる・・・かな?    yattaro-

「泣いても笑っても」

2020年12月31日 | つれづれ噺

                     

さてこの字、なんと読もうか。「小」の字が「大」に変われば、言わずと知れた大晦日。つまり今日「おおみそか」と読み「大つごもり」ともいう。
では大みそかに対抗して「しょうみそか」??ちょっと違うね~。「こみそか」??なんかみみっちいね~。
そうだ「こつごもり」がいい。そうしておこう。その意味は大みそかの前日、つまり昨日、12月30日を言う。改めて日本語って面白いね~と思う。

そうして迎えた今日。泣いても笑ってもことし最後の一日。色々あった1年が静かに終わり、新しい年の始まりの足音が聞こえてくる。

               
                    

家じゅうのカレンダーも新しくかけ替えた。居間にある予定書き込み用のカレンダーだけは残して、その上に来年用の新しいのをかけた。
なんでここだけ残すのか。昨年1年間を彩った毎月の予定が書きこまれているから。それは、長い人生の1ページを刻んできた証のような気がして、今すぐに処分するに忍びないのである。但し、今年の1年分については、予定行事のうしろに「中止」とか「変更」の書き込みが目立つ。

一つの予定を実行するためにはそれなりの準備をし、気持ちを整える必要がある場合もある。今年の場合はそれらの多くが中止・変更に追い込まれ、気持ちを切り替えていったということなのだろう。ならばなおさら残しておいて、来年は是非とも実行に移す意欲を掻き立てたいと思う。
それぞれの表紙は明日元旦にめくることにしているが、居間用だけはあらかじめ表紙を取り、1月の予定を書き込んだ。それらはスマホに入れてあったものを、いつでも目に付くように、カレンダーに書き込んでおいたという話。

二重の予定書き込みで慎重だね、などと単純な問題ではなく、単に物忘れが激しくなってスマホを確認するのさえ忘れることもある。そんな失態防止のための苦肉の策である。早くも7件の外せない予定が書きこまれた。スマホからカレンダーに書き移したり、カレンダーからスマホに移したりややこしいが、二重チェックできるのは有難い。

泣いたり笑ったり、怒ったり反省したり、総じて悔い多き1年であったことに間違いない。
そんな反省を糧にしながらまた来年である。来年こそ、一日も早いコロナ収束を願って、予定したことは全て予定通り実行出来る年にしたいと願っている。その予定の中には、同級生との飲み会も、仲間とのカラオケ宴会も含まれているのだから。是非実行させてよね~。

この1年間、勝手気ままな拙ブログに足繁くお運び頂いた奇特な皆様に、心から感謝申し上げます。どうぞ佳い年をお迎えください。
そしてお見限りなく、来年もまた辛抱強くお付き合い頂ければ、この上ない幸いと存じます。どうぞよろしくお願い申し上げます。

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「仕事納めは」

2020年12月29日 | 季節の移ろい・出来事

                
                     黙々と続く岩国レンコン出荷。仕事納めは?

世に言う一年の締めくくりとなる御用納め。官公庁はおおむね毎年28日であり、29日から正月三が日までの6連休が与えられる。
東京証券取引所の仕事納め「大納会」は30日と決まっている。さて、サンデー毎日の私たちにとっての御用納めというか仕事納めはいったいいつなの?と考えてみる。
コロナ禍の影響で、ついに年末年始の帰省さえままならなくなった広島県に住む倅一家宛てに、お鏡餅や野菜、お菓子などを段ボール箱一杯に詰めて送るため、市内にある宅急便配送センターまで持参した。「仕事納め」などは禁句にも思えるような混雑ぶり。

たった1個の発送、それも専用のカード決済、こちらが勝手に操作して承認を待つだけなのに、待たされるは待たされるは。そこで働く女性の皆さんの動きはまるで戦場の様相である。「早くしてよ」などととても言える雰囲気ではない。
私たち夫婦にとっては、この段ボール発送を終えた時が小さな仕事納めか、などと話す帰り道。黙々とレンコンを掘り年末出荷に間に合わせようとする人たちの姿が目に留まった。

ここにも「仕事納めはいつ?」と尋ねてみたくなる光景が広がっている。もっとも、お正月用の食材として買い求める人が、明日も明後日もいるとすれば、新鮮堀り立てレンコンはやはり値打ちものではある。ギリギリまで掘り続けたい気持ちも理解出来るけど、本当にご苦労さまである。

御用納めの代表格は、あの年越しソバの発祥となった、かつての両替商、今でいう金融機関の大晦日の光景であろうか。1年間に扱った大判小判など金貨のかけらを、練ったソバ粉で集めた。そのソバ粉をさらに練って打って、ソバにして食べることから始まったと言われるあの年越しソバのおはなしであろう。
振り返って我が家の本当の仕事納めは、明日の朝から始まる。まず神棚のお清めと榊などお供物一式を新調する。次いで仏壇の清掃とお花やお供えの新調をする、そして玄関にしめ飾りを装着、正月用生け花を飾るとおおむね迎春準備完了、まさに仕事納めとなる。そのための買い出しも終えた。いよいよ年の瀬も大詰めを迎えた。

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「名残の紅葉」

2020年12月28日 | 季節の移ろい・出来事

                                                            
                                                                赤・黄・青、名残の紅葉が目の保養に         

コロナ禍に翻弄された学校生活であったが、冬休みだけはおおむね順調に12月24日が2学期の終業式となったみたい。
長期の休みに入ると近くの5年生孫君が、両親が仕事で留守の日は我が家にやってくる。それもそろそろ終わりのはずなのに、自分の目的があったらちゃんと母親に連れて来させる。今日の場合は、じいちゃんと差しでグラウンドゴルフの勝負がしたくてやって来たのだ。
仕方なし、コンビニで適当なお八つを仕入れ、クルマで40分ばかり走った先にある総合公園で午前中をグラウンドゴルフ三昧で過ごした。

他の球技ではもう全て向こうが上。ついていけないじじだが、グラウンドゴルフだけは差しの勝負ができる。彼は滅多にやりもしないくせに腕を上げていて、じいちゃんに勝負を挑むほどの自信を付けている。なかなかやりおる。長い戦いを1点差でじじの負け。帰ってきて優勝の賞状を作ってやったら大喜び。5年生11歳の野球少年でも、じじの前ではまるで子供の素顔をみせる。本音は、じじを喜ばせるコツを心得ているのかもしれない。それにしても、じじは少しお疲れ。 

そんなお疲れを癒してくれるように、二階の窓の外には、赤く、黄色くまさしく名残の紅葉が小さい額縁の中に治まっている。そして遠くに見える海の色は冬でも青く広がっている。今年は晩秋から初冬にかけての雨が極端に少なかったせいか、季節はとうに盛りを過ぎたというのに「これが最後よ、しっかり眺めておいてね」と名残惜しそうに、紅葉が誘いかけてくれている。

今日も暮れて、令和2年もあと3日を残すのみ。全国的に見事であった紅葉も、如何せんコロナの影響で、例年通りの多くの人の賞賛を浴びないまま終わってしまったのは気の毒である。なにもかもペースを乱されっぱなしだった今年も間もな。せいのない一年であったという感慨は皆さん同じなのだろう。    

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「餅は餅屋と……」

2020年12月27日 | 季節の移ろい・出来事

                  
                    
餅は餅屋というけれど。「素人が下手な手出しをするより、その道の手練れに任せた方が仕上がりがきれいだよ」「いろんな経験を積んだ人のやることは無駄がない、そつがない」ということなのだろう。
でもこのことわざ通り、この時期家庭用の餅まで餅屋に任せたら、いくら餅屋さんでも忙しさに揉まれて粘りきれず伸びてしまうんじゃないかな。

だからというわけでもないが、我が家の正月餅はもう長年自家製を守り続けている。かつては二人の嫁いだ姉が、それぞれ一家で里帰りして来て、朝早くから昼過ぎまで、蒸し、石臼で搗き、揉んで丸める。12月27か28日の一大イベントであった。
一度は、かまどの火を焚きすぎて屋根に伸びる煙突の周りが燃え始めているの気づき、大慌てで消し止めて事なきを得た厳しい経験もある。
そのくらいに、年に一度の正月用の餅つきは一族のきずなを結ぶ大切な日でもあった。

ああそれなのに、特に今年の場合は誰一人お手伝いという名のお邪魔虫もいない、高齢者二人の静かな餅つきとなった。
里帰りしてジジババとの餅つきを楽しみにしていた姫孫も、コロナに怯えて県マタギの里帰りを見合わされて、電話の向こうでベソかいている。
台所の片隅でウィーンとうねりを立てる餅つき機が、湯気を上げてピー。搗き上がったよと教えてくれる。
問題はここからである。アッチッチアッチッチ、それでなくても面の皮と同じく薄い皮が、餅の熱さただれそうになるのをがまんして、ひたすら揉む。なんとか二臼分4升のお米を餅にした。

だれが喜ぶのか。二人の子供家族9人と近くに住む私の姉。お鏡餅だけでも6重ね分をつくる。遠くは野菜などたっぷり添えて宅急便で発送。
「手がかかるねー」と言いながら、やっぱりいそいそと忙しい年末の一日を過ごす。ここにもコロナの奴メの影が迫ってくる。

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「GBGGクリスマス」

2020年12月25日 | つれづれ噺

  

今年ばかりは、近くに住む孫たちでさえコロナ遠慮でやって来ないクリスマスイヴ。シニア二人じゃなんにもすることもなく過ぎた。「若い頃はこんなイヴを経験したことなかったねー」など思い出話を少々。
そんなイヴから一夜明けた今日は、G・B・G・Gクリスマス、つまり、ジーバーグラウンドゴルフ仲間のクリスマス。この1年の総決算大会を繰り広げた。

先ずはゲーム前のラジオ体操と準備運動。この頃ではラジオ体操だけの参加者も出てき始めた。
いよいよ大会のゲーム開始。11才の私の孫君はじめ、最年長83才の男性まで9人が二組に分かれてゴー!!。皆さん普段の練習よりやや口数が少ない。と思ったのも最初の1ホールだけ。後はもういつも通り、褒め合ったり残念がったり和気あいあい。

戦い終えた表彰式が気取ってる。それぞれが自分の好みのお弁当を持ち寄って、我が家の角先に集合。三密を避けなければならないご時世、アウトドアでの食事会と相成った。熱い豚汁を振る舞い、何はともあれお腹を満たす。もちろんアルコールは自分持ち。好みに合わせてお好きなように召し上がれ。食べてしゃべって、ようやく表彰式。
          

今回の優勝者は、81才の我がクラブのアイドル的存在の女性。割れんばかりの?拍手と、仲間の手作りの優勝杯、豪華副賞と共に賞状を受け取って、まさしく満面の笑顔。豪華副賞はティッシュぺーパー5箱。「頂いたお礼に」と♪うさぎ追いしかの山 こぶな釣りしかの川~ ・・・・・・♪それはそれは素敵な声で「ふるさと」独唱の返礼を受けた。云っておきますが、景品は大したことなくても、賞状と優勝杯はホンモノですぞ。パソコンを駆使してこしらえたオリジナル賞状なのだ(笑)

そんなこんなで、クリスマスといってもこれといった行く当てもない連中が集まって、北風の中で日差しを頼りに青天食事会表彰式。人数も年令も関係ない大笑いのひとときであった。

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「新装開店」

2020年12月23日 | つれづれ噺

    
           新装開店で賑わう、団地と地続きの中型スーパー 

田舎町の小さな団地に隣接していた中型のスーパーが、営業不振で閉店してかれこれ2ヶ月。
クルマに乗れない、乗らない人たちにとっては、さし当たっての買い物に困り果てていた。「なんとかならいなかね~」「どこかの大型チェーン店が来てくれりゃいいのに」「バスで買い物に行くにはバスの便数が少なくて、兎に角、困るんよね~」などの切実な声が聞こえていた。

営業不振で閉店する前には「団地と地続きでクルマも要らない。自分ちの冷蔵庫代わりに使える便利さは、この上なく有り難い。高齢者のひとり暮らしでもコロコロカートを引っ張れば十分な買い物が出来て重宝している。」という賞賛の声が多かったので、プラス・マイナスえらい違いであった。

そして年末の慌ただしさの中で、その中型スーパーが新装開店。今日がそのオープンサービス初日。まさに上を下への大賑わいであった。但し、今回のお店は薬や健康食品のチェーン店の支店であって、以前のような純粋な食料品スーパーではない。が、そこは経営者の目は節穴ではなかった。地域のニーズに合わせて肉、野菜など薬のスーパー専門とはひと味違う品揃えのようで、早速、隣のシニア女性から「助かった」という安堵の声が聞こえてきた。

問題はこの大賑わいの後の客足である。繁華な町並みから少し離れた国道沿いの小さな薬品スーパーが、どこまで客足を引き留められるか。この2ヶ月間で味わった不便さを、二度と繰り返さないように、地元の人たちが「買い物は地元で」という確固たる意識が持てるか。ウ~ン、難しいところではある。やはり人が集まるところ市が立つのは昔も今も変わらない。お店側もお客側も、双方の歩み寄り、頼り合いが、今後の繁盛度合いを決めるのであろう。出来れば長く頑張って欲しいのだが。

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「年の瀬恒例の」

2020年12月22日 | 季節の移ろい・出来事

今頃になって、新年元旦に届くようにとの願いを込めて、年賀状をせっせと書いている。とは言っても、絵柄や字体など豊富なバリエーションはいつもの通りパソコン頼みである。ただこの身を駆使するのは、短いながらも添える一言に意気を吹き込むくらいのこと。
なんで今まで手を付けずにきたの?。理由はいくつかあるが、結局は自分が「まだ時間はある」とノンビリ構えていただけのこと、かもしれない。
やる気さえおこしていたらもっと早く取りかかれたろうに、と自分を叱ってみる。
 

    “ せめてもの 生きてる証の 年賀状  ”   
    “ 年賀状 生きてる証に 投函し ” 
 
年賀状とは、川柳にもある通り「元気にやってますか~、オレも元気に生きているよ~」というシグナルのやり取りみたいなものである。ならば
このシグナルのやりとりは不要か、というと決してそうではないことに気づく。何気ない音信であったり、お世話になった方への1年間の感謝の言葉、という意味では、無駄などという言葉は当たらない。

もちろん中には、文字通り儀礼だけ。成り行き上仕方なく。あるいは、止めるきっかけがなくてね~。など無駄かな?と思われるものがないとは云わない。どっちにしても「せめてもの生きてる証」くらいの軽い気持ちを通わせるのもいいのではないか、と思うようになってきた。
特に、スマホメールやラインで済ませる簡素化社会の中で、新しい年の正月元旦にお互いの存在価値を1枚の葉書として形で残すのも悪くはない。

なんだかんだ忙しくて年賀状に回せなかった手を、本気モードで年賀状集中だね~、しばらく。

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「少しの足跡を」

2020年12月20日 | 地域活動

             
             都大路を駆け抜ける、高校駅伝

コロナ対策が叫ばれる中、昨日の続きで、今やっておかなければまたしても立ち消えになりそうな小さな炎を、なんとかつなぎ止めて大きな炎にする一仕事を、今日午前中に済ませた。といっても完全に賛同を得たわけではない。大きな賛同を得るための本格的作業に入る了解を得たという段階である。本番はこれから。

何をやっても、どんなことをしても、自分以外の数人が集まれば色んな意見が出てくる。正論による反対意見もある。単なる難癖をつけるような幼稚な意見もあったりする。そんなことは百も承知でスタートしたのだが、年齢層の違いや立場の違いとはいえ、あまりにも愚説を並べられたり、自説をくどくど披露されたりするのは閉口ものではある。

兎に角綿密な、と本人が思い込んでいるだけの「提案理由」をブチ上げて、大方の承認を得た。これからが、自治会全体の承認を取り付ける正念場の作業に入る。大した知恵も知識もない人間が、ちっぽけな情熱の欠片だけで仲間を集めてやってはいる。それにしてもここだけの話だが「愚にもつかないことを考えるもんだねー」といったような意見にぶつかることもしばしば。何か新しい提案をする者の悲哀だと受け止めるべきなんだろうねー。と解っちゃいても辛いときもある。

都大路を駆け抜ける、年末恒例の全国高校駅伝。広島世羅高校が見事なアベック優勝を飾った。1本のタスキをつないでチームワークで走り抜ける。順位を下げる区間もあれば、一気に上げる区間もある。そんなレースを見ていると、今自分たちがやっていることも、長いスパンのタスキをつなぐレースの真っ只中にいる気がしないでもない。こうして考えてみると、萎えそうになる気持ちがまた前をむき直す気分にさせられる。

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「明日を待つ」

2020年12月19日 | 地域活動

               
                   夕暮れの空に、五日の月が・・・・・・。

またまたやっちまった!
知らぬ顔してうつむいていれば1年という歳月など、あっという間に過ぎていくのに。
たまたま輪番制で回ってきた自治会のお役目の中で、以前から気に掛かっていたことをつい口に出してしまった。今年の役員仲間がいち早く賛同のスクラムを組んで、その実現に乗り出すことになった。

75世帯という小さな団地に住んでおり、自治会も存在する。街区公園という小さな公園もある。団地の一画には、団地造成当時からあてがわれた自治会館建設用地も備わっている。ところが、数年前に行われた「自治会館建設に関するアンケート」で、自治会館の建設反対が議決された。入居が始まって四半世紀過ぎた今も、用地は空き地のまま。自治会の事務所すらない。

自治会長さんにでもなれば、会長の自宅が事務所になり、役員会などは会長の自宅の一室を開放しなければならなくなる。今年なんぞコロナ対策で三密は厳禁。それでも用心しながら狭い部屋に集めて役員会開催5回を数えた。こんな不合理な状態を解決しようや、ということで、あらゆる角度から下調べをしてきた。そうして、市の補助制度を活用して「こぢんまりの自治会事務所」建設案をまとめた。

このご時世、臨時総会など大人数の会合は御法度。致し方なし、20人規模の準備委員を任命して明日、隣の自治会館を拝借しての初会合。この時点で何が何でも賛同を得なければ前には進まない。提案理由を蕩々とブチ上げることになる。自分のアホさ加減に呆れながらも、「やっぱりやってよかったね」と後で評価されること間違いなし、との信念という名の自己満足で明日を待つ。

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「力ある者が」

2020年12月18日 | カープ一喜一憂

              
 最優秀新人賞、森下暢仁投手         年連続ベストナイン鈴木誠也外野手  8年連続ゴールデングラブ賞、菊池涼介二塁手 

久しぶりにカープのユニホームを登場させた。カープを忘れてたわけではない。不甲斐なさに呆れてカープファンを止めたわけでもない。来年はヤクルトを応援するか? そんなこともさらさらない。やっぱりカープ一筋。来年も熱くなって応援することに変りはない。
今シーズンのペナントレース戦績は決してよくなかったが、力のある者は間違いなくその力を、ファンに見せつけてくれた。

そんな結果は、数値や記録、印象度となってスポーツ記者や、報道関連の人たちの印象として刻まれる。
セ・リーグとパ・リーグの力の差が浮き彫りになり大きな話題となって、今年のプロ野球は全てを終えた。目下契約更改や新入選手の話題でもちきり。そこに来て発表されたのが、最優秀新人選手つまり新人王。ゴールデングラブ賞。ベストナイン。など、コロナ禍に泣かされた今年のプロ野球ではあっても、大いに盛り上げファンを唸らせた名選手の名プレイに贈られる数々の賞が発表された。

グズグズ文句を言いながらも目を離さなかったカープの戦い。その中でもゆったり安心して見ていられたのは、新人森下暢仁投手 が先発したとき。相手バッターのヒットをファインプレーで凡ゴロにすり替える菊池涼介の二塁守備。そして、走攻守いずれもセリーグを代表するレベルになった鈴木誠也選手。この3選手の受賞は、専門家に近い目で見るスポーツ担当記者の投票で決まるのだから、値打ちがある。

やはり、本当の力を持っている者は、見ている者を喜ばせるし評価を勝ち取る要素を持っているのだろう。ただ、森下投手の新人王については、ライバルはセ・リーグ優勝巨人の戸郷投手。正直なところ、記者の眼力が正常であることを祈っていた。結果は正常であった。また来年もカープを愛おしく応援すること間違いなし。グズグズを少し控える練習をしてみるかな。ダメだろうねー。   

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