「世の中、ちょっとやぶにらみ」

本音とたてまえ使い分け、視点をかえてにらんでみれば、違った世界が見えてくる・・・かな?    yattaro-

「故郷を取り戻す活動」

2016年03月31日 | 地域活動

   
        里山を覆うように咲く、見事なツツジ。               ふるさとの小川で石投げに興じる悠雅君

早くも弥生つごもり。今年もあっという間に3カ月を過ごした。
例年のこととはいえ、1月、2月、3月の逃げ足の速いこと。元々足に自信のない小生など、追いつく術を持たない。
特に今年の場合その感がより一層の気がしている。単に歳のせいばかりではないような。

明日から4月。桜の開花情報があちこちから聞こえてくる。
この時季は桜に限らず色んな花が開く。これぞまさしくわが世の春である。
それは、これまでの寒さや冷たさから解放された私たち人間の胸をも開かせてくれる思いがする。

故郷の小さな神社を祀る里山には、山一面を覆うほどの「山ツツジ」が咲き、山が赤紫色に包まれるスポットがある。
いい被写体を見つけたら、野良いぬの如く食らいつくカメラ愛好家が、密かに狙う一角でもある。
正確に言えば、かつてそれほどの見事な景色を持つ里山があった、というべきか。

その里山を中心に広がる集落は、かつて林業に慣れた多くの手があり、ひと声かければそんな小さな里山くらい2・3日で整備され除草されたものだ。ところが今や世帯数は半分以下、超高齢化の限界集落に近いほど寂びれてしまった。
里山に咲くツツジの競演も、雑草や蔦に覆われて見る影もなくなっていた。カメラを向ける人もほとんど見なくなった。

そこで、集落の支所に勤める女性が「故郷の山を守ろう」と立ち上がって、「里山保全グループ」を立ち上げた。
先ずは、当地出身者を洗い出し、「故郷の景色を取り戻そう」と呼びかけた。
整備する回数を増やすことで段々人手が集まり、数年ぶりにツツジの山が再現されたという。
こういった活動は、実効を上げるには意外に時間がかかる。それを、いろんな機会を通して呼びかけて実現した。

単にこの女性の情熱と手腕だけでは、実現は難しかったであろうが、故郷を離れた人に「故郷の現状」を訴え、「故郷を守ろう」という呼びかけが功を奏する原動力となったようだ。山も川も、故郷の大自然は必ずや人々の心を癒してくれる。
川では、孫君が平たい石を見つけては、サイドスローよろしく、水切り石投げに興じている。
この川も、川鵜の繁殖でハヤは全滅に近いほど食い尽くされたという。川鵜対策も必要となってくる。
『故郷を守る。』言うのはやさしいが実効は難しい。でも誰かがやらないと消滅してしまいそう。

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「今年も怒ったり笑ったり」

2016年03月27日 | スポーツ・観戦

         
              勝利した試合終了後、選手・スタッフが整列してファンに一礼

甲子園を沸かす高校球児の選抜高校野球に始まった今年の野球界。
プロ野球公式戦はセパ両リーグともに、3月25日という異例の速さで開幕を向かえ、今日は開幕カードの3試合目となった。
球場全体を真っ赤に染めた、マツダスタジアムでは、横浜DeNAを迎えての3連戦。なんとか2勝1敗と勝ち越した。

昨年は同じ横浜との開幕戦、敵地で3連敗のスタートであったことを思うと、今年は少し違うのかな。
などと甘い考えをするととたんに、ため息連続の腹立たい弱さを見せたりする。所詮、底力という点ではまだ物足りなさが目立っている。
それにしても、球場を真っ赤に染め、超満員に膨れ上がる観客席から、怒涛の如き声援が沸き起こる熱気は一体何なのだろう。

地元を愛し、カープという球団を愛し、CARPのユニフォームを着る選手一人ひとりをこよなく愛している証拠なのか。
それとも、広島という土地柄で、団結意識や身内応援意識が他より強いのかもしれない。
兎に角カープファンは皆さんお元気である。お金持ちでもあるような。
1試合3万人の入場者として、入場料だけでおよそ7500万円が球場に入る。それに弁当・飲み物・おつまみ代等はプラスαの収入。
一体ひと試合に一人がどのくらいのお金を使うのか」。まあいい、無いものがやっかむことではない。ひいきの球団に金を使うのになんの惜しむところがあろう。というのが本当のファン気質とでもいうのだろう。

昨年はクライマックスシリーズも逃すほどの、尻すぼみ。今年はマエケンが抜けた分、総合力はさらに低下ではないか。
などと厳しい評価をする解説者は多い。正直、アタシ自身もそう思う。なのに、ファンの熱気は昨年に勝るとも劣らない。
怒ったり泣いたり、たまに笑うペナントレースになるのだろうが、ファンの大方の期待通り25年ぶりの優勝を期待したい気持ちもあるにはある。
但し、今の選手層、スタッフの顔ぶれを見ると、「間違いなく優勝」などと大声では言いにくい。

なんだかんだ言いながらも、カープのテレビ中継が始まれば、何はおいてもテレビの前に陣取り、何にもしてくれなくなる。とひんしゅくを買う。
それでも、怒ったり、嘆いたり、途中でテレビチャンネルを替えたり、時に笑ったりしながら、8月の終わりごろまでは必死の応援をするのだろう。

選手も監督・コーチもご苦労様。だが、ファンはもっとご苦労サマ。大金を払ったうえに、負ける口惜しさ、腹立たしさをグッとこらえてまた明日。
そろそろ、本当に優勝の美酒を味あわせてみてよ。「田中・菊池・丸・ルナ・エルちゃん・天谷・会沢・投手」頼むよ~~。

 

 

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「付録」

2016年03月26日 | 地域活動

      
          中国山地のひなびた温泉宿             カタクリの里には大友家持の歌碑が

誘われるまま食指を動かした、地元の高齢者仲良しグループ「男性料理教室」入会。
実質的な教室はまだ3回。そのあと特別講習でキムチづくりが1回。トータルでもまだ4回の顔合わせでしかない。
回数こそ多くはないがそこは地元の人ばかり、何らかの形で顔はつながっている。まるっきり他人の中にポツンとひとりなどとはならない。

平成27年度の活動が一通り終わったことから、年間総仕上げの懇親会を持つことに。
「ひなびた温泉に浸かってイッパイとカラオケを」というお誘いに乗っかって、勇躍?出かけた。
島根県と山口県を、深さ80mの渓谷で仕切られている、かつては観光バスも通った「深谷大橋」のすぐ近く。
イノシシはよく見かけるという。「クマもたまに見るんですよ」まさに秘境、山奥の温泉宿。

そういえば思い出した。去年の夏休みに、孫の長男と次男が、無謀にも自転車で70kmを走り、お父さんの実家を訪ねたことがあった。
あの、肝を冷やすほどの貴重な体験をした実家のすぐそばである。
こちらは、温泉の送迎バスに揺られていくのだから、足の心配はない。
それにしても、物音一つしないという静けさの中、お酒の回りとともにテンションは徐々に上がっていく。

最高齢85歳、最若年64歳。平均年齢74歳という盛りの過ぎかけた男ばかり14人。
それでも、いざカラオケが始まると次々に希望の1曲がリクエストされる。尽きることはない。
温泉宿の約束の時間ぎりぎりまでカラオケ三昧。そしてバスに揺られて、小規模観光案内。
温泉宿の支配人がバスの運転手も兼ねており、私たちを送るついでに、「深谷大橋」「カタクリの里」や、太古の昔から繰り返されたという水路争奪戦争を物語る「分水嶺」跡の見学。

中でもカタクリの花が群生するという、小さな山肌を目指して、「もう3・4日後が最盛期ですね」という咲きかけのカタクリの花を見つけて大喜び。紫色で、清楚な花が下を向いて開く。日が高くなるころちょっとの間上を向く、そして夕方にはしぼむのだそうな。
そんな山肌の一角に、大伴家持の「歌碑」が建てられていた。
温泉旅行という名前の割には極めておとなしい田舎巡りではあったが、これはこれで実に楽しく有意義であった。

高齢グループと田舎のひなびた温泉。よく似合っている・・・などというと同行者のひんしゅくを買うかな?

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「リハーサル」

2016年03月23日 | 季節の移ろい・出来事

           
               開花宣言間近い錦帯橋のさくら (2016.3.23 PM 0:30 )

暑さ寒さも彼岸までと言われる通り、お彼岸を迎えると一気に季節が変わっていく様子が目にも見えるような気がする。
今日はお彼岸の明け。いよいよ本格的な春の訪れを感じさせてくれるようだ。

あまりにも穏やかな春らしいお天気に恵まれた今日。
開花宣言が間近であろう桜のつぼみのふくらみ具合を確かめに、錦帯橋をぶらり散歩と洒落こんでみた。
そんな思いの裏に、何事もリハーサルが肝心と、4月1・3・8日と予定されている花見本番の下見、つまりお花見リハーサルに出かけたというのが本音である。

絶好の花見日和と思った割には、川風の吹き抜ける河原は意外に肌寒い。ちょっと襟を立てたくなる。
それでもお花見リハーサル。川土手に座り込んで、持って行った花見弁当を開く。
途中のスーパーで買った、お粗末極まりない代物ではあるが、場所と青空が演出を盛り上げ、喉越しよくて、やっぱりうまい。
できることなら、お花見本番の頃に「花散らしの雨」などという無粋な雨を降らせんで欲しいものである。

帰り道、岩国出身の作家宇野千代の代表作「おはん」に出てくる、おはんの息子が淵に落ちて亡くなる不幸の現場のすぐそばで、見事に真白い花を付けた「ハクモクレン」が、わが世の春と咲き誇っていた。
その手前にはお稲荷さんの朱色の鳥居に朱色の幟旗。白と朱のコントラストが青空に映えているではないか。
思わずクルマを停めてパチリ。おまけの1枚をごらんあれ。

               
                   見事なコントラストを見せる「白と朱」

この周辺から錦帯橋にかけて、ソメイヨシノがずらりと並ぶ。
やっぱり、桜は錦帯橋が一番よ~~。

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「6歳の旅立ち」

2016年03月20日 | 家族・孫話

  
    園舎入口の「おめでとう」アーチ              園長先生から、卒園証書を授与される悠雅君

連日のようにプライベートな話題、「我が家の孫話」にお付き合いさせて恐縮です。
他にブログネタはないのか? そんなお叱りを受けそうですが、今春に限っては、なんと言われようとお許しを頂くしかない、というのが本音です。
取るに足らない話かと思いますので、痛痒(つうよう)を感じられるお方は、ご遠慮なくこの先は読み飛ばして頂けると幸甚です。

などと立派げなお断りをしておいて・・・いざ!
今日は、孫三兄弟の3番目、つまり末っ子の悠雅君が、めでたく幼稚園課程を修了し、「卒園証書」を受け取った記念日である。
国旗が掲揚され「君が代」の斉唱に続く、式辞や告示が読み上げられる厳かな式典は、これから幾度となく経験することではあろうが、4歳から6歳までの3年間を過ごした幼い彼や彼女の記憶の中に、どれほどの位置を占めるのか。大きく成長したとき、忘れずに訊ねてみたい気もする。

名前を呼ばれた4人ずつが壇上に。教わった通り、一人ひとりが園長先生の正面に立ち、両手を差し出して卒園証書を押し戴く。
この時ばかりは一様に緊張した面持ちと所作がなんとも可愛い。ぎこちない中にも笑いをこらえる真剣さも見える。
こうして幼稚園課程の全てを終了した。

ということは、何を隠そう、私たちジジ・ババにとっても、3人の孫を見守ってきた幼稚園から解放されるという日でもある。
中学校を卒業した兄ちゃんに始まって、中学1年生を終えるカー君、そして悠雅君。3人共に3年間の保育園生活を過ごした。
単純計算で9年間。但し上の2人が1年間だけダブったので、実質8年間。
午後4時に送られてくる幼稚園バスを待ち、受け取り、腹ごしらえに散歩に野球にサッカーに、付き合いながら育ててきた。

そうすることで、看護師という忙しい仕事をこなす娘の役に立ってきたのだろう。
孫たちのいう「おふくろの味」とは、ばあちゃんの作る「梅干し入りおにぎり」や「煮しめ」であったり、一番腹が減った時の「食パンピザ」であるのかもしれない。「お母さんの味とは、レトルト食品」と言ってはばからない現代っ子より少しは贅沢させたのかな。

それにしても、こうして3人が無事に成長し、我々の手から少し離れたところに旅立っていく春に、我なにを思うや。
但しこれもホンに束の間の小休止でしかない。小学校が始まれば、今度は放課後児童教室に迎えに行く日は目の前である。

色々あった8年間。笑いや感動、やる気を起こさせる場面などをいっぱいくれた三兄弟。一緒に暮らせたことに感謝するのは意外に私たちかも。
頑張れ三兄弟。もうしばらく応援団を勤めるぞ~~。

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「15才の笑顔」

2016年03月18日 | 家族・孫話

                

   複雑な想いを胸に秘め、今日という日を待った。早く来いという思い。もっと先でもいいや、という思いが交錯する。
切ないまでの祈りを込めて「待つ」時間の長さ。正直、肩の凝る思いで今日を迎えたというのが、ジジ・ババの本音である。
肝心な本人の心境は如何ばかりであったのだろう。わずかな自信があったのか、虚勢ではない笑みもチラッとは見せていた。

15才の春を迎え、中学校を後にした孫兄ちゃん。仲間との別れは、涙というより笑顔であった。
その笑顔がホンモノになるか否か、今日という日の審判が大きく物を言う結果をもたらすのである。

午前10時から、合格発表があると聞いていた。
今日は午前9時から地元の小学校卒業式に招待されていた。もちろん、マナーモードにしたスマホを礼服の内ポケットに忍ばせて。
10時20分、卒業式は感動のうちに終わった。スマホはウンともスンとも言わない。段々不安が大きくなる。
校長先生や関係者に挨拶をしてそそくさにクルマで帰宅の途に。

10時43分我が家に帰りついたその時、スマホがブルブル振動した。
孫兄ちゃんの志望する高校入試合格の第一報が入った。
気持ちを落ち着かせてネットで再確認する。間違いなく「1020」孫兄ちゃんの受験番号が載っていた。

「ウーン、良かった。よくやった」頭を撫でて誉めてやりいが、そこにはいない。
彼の笑顔を想像しながら、じっくりと今の心境を味わうジジとババ。
ジジ・ババにしてこれなのだから、本人の喜びや如何に。そして安心したであろう両親と弟カー君。

小学校からずーっと続けてきたスキー競技。高校はスキーのできる環境に進みたい、と思っていたという。
島根県の雪深い田舎にある、中高一貫も備わった県立高校の寮生活という道を本人が選択した。
先ずは夢の一歩に踏み出せたことを喜びたい。そしてじわじわ押し寄せる現実の厳しさに直面したとき、また新たな形で応援団長の役目を、曲がりなりにも果たすことになるのだろうか。まだまだ老いてなどいられんなー。

夕方顔を見せにやってきた兄ちゃんの笑顔、良かった。雪焼の黒い顔に真っ白い歯が光っていた。

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「久しぶりのお城山」

2016年03月17日 | つれづれ噺

           

桜の硬いつぼみが一気に膨らみそうなお天気。
春爛漫を思わせる青空に誘われて、久しぶりのお城山ウオーキングを楽しんだ。
このところ、肩が凝るような諸々に追われて、身も心もついつい縮こもり勝ちの生活に少し嫌気がさしていた。

登り始めのなんと肌寒いこと。青空とは裏腹に、ヒンヤリこんこん。これがまた心地いい。久しぶりの山道の恩恵か。
顔なじみの何人かとあいさつを交わしながら、やや急ぎ足でお城を目指す。
地元の人も観光客も極めてまばら。春休みはもう少し先の話し。梅が終わって桜はまだで、観光シーズンもちょうど谷間なのだろうか。

そんな中で何故今お城山なのか。
会社OB会のお花見「歩こう会」の案内が来た。4月3日と書いてある。
もちろん気の置けない昔の仲間や同級生もやってくる。一斉にお城山に登って下りて、懇親会の席に着く。
その城山登りで、息を切らせたり、ハーハー言ったりしてはみっともない。まだまだ健在を見せつけないと、何を言われるやら。

そんな見栄も手伝って、歩こう会本番までにはもう二度三度とリハーサルをしておきたい。
城山もいいけどトレーニングセンターもあるんじゃないの?という声も聞こえてくるが、やはり自然の森の中はいい。
春告げ鳥、ウグイスがまだまだ練習不足ではあるが、一生懸命の初音を聞かせてくれる。
計算し尽くされた器機を操作しながらの室内トレーニングとは大いに異なる味わいがあるというもの。

午後からの予定も気にかかって少し急ぎ気味だったせいで、時間は普段より短縮。それでも汗はウッスラ程度。
いまが一番城山シーズンなのかもしれない、などと一人合点を。

♪♪ 腕を振って足を上げて、ワンツーワンツー 休まないで歩け~~ ♪

肩の凝りも少し解消。血圧もひところの心配が遠のいている。後は旺盛になりがちな食欲を抑えることか・・・。
別段おふくろの歳まで生きようなどとは思わないが、ピンピンころりは希望したくなるよね~。

 

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「15才の春」

2016年03月11日 | 家族・孫話

  

孫三兄弟の長男、言いかえれば私たち夫婦にとっての初孫でもある兄ちゃんが、無事中学校を卒業、嬉しい「15才の春」を迎えた。
在校生が居並び、保護者が静かに待つ体育館。教職員が会場左手に着席。右手にうやうやしく来賓お歴々が着席。
いよいよ緊張した面持ちで卒業生入場。出席番号の事情でトップに入場したのが孫兄ちゃんであった。こちらも緊張を抑えながらシャッターを押す。

小生59歳。定年退職を1年後に控えた1月30日に産声を上げた初孫、元気のいい男の子であった。
1才の誕生日を迎えた翌年1月30日の翌日が、小生の定年退職日であった。
そんな奇しき縁もあって、時間を持て余すと非難されがちな定年退職の初老男に、無駄な時間を与えないという神様の思召しでもあったかのように、よちよち歩きを始めた赤子との二人三脚が始まった。

すぐ近くに住む娘のところにクルマで迎えに行き、替えのオムツと哺乳瓶など必需品を持たされて始まった、初孫とジジの公園行脚。
それまでは我が子のオムツさえ替えたこともない企業戦士??からの脱却?必要に 迫られての変身?
1日に二つも三つも公園をはしごする。肌寒い公園のベンチに転がして、手早くオムツを替えないと風邪を引かれてしまいそう。
慌てるとろくなことはない、「しもた!手に付いた」急いで水道を探して手を洗い、鼻に当てる。「OK!!」

そんなこんなで、幼稚園からの帰りをわが家で受け取り、小学校放課後児童教室へお迎えに走った。
ハス田のあぜ道を散歩しながら、「タニシの卵」を教わったり、野球やサッカーの相手をしたり・・・。海の公園で泳ぎを教えたり。
もちろんその頃には、弟カー君が付いてくるようになる。

幸か不幸か、定年後の時間配分にゆとりがないほどの孫との密着生活。実に楽しく、結構忙しく、充実の時間であったような。
ブログネタも新聞投稿ネタも大いに提供してくれた、活発この上ない体育会系兄ちゃんであった。
成長と共に、お父さんに仕込まれてスキーの技術は一応全国大会出場並みになった。
お蔭か、遠くステージで歌う姿を見ても、人一倍色が黒いのが解る。雪焼けが残っているのだろう。そこに真白い歯、これがなかなか。
 
まさにジジ・ババが手塩にかけて育てた感じもあり、食べ物は和食を好む。特に煮しめには目がない。
さてこれから、どんな夢が広がって行くのだろう。高校受験の発表を待つやるせない時間。ここを通り過ぎるとまた新たな道が見えてくるのだろう。
どっちにしてもこれからだ。何をやりたいのか、何者になりたいのか、手探りでいい。しっかり時間をかけて探せばいい。
それこそが15才の春を迎えた者の特権である。
 
卒業おめでとう、兄ちゃん。少しずつ頼りなくなっていく応援団ではあるが、口と理想は衰えさせぬ努力をするよ。

 

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「エレベーターやっと」

2016年03月05日 | つれづれ噺

               
                   新岩国駅、運用開始したエレベーター。

今日は啓蟄(けいちつ)。地中の虫たちがうごめき始める季節。いよいよ春を身近に感じる頃ということか。
でも実際に虫たちが地中から顔を出すのは、もう少し先の話のようである。

     “ 啓蟄や 雲のあなたの 春の雲 ”       加藤 楸頓

いよいよ春を実感するようになり、世は行楽シーズンへと向かっていく。
そんな季節を先取りするとでも言おうか、先取りどころかいかにも時代遅れで恥ずかしいと言おうか、そんな話が新聞に載った。

「エレベーターやっと」という見出しで、次のように書かれている。
『全国の新幹線駅の中で唯一、エレベーターがなかった山陽新幹線新岩国駅で、4日(昨日)新設されたエレベーターの運用が始まった』
こんなこっぱずかしい話が今頃新聞ネタになること自体が、不名誉なことであり、我が住む街のど田舎ぶりを世間に公表するようなものだ。
と言っても、それが事実であり、現実なのだから何の申し開きようもない。

『以前からエレベーター設置を求める市民の声はあったが、市によると、1日の乗降客数が1800人と少ないことや費用負担の問題からJR側との協議が進んでいなかった』ということだそうな。
そんな背景からようやく重い腰を上げてバリアーフリー化を進めているJR西日本が、上下線のホームに1基ずつ設置した。
エレベーターのほか、多機能トイレやスロープの手すり改修など整備を始めた。事業費は2億4300万円で、JRのほか国と県市が一部を負担するのだという。

確かに1800人という乗降客数は、お話にならないほどの低さなのであろう。それはよくわかる。
それでもこのまま放置したら、東京行きは錦帯橋空港の空の便に全てを奪われてしまう。そんな危機感を察知したのだろうか。
それにしては動きが遅いねー。国有鉄道ではない、民間企業なのだから、もっと利用者に密着したサービスに素早く着手すべきあろうに。

もっとも、新幹線より遙かに歴史もあり乗降客数も多い、在来の岩国駅でさえエレベーターもエスカレーターもなかったのだ。
同窓会に千葉から来られた恩師が「幹事さん、岩国駅にエレベーター付けてもらってよ」と哀願されたのを思い出している。
そんな在来岩国駅も、やっとこさ建て替え工事が進められている。今度はエレベーターも設置されるに違いない。

なんとレベルの低い話をするものではある。でもこれが我が住む街の現状なのである。
嘆き節を吐露してはいても、何もかも我が住む街はダメだなどというのでは決してない。いいところも見つけないとね。
ただ言いたいことはもう少し、いやいっぱいある。ここでは黙ろう。どこかでちゃんと相手を定めて意見を述べる機会があるだろうから。

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「手作り雛」

2016年03月03日 | 家族・孫話

          

三月三日、ひな祭り。耳の日ともいうようだ。
わが家では、息子一家が里帰りして、姫孫希さんの誠にささやかな雛祭りの真似事をして大笑いの夕食を囲んだ。
保育士でもある嫁は、何かと器用で小まめに手が動く。希さんを喜ばせることなど朝飯前といった按配。

材料の調達から仕込み、仕上がりまで全て一気に引き受けて、手作りのひな飾りが出来上がった。
ウズラの卵に海苔で目鼻を付け、お内裏様の髪形も、お姫様の長い髪も全てを海苔でこしらえてある。
黄色い衣は卵の薄焼き、手に持つ扇子は人参の薄切り。胴体はおにぎりが隠されているという風に、口に入るものが原材料となっている。

デザートのイチゴショートケーキももちろん手作り。透明なプラスティック容器に盛られ、個々に頂けるようになっている。
見た目も味も珍しいお雛様。コストの安さは推して知るべし。貧乏所帯には有難い低コストながらクオリティな作品ではある。
わが家の家風などと言えば大袈裟だが、贅沢は控え倹約を宗とする家計の様子をしっかり呑みこんでくれているようだ。

2歳9ケ月を迎えた今夜の主役は、片時もじっとしていることはない。
「あかりをつけましょぼんぼりに・・・」歌っていたり、目につく物すべてを遊び道具に替えて走り回っていたり。
それでも、これまで経験してきた男の子三人とは何か一味違う気がする。今あっちで遊んでいたと思ったら、ジジの膝にチョコンと座って、ジジの好みのお茶を飲み干したり。全体の仕草が柔らかいような。
ただし、ちっちゃな身体で大人4人をきりきり舞いさせたり、腹を抱えさせたりするところは、男孫も女孫も似たようなものではある。

朝ごはんが済むとすぐに、「はたけ、いこ」「こうえん、いこ」「おさんぽ、いこ」と、あのまろやかな手でジジの手を引っ張れば、何はおいても付き合うようになる。仕上げたいパソコン作業があってもそっちが後回しになる。
そのうち、ジジ・ババの存在は、美味しいものか、お小遣いの対象でしかなくなる日が来るのだろうから、せいぜいそれまでをペットして愉しみ、当面のエネルギー源と考える方が得策のようである。

 

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