「利休を中心として、おまえたちと、織部(おりべ)(古田織部:武将、茶人)に知恵を出してもらいたい。そして、藤孝(細川藤孝:戦国時代きっての文武両道のエリート)は、これを政治の面でどう生かしていくかをいろいろ考えてほしい。藤孝は、朝廷や大名の間の事情に詳しいので頼む。
氏郷(うじさと:蒲生氏郷は戦国武将で、豪商のまち「松阪」を作った人)は、これを商業の面でどう生かせるかを考え出してもらいたい。
氏郷は子供のころからわしといっしょにいたから、わしの考えがよくわかるはずだ。わしは商人に注目しつづけてきた。おまえにもそういう素質がある。とくにおまえの居城のあった、日野を拠点に活躍する近江商人たちの動向に詳しかろう。近江商人が、いかにすぐれた根性を持っているかは、わしといっしょにいた岐阜や安土で十分経験したはずだ。あの経験を改めて生かせ。
しかし、大事なのは、何といっても中心になる利休や、長益(ながます)(信長の弟)や、織部たちだ。おまえたちは、藤孝の政治、あるいは氏郷の経済、こういうものにわずらわされてはならん。むしろ、そういうものからはなれたひとつの聖域をつくり出せ。その聖域には、いかなる権力者も足を踏み入れさせてはならぬ。もちろん、わしも踏み入れない。そういう純粋な場をおまえたちによってつくり出してもらいたいのだ。これが、おまえたち五人への、わしの頼みだ」
信長の話をききながら、五人は次第に目を輝かせ、熱を帯びさせていた。いま、この時代に生きて、こんな抱負、経綸(けいりん:国家を治めととのえる策)を持ちへ、また実行しょうとするような武将がひとりでもいるだろうか。
(やはり、信長様はちがう!)
五人はそう思った。政治、経済、文化の各面にわたるすばらしい天オだと感じたのである。
(そこまで考えておられたのか?)
五人は目の前の信長がたとえようのない巨(おお)きな人物に見えてきた。
信長は、土地という、いまでいえばハードなものに対する日本人の価値観を、文化というソフトな価値観に切り換えたいというのである。そのためには、人間が大きく向上しなければならない。
ひとりひとりの人間が、意識をかえなければタメだ。ゆとりやふくらみのある文化の心を持たなければだめだ。信長がやろうとしていることは、人間の意識を、物欲から、精神の欲に切り換えようということだ。壮大な企(くわだ)てであった。それを、ここに集まった五人を核にしてそのお膳立てをしたいというのだ。五人はふるい立った。
(『歴史小説浪漫』作家・童門冬二より抜粋)
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