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マスメディアという巨大権力機関を監視する「視聴者の会」

2019年08月19日 | 政治・経済
「放送法遵守を求める視聴者の会」という団体がある。作曲家のすぎやまこういち氏、文芸評論家の小川榮太郎氏、経済評論家の上念司(じょうねんつかさ)氏らが中心になって平成27年11月設立された団体で、「電波という限られた公共財を、許認可により割り当てられた報道を行う放送事業者には、公平公正な報道姿勢が求められる」ことを前提に、テレビメディアに対し、さまざまな問題について国民が正しく判断できるよう公平公正な報道を求め、国民の「知る権利」を守る活動を行うとしている。

小川榮太郎氏が「安倍晋三総理大臣を求める民間人有志の会」に名を連ねていたことから、ただの「安倍応援団」と批判する向きもあるが、この会の取り組みはこれまでになかったものといえる。

放送局も巨大な権力機関である。
彼らはこれまで「表現の自由」を盾に恣意(しい)的な報道、論評をどれほどしてきたか。また、まともな報道をしてこなかったか。最近の若者は、それを「自己都合で報道しない自由を行使している」とネットなどで揶揄(やゆ)しているらしい。

小川氏らによれば、会の目的は放送局やニュース番組を糾弾(きゅうだん)することではなく、あくまで視聴者の立場から放送局に対し、放送法第四条を遵守(じゅんしゅ)し、公平公正な報道によって国民の「知る権利」を守るように求めていくことだという。

小川氏らが、なぜこの会の設立を決断したか。放送法の第四条は、こう定めている。

<第四条 放送事業者は、国内放送及び内外放送(以下「国内放送等」という)の放送番組の編集に当たっては、次の各号の定めるところによらなければならない。
  • 公安及び善良な風俗を害しないこと。
  • 政治的に公であること。
  • 報道は事実をまげないですること。
  • 意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること>

日頃テレビのニュースを見て、これが守られていると感じることがどれほどあるか。たとえば平成27年の「平和安全法制」をめぐる議論に関し、同年9月16日放送のTBSテレビ『NEWS23』で番組アンカーである岸井成格(しげただ)氏が「安保法案は憲法違反であり、メディアとしても廃案にむけて声をずっと上げ続けるべき」と発言したことなど、当時のテレビ放送が「平和安全法制」をどう扱ったかを客観的に振り返れば、たしかに放送法第四条は守られていないと判断するのがまともな国民の感覚である。

放送法第四条に罰則はない。したがって、マスコミ人士は「ただの倫理規定にすぎない」と言い放つ。倫理規定なら無視していいのか。そんなことはあるまい。

この放送法第四条の解釈をめぐって当時の主務大臣の高市早苗(たかいちさなえ)氏は、たしかに平成28年2月の衆議院予算委員会で、放送局が「政治的に公平であること」と定めた放送法の違反を繰り返した場合、電波法に基づき電波停止を命じる可能性に言及した。電波停止に関しても「行政が何度要請しても、まったく改善しない放送局に何の対応もしないとは約束できない。将来にわたり可能性がまったくないとは言えない」と述べた。

これを問題視し、田原総一朗、鳥越俊太郎、岸井成格各氏ら六人のジャーナリストが記者会見を開いて高市氏の「電波停止」発言に“抗議”した。「高市さんに恥ずかしい思いをさせなければならない」(田原氏)、「安倍晋三政権の恫喝(どうかつ)だ」(鳥越氏)、「憲法、放送法の精神を知らないのであれば大臣失格だ」(岸井氏)等々、怒りをあらわにしたものだったが、内容は的外れでお粗末としか言いようがない。高市氏の答弁は日本が法治国家であるならば当然の解釈を述べたにすぎない。

民主党政権時代の平成22年11月、当時の平岡秀夫総務副大臣が高市氏と同様の答弁をした折、今回、高市氏に抗議した面々は何をしていたのか。抗議どころか問題視すらしなかったのではないか。少なくとも私は抗議の事実があったことをしらない。

同じく、民主党政権時代の松本龍(りゅう)復興相が、村井嘉浩(よしひろ)宮城県知事との面会時のやり取りについて「書いた社は終わりだ」と報道陣を恫喝したり、鉢呂吉雄(はちろよしお)経済産業相の辞任に関する報道について輿石東(こしいしあずま)幹事長が民放関係者を聴取したうえで、党の代議士会で「マスコミ対応を含めて情報管理を徹底していきたい」と発言した問題はどうなのか。民主党政権は見逃すが、安倍政権は許さないというのであれば、これこそ紛れもない偏向である。

「視聴者の会」はこうした問いかけを、放送局と、そこで発言の場を得ている“高名なジャーナリスト”に投げかけている。

ところが、「視聴者の会」が放送内容を検証したうえで出した新聞への意見広告に、たとえば岸井氏は「低俗だし、品性どころか知性のかけらもない」と感情的に反発するだけで、公開討論会の呼び掛けに応じず、また公開質問状には回答すらしない。

マスメディアは巨大な権力機関である。彼らは権力を監視する役目を掲げるが、それを自らに向けたことがあるか。小川氏や上念氏の活動は、これまでメディアの権威を鵜呑みにして、その恣意(しい)を糾(ただ)すという発想と現実的手段を持たなかった日本人から「新しい日本人」へと変化をもたらす起爆剤の一つとなっている。

---owari---
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