オヤジの弁当箱

日々の手作り弁当だけが生甲斐のしょぼくれオヤジ。弁当メニューと併せて日々の雑感を付記。

久々に・・・

2015-12-08 | Weblog

12/8(火) 今日の午前は、雪でも降りそうな空模様であった。が、昼ごろから上天気になり、中央線の車中では頭を照らされてウトウトとする始末。一時間は本を読めると意気込んだのも、水の泡であった。

朝の弁当を作った後、向かったのは、会社ならぬ「築地市場」であった。久々である。要は、会社をさぼって市場詣でと云う次第だ。会社のスタッフには云えぬが・・・。

明後日から、母の介護認定調査の立ち合いのために帰省する。その帰省土産に、前々から従姉から頼まれていた「鮭」を送ろうと向かったのだ。先週、「美味しい猪を貰ったから送るよ」と、連絡があり、会社に送って貰った。猪の頂き先へのお礼の意味もある。こんなことを、年に二・三度はすることになる。

今朝は「奈加野」の店主も買い出しに行くとのことだったので、市場で落ち合うことにした。場内市場に着いたのは10時頃。この時間帯になると、仲卸の店は仕舞いを始めている。買う店は決まっている。鮭は「北田」だ。店のオヤジとも顔見知りなので、奈加野のオヤジが居なくても問題なし。

鮭を一箱注文し、送り状を書いていると、奈加野のオヤジが前のマグロ屋から呼ぶ「全部買うなよ」と、ちゃやちゃを入れて来た。鮭の後に、カニ好きの母のことを思いだして『カニはどうかな?』と、オヤジに訊くと「安いのがあるよ、俺が言ってまけさすよ」と、とっとと仕舞中の魚屋に向かった。そんな次第で、ついつい毛ガニ(活け)まで買ってしまった。これじゃ田舎に帰る路銀が尽きちまうな・・・・。

築地での買い物後は「愛養」のコーヒーだ。ここのコーヒーは美味い!仕入れの商売人が引けた後で、店内は静かであった。中国系らしき二人組が帰り、暫くすると欧州系らしき二人連れが入って来た。更に、夫妻らしき御老体がカウンターに座った。「この通りは何て言うんですか?」と。バーテンのケンちゃんに訊いた。すると「名前なんかないんだけどね、強いて云えば寿司屋丁かな・・・」とか云う。

                          

愛養の隣、その先と先は寿司屋で、何時も長蛇の列だ。ケンちゃんが、ボソリと云う「うちゃ、残されちゃったねェ」だって。それはともかく、市場が豊洲に移転するとどうすんだろうな?場外市場は今のままで残るそうだが、場内の食い物屋、雑貨屋などはどうすんのかな?スペースは在るだろうが、商売としてペイするのかだ・・・・、余計な心配か。

築地場外は相変わらずの混雑ぶり、場内位置が移転した後のあり様はどうなるのか?ちょっと興味がある。

                        

築地の後は銀座三越、その後、東京駅から中央線に乗ったのだ。行先は豊田駅、所要時間が一時間ほどなので軽く飯を入れることにした。向こうで会う、W氏に気を遣わせていかんし・・・。ホーム下に在った「炒飯専門の赤坂龍園」とかで、一番安い”龍園炒飯”(1050円)を食した。醤油を一垂らしすると丁度いいな、と思った。醤油も胡椒も、ラー油もテーブルに置いてないのだ!。

                           

豊田駅に向えてくれたWAKABAYASHI氏に会うのは久々。想定どおりに、「食事は?」と訊かれる。『済ませてきたよ』と応え、彼の車でカフェへと向かう。一時間ほどあれこれと話しをし、駅に戻り会社へと・・・・・。用件は、母親を亡くしたとの喪中案内を貰っていたので、そのお見舞いであった。

この時期、喪中の案内が届く。中には、若い頃に一緒に机を並べた方、親しかった知人の親・兄弟など。お見舞いや、お供えを届けなければ義理が立たんのも数多ある。が、その殆どを失礼したままである。なんとも詫びようもない・・・・・。

 

で、今朝のお弁当だ。今朝は、なにを思ったのか「しじみご飯」を炊いてしまった。蜆は、十三湖高原道の駅で買った、干ししじみを使った。この蜆の袋が、目についたので、ついついである。せっせと、牛蒡・人参・薄揚げを刻んだ。後は、酒・醤油・塩を適当に加えて、鍋で炊くだけのことである。白出汁も少し加えたか・・・。

                        

菜の方は、ステーキにするかハンバーグにするか悩んだ。当初は両方の心算だったが、弁当に収まりきらんと、何れかにすることとした。昨夜買ってきたステーキ肉は、夜か翌日にまわして、日曜日に買った挽肉から先に使うことにした。で、ハンバーグとなった。ハンバーグに、椎茸・アスパラ・ピーマンを炒めて添える。                           

そして、ポテトサラダ、オムレツ風卵焼き、焼き鮭、最後に「キンピラ牛蒡」となった。キンピラは、昨夜「高松」で出たことから、久々だったのでこれを登場させた次第だが、発想がイージーでいいね?

                       

今回の「蜆ご飯」の出来栄えは? ☆二つと、自賛しよう・・・・。

                          

 

 

 

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ホタテ飯

2015-12-07 | Weblog

12/7(月) 週明けの月曜日、天気晴朗なれど少々寒い。この程度の寒さは、北国の人にとっては春のようなものかもしれないが。昨日の日曜日、朝から「ホタテご飯」を炊いた。札幌のT女史から、大きなホタテを沢山に頂戴したのだ。土曜の夜は、そのホタテや刺身で手巻き寿司の晩飯となった。

柔らかな身に、かすかな甘み。ホタテは美味い、旨すぎる。ホタテ飯に、干し椎茸を刻んで加え他が、これが間違いだと気付いたのは出来上がってからのこと。干し椎茸の香りと味わいが強く出過ぎたのだ。次回は、同じ轍を踏まいように気を付けよう。

今朝の弁当にもホタテを使った。ホタテのバターソテーである。シメジ・マイタケ・アスパラを少々を、炒めて添えた。そして、「アスパラの豚巻」「茄子味噌炒め」「小松菜の胡麻和え」、最後は定番の「卵焼き」とした。これらを、チンタラ、チンタラと作っていると、あっと云う間に一時間も経ってしまった。

                      

チンタラと弁当遊びをしていたのは、長女は今日は休みとのことで、時間を急ぐ必要もなかったし、作る必要もなかった。が、長女の分も用意した。一つも二つも、作るに変わりはない。連絡さえしておけば、後で取に来るだろう。五・六分しか離れていないのだから。

                           

昨夜の就寝は零時丁度と、遅くもなければ早くもない。昼間、文庫本三冊を買っていたので、明け方まで読むんじゃないかと心配だったが、そうには至らなくて良かった。

部屋のエアコンが壊れたので、土曜日に自由が丘のヤマダ電機で物色。上手い具合に、翌日の日曜日の午前中に取り付けに来た。この施工中に「ホタテご飯」を炊いたのだ。昼過ぎ、「奈加野」のオヤジの車で平和島へ。ボートレースで、半日ほど遊んだ。収支は、若干の黒だったか。最終11・12レースと勝負を掛けたが、トラブルばかり。人生と同様に、上手くいかないのであった・・・。

 

 

 

 

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500円玉

2015-12-04 | Weblog

12/4(金) 週末がやってきた。昨晩は、剣道部忘年会の後の二次会にはいかず真直ぐに帰宅。お蔭で、就寝は23時と真っ当な暮らしになった。ここまでは良かった。が、なんと3時過ぎに目が覚めた。それからは眠れず、直前まで見ていた悪夢の訂正版を頭に描いて時の過ぎるの待った。

結局、夜も明けやらぬ五時半、弁当作りに着手した。まさに暇つぶしそのものである。メニューを全く考えてなかったので、台所に入ってから食材をチェック。そんな中から、鶏肉・牛小間・大根・小松菜魚粕漬け・卵・ウインナー・シメジ・タマネギ、を使うことにした。

食材が決まった処で、電気釜のスイッチを入れた。この前は、釜の電源を入れ忘れて大失態を演じた。同じ轍を踏まないように・・・・。

先ずは、「大根と鶏肉の煮物」次いで、鶏唐揚げの準備をする。牛小間は、シンプルにタマネギ&シメジで炒める。ウインナーは孫娘ようなのでタコ足に刻んで炒める。粕漬けは、鰆とメダイを焼く。小松菜は、茹でて醤油&オカカだ。卵焼きは、水を少し加えて柔らか目に焼く。

                      

一応、六品目の菜と云うことになるが、果たして全て弁当に収まるか、それが問題だ。最後は、何時もながらの満員すし詰めの電車状態になるのがオチさ。

出勤途上の通勤電車の中、座って本を読み始めたが…、途中から猛烈に眠くなった・・・。

 

 -500円玉-

先月の初旬から500円玉貯金を始めた。家の中に転がっていた、缶の貯金箱にせっせと五百円玉を投入始めた。どういう風の吹き回しか分らんが、始めていた。細かい詮索は止めよう、取り敢えず貯金が始まったと云うことだ。

今を去る二十数年前となるか、同じく500円玉を貯めたことがあった。一年だったか二年だったか、続けた。その結果、三十数万円(?)が溜まっていたと思う。この時は、なにが何でも500円玉と、釈迦力で集めたのだが。

今回はそれほどの熱心さはないが、一応目標額を設定した。目標金額百万円である。どうだ!これなら自慢できそうな気がするが・・・。とは云いながら、一体何時になれば目標に到達できるか・・・・。過去の経験からすると、速くて四年、遅くとも五年以内には達成できると見込んでいるが?

一日一枚(友達のHMANOの小遣いと一緒だ)、一年365日で182500円か。これだと五年以上掛かるが、一日二枚投入なら三年も掛からぬ計算だ。が、そう都合よく500円玉が入って来るはずもない。この前、日に三枚も入手したが、これは稀だ。一応、五年以内が目標期間だ。

と云うような話を、酒場仲間にした。すると「生きていうるちに集まるかな」と云う。『目標に達してない時は、香典は全部五百円玉にしてもらうよ』と応えた。「なに?香典は五百円でいいの。それじゃ今のうちに出しとくから、香典返し頂戴!」だと・・・・・。

何時になれば達成できるか分らんが、これまで預貯金とは縁の遠い俺だ。百万円貯めて、銀行で札に交換して貰おうじゃないか。若しかすると、これが香典ならぬ、葬式代か?それとも、パ~と飲むか安酒場で? 

いやいやベストは、毎日一枚を安酒場で費やし、溜めた期間と同じ期間を掛けで飲みきる。こっちの方がよさそうだな・・・・・。夜毎、500円玉一枚を握りしめて酒場へ。精々立ち飲みで一・二杯だろうが、健康にはこれがいいな!

 

 

 

 

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夜が忙しくて・・・

2015-12-03 | Weblog

12/3(木) 寒い日がつづく、冬らしくなってきたが寒いのは嫌いだ。嫌だいやだといっても、季節は巡る。どうであれ、受け入れて生きるしかない。同じように、受け入れざる得ないのが体のこと。先週末から痛み出した歯の治療を、昨日から始めた。治療を丁度、一年サボっていたことになる。

一年前の今時分、歯の治療をしていた。次は年明けからと云うことになり『改めて予約を入れます』と言ったきり、一年が経過した。喉元過ぎれば熱さ忘れるの典型だが、何度も歯科へと思いながら、最悪の状態にならないと動けない。面倒くさがり屋の典型でもある。

昨晩、一昨晩とつづけて渋谷・奈加野で飲んだ。一日は、後輩のK氏と久々の懇談となり、何度か一緒に行っている「奈加野」を待ち合わせにした。この日は異常な込み方で、暫くカウンターだった。昨夜は、昔に勤めた会社の県人会が奈加野だった。そんなことをすっかり忘れていたので、一昨日は奈加野にした次第。相当に木瓜てきたな・・・・。

これで話が終われば面白くもないのだが、実は二晩とも店の後で奈加野のオヤジに付き合った。あのオヤジも相当ボケてきたから、郷里の後輩のおいらとしては、先輩に気遣いをしたような分けだ? 一日はラーメン屋、昨晩は焼肉屋であった。こんなことしてりゃ、体重は増えるばかり・・・・。男は辛いね!

で、今夜も昔の会社の忘年会がある。未だに声を掛けてくれるの有難いことだろう。尤も今夜の忘年会は剣道部の集まり、気楽な分けだが、会社の幹部も来てくれるそうだから破目を外す分けにもいかん。なんと言っても、クライアントなのだから・・・・。

然し毎夜の酒だ、だんだんと草臥れてくるようになった。男もこうなりゃお仕舞か・・・・。一昨夜もその前の晩も、後輩から「体だけは気を付けて下さい」なんて言われちゃな・・・。体もさることながら、財布の方も相当に草臥れてきたぜ・・・・。

 OB会の会報誌に載せる原稿を依頼されていた。今月の初旬までにと言われていたのを思い出し、大急ぎで原稿を作った。テーマは「社会貢献活動」だが、大したことをやってないので困った。さりとて、我が所属するNPO団体をPRする機会でもある。思い腰を上げて、差し障りのない原稿を大急ぎで仕上げた。

直ぐに入稿できるようにと、会社のデザイナーYOSHIOに頼んでレイアウトなどやって貰った次第。夜の社会貢献活動なら、そうそう引けを取らないつもりだが、真面目なやつは・・・・・。

 

今朝の弁当は、ミっちゃんに頂いた「サトイモ&カブ」を使わせて貰った。昨日は、蕪の浅漬けだったが、今朝は煮物だ。他の菜は「ペンネ&ポテトのサラダ」「ブリ&鮭カマ焼き」「ウインナーとキャベツの炒め物」、定番の卵焼きであった。

              

何れも目新しいものがない、マンネリ現象がつづいている『俺の弁当』だ。長女のは、面白がって二段弁当にしてみた。

                       

 

さあ~、そろそろ出陣の時間が迫ってきた。夜襲の頃合いがきたようだ・・・・。今夜は、田町が戦場となる。

 

 

 

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何やら不調・・・

2015-12-01 | Weblog

12/1(火) 今日から師走、一年の速さを今更云ってもしょうがないが・・・、しかし早い、速いののだ。時間だけが飛ぶように過ぎ行き、脳味噌は遥か後方に取り残されたままだ。

昨日は11月の末日、昨日で札幌のTAKASHIMA女史が勤めが終わり、今日から解放された気分でいると思うが、それとも一抹の寂しさを噛みしめているのか?彼女は高校を卒業後、昨日までN社に勤めた。それ自体は山のようにある、一つの物語に過ぎない。が、彼女の仕事に対する気概・行動力は、なまなかなもではなかった。

北海道から出ることはなかったが、彼女なら面白い仕事をしてくれるだろうと、私は自分の処で使いたかった。北海道が離さなかった。地元でそれだけの期待を、将来の計画を持っていたと云うことだ。その期待に応えて、彼女らしいスタイルで職場に風を吹き込みつづけたことだろう。或る時は、突風をつむじ風を起こしたことだろう。札幌に出掛けた折々に、一杯やりながら聞く端々に、それが窺えた。

そんな女史から「皆さんに迷惑を掛けないうちに退職します」とのメールが届いたのは10月の或る日だったか。とうとうそんな決断をしたのか、との残念な思いと、お疲れ様でした、の思いとが相半ばだった。一つ心配だったのは、送別会で感極まり鼻水垂れ流しじゃねえか、飲み過ぎて転んでるんじゃねえかだが? 昨日で、退職したはずだ。改めて『ご苦労さでした』と、北の空に届けたい。

 

さて、昨夕MITUHASHI君が野菜を大きなカバンに詰めて来てくれた。数日前、伺う時の野菜はなにが良いですか?と、幾種類かの彼が育てた野菜を挙げたメールが届いたのだ。『じゃあ里芋とカブだ』と返事をした。貧乏オヤジは、相手の迷惑も考えず、高い野菜をリクエストした次第だ。

彼は平塚で相当広い畑で野菜を作っている。百姓も顔負けするぐらいの量と種類らしい。里芋や蕪が、箱一杯分程もあった。丁度この日、従姉から旨いと折り紙つきの猪肉も届いた。師走の社内でやる山賊の酒盛りには御誂え向きの食材である。

M君が同伴したお嬢さんと三人で一杯となる。尤も、その為に来てるんだから。「高松」を覗くと団体さんで一杯。其処で、金曜日に行って食いものがなかったトンカツ「生駒」さんに行く。

この夜は、席が空いていた。トンカツも、他の肴もOKだった。お嬢さんはロースカツ、オイラとミっちゃん(彼のことは、こう呼んでいる)はフライの盛り合わせ(エビ・チキン・ヒレカツ)にした。他には、山芋の千切り、枝豆なんかをオーダーしたか。オイラは喰わないので、知ったことじゃない。ハイボール(これは薄い、ちょっぷく並みだ)、で焼酎の湯割りに切り替えた。

お嬢さんが彼と一緒に暮らしているそうで、そんな話を聞きながら「彼が帰って来る前に、帰りな」と、間違って作ったフライ盛り合わせを土産にして帰した。タイミングよくTOKIOから、今仕事が終わったとの連絡『何時もの店で』と伝えた。ミっちゃんは残るかと思いきや、彼女と一緒に帰りやがった・・・。しょうがねえ野郎だ!

「ローカーボ「のカウンターは、TOKIO・悪徳チャン・MIYAKEっち・KATOちゃん・若い兄ちゃんと、常連隊が占めていた。そこに割り込んでハイボールだ。野郎ばかりで馬鹿話のオンパレードがつづいた。オイラなんぞは、どんな話を披露したのか全く覚えていない・・・。

そんな酔っぱらいになっていたが、「ちょっぷく」の前を通るとまだ灯りが。TOKIOと二人、ご丁寧にも仕上げのご挨拶となった。客は一人二人残っていたが、歌でも唄えよと云うと、YAMAちゃんがテーブルの上に端末を出してハイ!ミュージックとなった。

                   

                      歌は成世昌平、独り飲むのは助っ人ミムラッチ

いい加減な客だが、店主も相当なタマだぜ。「あいつら早く帰らねえかな」と、奥のテーブルをチラリ見る。唄は「江釣子のおんな」、YAMAちゃんの故郷岩手のご当地ソング。だがこの歌がいいいんだよ・・・・。歌手は成世昌平、歌詞にある江釣子(えづるこ)は、北上線に乗り換えて2つ目ぐらいに在る駅だった。

そんなことをして遊んだ所為で、帰宅は午前零時丁度になっていた。どうも今朝の不調は、この所為かな?

今朝の弁当は「牛小間炒め」「肉じゃが」「鮭焼き」以上だが、長女は私が作ってあった「大根葉漬け」をみて、「美味しそうだからのっけてよ」ときた。

                   

MASAOが送ってくれた大根の葉を、捨てちゃいけねと漬けた甲斐があったネ!

             

 

 

 

 

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