御言葉の飢饉の時代
ギデオンは、聖書でも有名な話ですが、この出来事が露と深く関わっていることをご存知でしたか?ギデオンとその兵士は、最後の時代に主と共に戦う兵士を表していると私は思うのです。彼らは、最後の時代に主の兵士として集まる14万4千人を表しているのだと、私は信じています。士師記6章1節をお読みします。
「イスラエルの人々はまた主の前に悪をおこなったので、主は彼らを七年の間ミデアンびとの手にわたされた」。
ここに、イスラエルは七年間ミデアン人に渡されたとありますが、これは、完全な敗北を意味しています。彼らが主の言葉に従わなかったために起きたことです。ですから、敵の前に敗北してしまったのです。なぜ、私たちの霊的な戦いにおいて、私たちは、敗北するのでしょうか?なぜいつまでも罪の力の奴隷となっているのでしょうか?
それは、神様の御言葉に従わないからです。神様の御言葉をそのまま受け入れないからです。神様の御言葉を力の源としないからです。私たちの心に神様の御言葉が根付くなら、私たちは、罪を犯しません。罪を犯せなくなるのです。そのことがヨハネ第一の手紙3章9節に書いてあります。皆さん、お読みになられたことがありますか?「すべて神から生れた者は、罪を犯さない。神の種が、その人のうちにとどまっているからである。また、その人は、神から生れた者であるから、罪を犯すことができない」。
私たちが神様の御言葉を力の源と日々にしないかぎり、私たちは、敵に打ち負かされてしまうのです。
「ミデアンびとの手はイスラエルに勝った。イスラエルの人々はミデアンびとのゆえに、山にある岩屋と、ほら穴と要害とを自分たちのために造った」( 士師記6:2)
神様が死んだから、イスラエルが負けたのではないのです。彼らが霊的に死んだため、ミデアン人が勝ったのです。イスラエル人は、ほら穴をつくり、ミデアン人にとられないように、そういったところに食料を隠したわけです。なぜなら、収穫の時に異教徒たちが侵入してきて、その食料を奪ったからです。