福音の力を体験せよ 202 (最終回)
罪は天国に入ることができません。従って、罪を捨てない罪人は天国に入ることができません。ですから私たちは、イエス様に罪を明け渡さなければいけないのです。イエス様の愛が、私たちを完全に主導するようにしなければなりません。今日は恵みの日であり、救いの日です。まさに今日、私たちは、イエス様のうちに完全にとどまる方法を学ぶべきです。そして、何も私たちを揺り動かすことがないようにしなければなりません。まさしくそれが、印される経験なのです。
もし私たちが、イエス様の内に完全に宿る方法を覚えられないならば、恩恵期間が終了した後で、どうやって艱難の時代を生きていけばいいのでしょうか?ですから私たちは、恩恵期間中である今、イエス様の内に住む方法を学び、倒れない術を会得すべきなのです。イエス様が与えてくださっている恵みをしっかりつかみましょう。それからイエス様の内にとどまりましょう。そして、生涯において豊かな実を結べるようにしましょう。天の神様が、皆さんを大いに祝福してくださることを願います。
(福音の力を体験せよは、本日で最終回です。福音の力を体験していただけましたでしょうか。なおこの本は、無料で配布しておりますので、ご希望の方は下記メールアドレスまで連絡先をお知らせください) hideki-hotmail.co.jp
神の火 第1回
デイビット・カン
現代の真理を語る人
私たちは、創造主であられる神様を、こうして礼拝しています。神様が創造主であられるということは、その神様が、皆様お一人おひとりに呼吸をさせて下さっておられるということです。今朝、神様が私の心臓に鼓動を与えて下さっています。ゆえに神様こそ、私たちの讃美を、ほめたたえることを、永遠にわたって受けるにふさわしいお方です。私たちが生きて、こうして呼吸し続けている限り、私たちは自分のすべてを神様に負っている者なんですね。
私たちが天国に行きました時に、そこで礼拝する様子、方法は、今とは全く異なったものとなっていることでしょう。私たちがこの世で捧げる礼拝というのは、いろんな人間的なものに実際は汚されています。人間でありますから、私たちは各自いろんな思い、異なった考えを持っています。しかし、天国で捧げられる礼拝というのは、全く純粋な、神聖な、完全なものとなります。その礼拝を目指して、私たちは安息日ごとにその練習をしているのです。
まず私たちがしなければならないのは、神様の火、神様からの火によって、すべての私たちの汚れ、罪を取り除いていただかなければならないことです。それを私たちは、まず必要としているわけですね。ここで、祈りのひと時を持ちたいと思います。
「天のお父様、こうして再びあなたのみ前に出て、礼拝を捧げるこの機会を感謝いたします。あなたのみ座にこうして近づく時に、聖なる神様であるあなたが、私たちを、また私たちの捧げる礼拝を受け入れてくださいますように。今、私たちの心を清めて下さるようにお願いいたします。幼子のような心を私たちに与えてください。あなたの霊とまことをもって、私たちを祝福して下さいますように。そして、この捧げる礼拝があなたに受け入れられるものとなりますように。イエス様のみ名を通してお祈りいたします。アーメン」