札幌モーターショー2016
2回目は個性あるニッサン車とダイハツ車
ニッサン NISSAN
ニッサンからは3台の出展があったようであるが、そのうちの1台の印象があまりにも強すぎたため、他の2台の記憶がない
「Nissan Concept 2020 Vision Gran Turismo」
全展示車のなかでも最も魅力的な車だ
「ビジョン グランツーリスモ」プロジェクトにより生まれたバーチャルスポーツカー
現実ではないだけに、その分夢があっていい
昔、所有していたスカGのテールランプを思い出す
不思議だがこの車だけは観客が近寄らず、遠巻きで見ている
清楚で笑顔がすてきな女性です
ダイハツ DAIHATHU
乗り降りで明日を楽しくするクルマ。その名はズバリ「NORI ORI」
おもちゃのクルマを大きくしたようなデザイン
音楽とともにモデルが歩いてきた
車の写真は6枚しか撮していないが、このモデルの写真はその数倍になっている
「HINATA」俄然このクルマが価値のあるものに意識が変わった
控えめな感じが素敵な女性です
撮影 平成28年1月22日
2回目は個性あるニッサン車とダイハツ車
ニッサン NISSAN
ニッサンからは3台の出展があったようであるが、そのうちの1台の印象があまりにも強すぎたため、他の2台の記憶がない
「Nissan Concept 2020 Vision Gran Turismo」
全展示車のなかでも最も魅力的な車だ
「ビジョン グランツーリスモ」プロジェクトにより生まれたバーチャルスポーツカー
現実ではないだけに、その分夢があっていい
昔、所有していたスカGのテールランプを思い出す
不思議だがこの車だけは観客が近寄らず、遠巻きで見ている
清楚で笑顔がすてきな女性です
ダイハツ DAIHATHU
乗り降りで明日を楽しくするクルマ。その名はズバリ「NORI ORI」
おもちゃのクルマを大きくしたようなデザイン
音楽とともにモデルが歩いてきた
車の写真は6枚しか撮していないが、このモデルの写真はその数倍になっている
「HINATA」俄然このクルマが価値のあるものに意識が変わった
控えめな感じが素敵な女性です
撮影 平成28年1月22日
今回はニッサンですね。私が初めて中古を買ったのがブルーバードでした。昭和48年だったと思います。走行距離は操作できる時代でしたので実際は分かりません。ベンチシートでリクライニングなし。当然マニュアル車でエアコンなしのコラムシフトでした。札幌まで2~3回国道4号線か6号線を走りました。車の善し悪しは分からぬまま30万円でしたが、今ならもっとイイ車が安く買えると思います。
ショーに並ぶ車はファッションショーのようなもので即実用的とは思いません。乗ってみたいと思いません。
やはりノーマルな車がいいです。
車よりもショーガールに釘付けになります。「買いたい・欲しい」と…いずれも展示ですので「見せるだけ」でしょうけど。
これはフラッシュをたいての撮影でしょうか。本物の色は分かりませんがとても色鮮やかに映っています。やはり腕がいいのひとことに尽きます。
楽しい車を見せて頂きありがとうございました。
私も初めて乗った車がニッサン車です。秋吉久美子が好きで、CMをしていたチェリーFⅡが最初の車になります。納車された翌日に嬉しくて、楽しくて1500Kmほど走ってしまいました。その後、シルビア、スカイラインジャパン、フェアレディ280Zとニッサン車を乗り継ぎました。
写真のダイハツはおもちゃのような車で興味もなく素通りしようとしたときに、音楽とともにモデルが現れ、その可愛さに魅了され、つい何枚も何枚も撮ってしまいました。動作も可愛く車に触れる度に、車の価値が高まっていくような感じがしました。
モーターショーではライトアップされていることもあり、ノーマルな状態で撮影しています。各社ともボディはピッカピカに磨かれていてまぶしいほどです。赤のニッサン車のボディは光沢を抑えていて、逆に新鮮な感じがしました。
まだまだ続きますので、ご感想をお願いいたします。
4気筒でよく走りました。エアコンと言うよりクーラーと言った時代です。当然付いていません。よく走りましたし人に貸してぶつけられたりもしました。助手席側をバリバリと凹まされた時は気持ちが凹みました。でもいい車でした。アパートのPに止めておくと意識的にか毎朝フェンダーミラーが曲げられていました。それで三角型のミラーに代えた記憶が残っています。
セドリックには燃費で泣かされました。教習車はセドリックかグロリアで普通車の大型でしたが今は軽より少し大きいのが教習車ですね。昔のサニークラスが…
サンタナにも泣かされました。ほかのコメントで書いた時に名前が出ませんでしたがヤナセでも扱っていて門前払いを喰らった車、欠陥車です。同僚は半年で手放しました。私は根気よく1年間乗りました。高速でオーバーヒートしてJAFに工場まで牽引して貰った記憶があります。
今、無人で走る車が開発されているとか…ホントの自動車ですね。こうなると免許証は要らなくなりますね。
過日床屋のマスターが73歳で免許証更新前の講習に行って疲れたと帰ってきました。もうゴールドはもらえないとか…
私も近いうちに更新です。未だ乗り続けたいです。車は大人・老人の「おもちゃ」です。年齢制限はしないで欲しいと願っています。
暇に任せて記しまして失礼しました。
私も何歳まで車の運転ができるか、気になっているところです。今のところ70歳を目標にしています。
最初にコメントしたブルーバード。昭和48年(1973)3月です。未だ東北道も出来ていなく、国道6号線を走って室蘭に向かいました。比較的順調で夜には青森県内に入りました。そこで一夜明かして大間迄走りました。函館に着くまでは順調でした。函館市内を抜けて森のトンネルを抜けたところから猛吹雪になりました。
私は夏タイヤでした。チェーンは鉄製のもの。付ける暇もない内に車は道路下へと流されていきました。何とか山側に寄せてチェーンを付けました。しかし、とても前が見えず、それと風で車体が煽られて進めませんでした。辛うじて見える後方の車はかなり車間を取っていました。私が動くと後方の車もゆっくりと動きます。途中で大型トラックや中型トラックが道路下でひっくり返っていました。私はそれより自分がどうなるかと心配でした。
止まっても風で車は飛ばされそうでした。神様信仰人間の私は車中で「助けて下さい」と祈りました。もう車を出て近所の家に飛び込みたい気持ちでしたが生憎と民家はなく空腹と恐怖で徐行状態で進みました。
長万部まで漸く来たら「モーテル」風のネオンがあったので飛び込みました。モーテルに入るのは初めてだったので管理人に「一人でもいいですか」と馬鹿なことを聞いて入室しました。
管理人室では一家団欒夕食時でした。部屋に入ると空腹感が蘇りましたが猛吹雪ですので食べる所なんてなく、お土産に買ったお菓子を全部食べてしまいました。
初めてモーテルと言う所に入りました。それから癖になっていつも行く…なんて機会はありませんでしたが…。
翌朝は道路はツルツル。近所で中古のスパイクタイヤ(未だ許されていた時代です)を2本買って室蘭に向かいました。途中にみた景色、大型・中型のトラックが何台も道路下でひっくり返っていました。前日までは晴天で多くの車は夏タイヤに取り替えた人も多かったと車屋で聞きました。この恐怖は忘れません。
でもkurumatabiが吹雪の時に50㎞くらいも窓を開けて走ったのは凄いですね。ゴーグルがあればと思ったことでしょう。
私は歳を取りましたので最近は運転中に急に尿意を催すのが怖くて、 出発の前には「一滴」も残さずに出るようにしています。街中はコンビニもありますが路駐ができないので…
先日、道路脇で立ち小便をしている中年者をみました。滅多に見掛けなくなったなーと思いつつ、昔は婆さんが畑でタチションをしている姿を想い出しました。
日産車とは関係のない事を記して失礼しました。
頻尿は私も同じです。今は道の駅やコンビニが点在しているため、あまり逼迫した状態にはなりませんが、万一のことを考え、車内に対処すべき備品を装備しています。(まだ使ったことはありませんが…)これは、道の駅で知り合った人が尿瓶をもっていた事にヒントを得たものです。