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蔵のまち、喜多方から
夕刻から雪が降り出しました 現在気温2℃です。
朝までには幾らか積もりそうな気配です。
平成二十五年一月六日 NHK 大河ドラマ 「八重の桜」の放送が始まります
連日、NHKでは八重の桜に関する放送を行っていますが、八重のふるさとから
すぐそこに 喜多方があります!
「幕末のジャンヌ・ダルク」「ハンサムウーマン八重」次は何とよばれるのでしょうか?
第一回目の放送は ”什の掟”「ならぬことはならぬもの」です
会津人はこうゆう言葉が大好きですが 皆さんに理解できるでしょうか?
ドラマの主人公 新島八重の夫、新島襄の恩師の一人に安中藩の儒学者(漢学者)添川廉斎がいます。
添川廉斎は享和3年(1803)小荒井村(現喜多方市)に生まれました。
幼くして学問を志し、江戸へ出て古賀穀堂の門に入り、その後京に出て頼山陽に学び、備後で管茶山の塾に入る、
招かれて安中藩(現在の群馬県)の儒者となり、藩士子弟の教育に当たった、これ以後、安中藩の文武の士気が格段に高揚し
藩風まで一変したと伝えられています。
安中藩 江戸屋敷の学問所で学ぶ子弟の中に新島七五三太(しめた)・・新島襄が学んでいました。
市内寺町の諏方神社境内に・愛宕神社・稲荷神社・と並びますが、愛宕神社前に添川廉斎の
ご覧のように大きな顕彰碑が建っています。
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碑文は漢字で一千字を超える長文です、私の手元には解読書がありますが、素晴らしい文章ですが読み下すのは難しいと思います。
添川廉斎は五十六歳で亡くなり江戸下谷正覚寺に葬ると記してありますが 安勝寺にお墓があります。
そして 新島八重と同時代に活躍した女性に日本のナイチンゲールと称えられる、
「瓜生岩子」 がいます、岩子のふるさとも喜多方市です。
瓜生岩子については当ブログで数回紹介していますが、再度紹介します。
大河ドラマ 「八重の桜」に期待しましょう。