蔵のまち、喜多方から、
喜多方市の隣村、日橋川の橋を渡れば湯川村です。
浜崎でJR、磐越西線の線路を渡り南下すると湯川村役場方面、更に南下して会津若松市高野町方面に向かう
街道沿いご覧の様にアジサイが植栽されていました。約2,5kmありました。2日前の新聞の投稿欄に載ってます。
市内ではアジサイは盛りを過ぎてます。新聞の投稿欄は直ぐに掲載されるとは限りません、早くて2~3日後
遅いときは1週間後に掲載されることもありました。5年前まで私も投稿してました。それで花も盛りは過ぎただろうなと、
思いつつ訪れましたが、画像に見えるように咲いています。数年前から植栽を始めたのだと思います。
小さい苗木の場所もあります。5年後~10年後が楽しみな、湯川村の花・アジサイ街道でした。
皆さんで、開花時期になったら紹介して頂きたいと思います。
湯川村といえば勝常寺
国宝の平安仏像が鎮座する会津中央薬師です。
帰り際に巡ってきましたが、拝顔はして来ません
仁王門と大きなワラジです。門をくぐって大きな薬師堂の手前左側奥に、土井晩翠・ウォーナー碑が在るのを御存じでしょうか。
表側が土井晩翠で、裏側がウォーナー博士です。訪れた時には是非読んできてください。
本日の画像不鮮明で良くないですが、次回はちゃんと写してきます。
要約すると次のように書いてあります。
博士は東京美術学校に留学してます、太平洋戦争中は米軍の遺跡保護委員であった、博士らの提案で三古都が
爆撃から救済されました。博士が戦後来日した時に恩師である六角氏に爆撃しない遺跡のリストの中に東北では、
先生から教えられた勝常寺のある会津と中尊寺地方を入れておきましたと報告しました。
博士の遺徳を永く偲ぶためにこの碑を建てる。・・と記してあります。
福島県では浜通り、中通り、空襲を受けてますが、会津地方には爆撃は無かったそうです。