二〇二四年六月十五日(土)。
早朝(午前五時)。ピュリナワン(成猫用)その他の混合適量。
朝食(午前八時)。ピュリナワン(成猫用)その他の混合適量。
昼食(午後一時)。ピュリナワン(成猫用)その他の混合適量。
夕食(午後六時)。ピュリナワン(成猫用)その他の混合適量。
妻が夢を見た。
珍しくはないが何でも「黒猫」が出てきたという。
へ~、どんな?聞いてみた。
うん、なぜかはわからないんだけどねーーー。
夢の中で妻は電車に乗っていたらしい。
私鉄かJRかというとどちらかと言えばJRっぽい車両。
行き先を確かめると「和歌山」と表示がある。
心当たりのない妻は何かの間違いだろうと見知らぬ駅でともかく降車。
引き返そうと向かい側のプラットフォームへ渡る階段を上って連絡通路を歩いていると、人混みの中でぽつんとうずくまる一匹の黒猫を見つける。
目を見ると独特の表情を浮かべていて、よく見るとどこかで見た覚えがないでもなく、もっとよく見るとなんとうちの飼い猫タマ。
なんでこんなところに?
近づいてよいしょと抱え上げる妻。
一緒に帰ろうとしたところで夢から覚めた。
なにか意味でもあるのだろうか。
あるとすればどんな?
ないならないでなぜタマだったのだろう。
黒猫繋がりの楽曲はノン・ジャンルな世界へ。ベス・ギボンズ。マッシヴ・アタックが切り開いた地平は新しく聴こえたけれども、だからといって「ブリストル・サウンド」というカテゴリーに過剰にこだわる必要性をもはや感じなくなっている。「人生百年時代」という不可解きわまるキャッチコピーを真に受けてあれがいるこれもいると有り金全部持っていかれて野垂れ死ぬことがわかりきっている新自由主義に覆い尽くされた世界で、玉石混交に輪をかけて馬鹿げた狂乱時代を横目に通り過ぎたベス・ギボンズの今作ははっきり言ってイギリスのフォークソングとでも形容したい。何度も繰り返される独特のギターはややもすればジミー・ペイジがいかにパクリの才能に長けていたかという場外のエピソードまで思い起こさせて面白い。