葵から菊へ&東京の戦争遺跡を歩く会The Tokyo War Memorial Walkers

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港区品川・田町地域開発のことを「知らなすぎる男」だった

2021年06月27日 | 鉄道の歴史と高輪築堤問題

新宿区内のことは地元ローカル紙「週刊・新宿新聞」によって知ることが出来ます。「新宿駅東西自由通路の完成」、「京王線新宿駅プラットホームが丸ノ内線新宿駅のプラットホームに近くなる」、「西武新宿駅からJR新宿東口に向けた地下通路と二階デッキが出来る」等々の情報は同紙から知ることが出来ます。

「鉄道ファン」、「鉄道マニア」には「撮り鉄」、「乗り鉄」、「歴史鉄」があるようですが、管理人はどちらかというと「歴史鉄」でしょう。何となれば「東京の戦争遺跡を歩く会」のガイドとして、勉強したことが「鉄道と戦争」の歴史でした。

東京砲兵工廠が製造した兵器類を乗せた「甲武鉄道」始発駅の「飯田町駅」と「御所トンネル」。青山練兵場で訓練をした将兵を乗車させた「青山軍用停車場」。新宿駅で蒸気機関車を転車台で品川駅方面に向かせても、品川駅で同じく転車台で方向転換をしなければならない。そこで大崎駅から大井町駅への分岐線「品川西南線」。頭端型プラットホームの横浜駅を通過型プラットホームの新駅「横浜駅」によって、日清戦争大本営がある「広島駅」へ蒸気機関車は一路向かいました。しかし、東海道線始発駅である新橋駅については無関心でした。【参照Blog記事】「高輪築堤保存問題番外編其の一 日清戦争と鉄道の歴史

港区内のことは購読している朝日新聞東京版でしか知ることが出来ません。「高輪築堤保存問題」は、3月17日付朝日新聞(夕刊)が報じた「海上の鉄道遺構「高輪築堤」保存めぐりJRと学者が対立」からでした。

「移転保存」の名目の下、国民の共有財産である日本初の鉄道151年の歴史である信号機跡の第4街区遺跡が、破壊されていく様を望遠レンズで見ながら、悔しくて悔しくて怒りが込み上げてきました。

「後の祭り」となってしまいますが、JR東日本、UR都市機構、京急グループ、内閣府、国土交通省、東京都、港区が一体となって進めてきた「品川・田町開発」を研究し、暴露していきたいと考えています。

UR都市機構「品川駅周辺計画

(了)

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